サスケが初めて炎一族の屋敷を訪れたのは、4歳になったころだった。

 もっと前にもしかすると訪れたことがあるのかもしれないが、覚えていない。


 綺麗だが時代錯誤とも取れる着物を着た女性が、父母とイタチ、サスケを奥の間へ案内する。

 板張りの広い廊下の左側は庭右側には部屋があるが御簾がおろされ、中の様子はおぼろげにしか伺
えない。

 人がいないので、生活感がないように見えた。

 ここに住まうのは使用人と、炎一族宗家のものだけ。


 とはいえ、宗家も現在では宗主蒼雪姫宮と婿の斎、娘である東宮雪花姫宮、そして蒼雪の母であ
る風雪御前だけだ。

 人が少ない割にものすごい広いので、生活感がないのは仕方ないのかもしれない。





「サスケ、ちゃんとついてきてね、」





 母がサスケを振り返って微笑む。

 迷子にならないかと心配しているのだろう。

 サスケはうなずいて隣の兄を見上げると、渡殿の向こうを見ていた。





「父上、俺は東の対屋に行きます。」

「あぁ、東宮にご挨拶か。ついでにサスケも連れて行きなさい。」

「はい。」





 イタチはサスケの手を引いて父母から離れ、渡殿のほうへ歩いていく。




 東の対屋は、先ほどのところとは少し雰囲気が違っていた。

 御簾のおろされた廊下は相変わらず閑散としていたが、中には几帳や物が置かれているのが見え生
活観がある。

 しばらく行くと、御簾の上げられている場所があった。

 中には寝台があり、寝台の布も上げられている。






「いたち?」





 小さな少女が膝に布団をかけたまま座っていた。

 少女はイタチの姿を見とめると、布団を跳ね上げ、イタチに駆け寄る。






、」






 イタチはごく自然に駆け寄ってきた少女を抱き上げた。





「だれ?」





 サスケがたずねると、イタチは膝をついて少女を地面に下ろす。

 自分よりいくつか年下だろうか。


 珍しい紺色の髪は長く、綺麗な刺繍の入った緋色の着物を着ている。

 サスケよりまだ一回り小柄で、大きな紺色の瞳が可愛らしかった。






。炎一族の東宮だ。」





 イタチは簡潔に紹介する。

 はぺこりと頭を下げ、サスケもつられて頭を下げる。


 炎一族はうちは以上に大きな一族で、その次期宗主である東宮の称号を持つ人間であるのだからも
う少しすごい奴かと思ったが、見た目は普通、というよりむしろ弱そうだ。

 紺色の大きな瞳がかわいい。

 サスケはを思わず凝視したがは気にした様子なくイタチの服を握っている。





「だぁれ?」

「俺の弟のサスケだ。」

「おとうと?」





 よくわからないのか、不思議そうな顔をする。





「そうだ。同じ父上と母上から生まれた男の子で年下なのが、弟だ。」

「いたちは・・おとうと?」

「違う。年下の男の子だけを弟と言うんだ。年上の男の子は兄、お兄さんだ。」

「いたち、おにいさん?」

「そうだよ。」





 の確認に、イタチは大きく頷く。





「いいな。もおとうとほしい。」





 は大きな目をきらきらと輝かせる。


 だが、おそらく無理だろう。

 の父・斎の両親は兄妹で近親婚の末に生まれてきたと聞く。


 また、の母・蒼雪の両親も親戚同士だった。

 炎一族も斎の実家である蒼一族もともに近親婚で純血を守ってきた。

 近親婚を繰り返せば子供の出生率はきわめて悪くなり、生まれても女児か遺伝的な病気を持つこと
が多い。

 莫大なチャクラを持ち、そのために体調を崩すも、ある意味で近親婚の犠牲者であると言える。

 同族でない斎と蒼雪が結婚したのも、がうちはの嫡男のどちらかと結婚することが早くに決めら
れたのも、長らく続いた近親婚に対する危惧だ。

 今でも炎一族には近親婚を望む一派があるが、一族の存続という観点を述べれば、難しいだろう。

 現在跡取りとなれるのは、蒼雪とあと一人、蒼雪の兄がいるが、年齢を考えたら以外にいない。





「いたちはきょうにんむ?」






 はイタチを見上げる。

 任務だからイタチが担当上忍のの父・斎を呼びに来たと勘違いしたのだ。





「違う、今日は父上と母上が蒼雪様にご用だったらしい。」

「ごようじ?」

「そうだ。」





 イタチは言葉の拙いに柔らかな笑みを見せる。

 ふぅん、とはよくわからない顔をする。


 実際、わかっていないのだろう。





「兄さん、は本当に東宮なの?」





 サスケは不満そうにサスケに言う。

 うちは一族の嫡男としてすでに自覚を持つサスケには、考えられない。



 だが、炎一族はうちはとは違う。

 炎一族は別に宗主がいればそれで良い。

 里での興隆を願ううちはとは体制そのものが違う。






はとうぐう?」





 東宮と呼ばれる本人であるも目をぱちぱちさせて、イタチを見上げる。





「そうだ。は東宮だ。」





 年齢以上に物を把握できていないには、自分が“東宮”だと言うことは何となく知っているが、
それが何を指し示す物なのかよくわからないのだ。

 サスケはまだ不満そうだったが、イタチは苦笑しただけだった。





「よしくー。」





 はおかしな単語を喋ってサスケに手をさしのべる。

 小さな手をサスケは意味が理解できずぼんやりと見つめた。





「よろしくだそうだ。」





 の言動をよく知るイタチが付け足す。





「あ、うん。」






 サスケは躊躇いながらの手を握る。

 小さな手はそれでも確かな温もりを宿していた。


 初めて見るは、小さくて、可愛い。

 そう思うと、自然と顔に熱が宿って、サスケは思わず顔を背けた。







「そういえば。寝ていたと言うことは、体調がよくないのか?」







 兄はと親しいのか、サスケのような緊張を見せることもなく、声をかける。






「んー、あさ、せきでた。」

「そうか、ひとまず寝台に戻れ。」

「やー、」






 はふるふる首を振って、近くの棚にあった箱を持ってくる。

 螺鈿細工の高そうな箱には、どうやら遊び道具が入っているようだ。






「あそぶの。」

「わかった。遊ぶから寝台に戻れ。」

「いや、あそぶの。」






 寝台に戻されれば遊んでもらえないと知っているはいやがって首を振る。






、病気なの?」







 サスケはイタチの困った顔を見上げながら、尋ねる。

 イタチは一瞬説明に窮したが、ふっと笑う。






「まぁ、な。躯が弱いんだ。すぐ熱を出したり、咳をしたり、」

「じゃあ寝とかなくちゃ。」





 サスケは兄の答えに畳の上にぺたりと座って箱を抱きしめているに言う。

 はむっとして紺色の瞳でサスケを睨んだが、サスケは別に怖くなかった。

 の肩に乗ってる白い蝶がぱたぱたと鱗粉を飛ばす。





「いーや。」





 はふるふると首を振って、寝台に入るのをいやがる。


 初めてのサスケはどうすればいいのかわからない。

 そもそもサスケは女の子にもてるが、仲の良い女の子もおらず、当然ながら女の子の扱い方などわ
かろうはずもない。

 そんなサスケにだだっ子の相手は重すぎた。






、だったら俺たちは帰るぞ。」





 サスケが戸惑う中、イタチはため息をつく。





「え?」






 途端が不安そうな顔をした。





「かえる?」

「そうだ。」





 イタチは頷く。

 は瞳を潤ませ、じっとイタチを見上げるが、駄目だ。

 イタチは別の方向を向いて、素知らぬふりをしている。


 泣くか、サスケがそう思った時、イタチが口を開いた。






がお利口に布団に入るなら、俺は先生に頼んで、今日ここに泊っていこう。」

「ほんとう?」

「あぁ、明日は任務がないから、おまえの調子が良ければ、遊んでやる。」






 交換条件。

 は目を輝かせて、ちゃんと寝台に入る。

 サスケはの扱いを心得るイタチに少し感心したが、納得できるものがあった。


 イタチが、担当上忍の斎の家に泊ることは珍しいことではない。

 必ず週に二日くらいは泊っている。

 自動的に、の相手をすることも多い。





「サスケもおとまりする?」





 が無邪気に尋ねる。

 先ほどの名残で少し潤んだ瞳に見つめられて、サスケは居たたまれなくなった。





「いや、おれは、その・・・」

「帰るのか?」





 イタチが慌てるサスケにもの凄く不思議そうな顔をする。

 どうして慌てているのか理解できないといった顔だ。


 しかし、サスケにとってはは女の子で、女の子の家に泊っていくなんて、考えられない。

 自然と顔が赤くなる。






「か、帰る!」






 サスケは二人の視線に、きびす返す。

 イタチとはサスケの突然の態度についていけず、二人で首を傾げた。









( それは 初めての であい )