サスケがと対面している頃、炎一族の宗主・蒼雪と斎は、寝殿でくつろいでいた。

 茶とともに干菓子を食べていた斎は、人の気配に顔を上げる。





「どうかしましたか?」

「うちは一族のフガク様ご夫婦がおいでです。」





 蒼雪が穏やかに尋ねると、御簾の向こうで侍女が頭を下げる。





「どうぞー。」





 相変わらずの間の抜けた声で、斎は正座し直して笑う。


 御簾をあげて入ってきたのはうちはの代表者のフガクとその妻のミコトだ。

 二人とも斎を幼い頃から知っており、斎の両親とも懇意であったため、斎が炎一族の婿になった
後も親しくしている。

 斎よりもまだ15ほど年上になるフガクはいつも眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。


 うちはの厳しい指導者であり、渋面のため、元々人見知りの激しいは怖がって近づかない。

 もう少し楽しそうな顔をしてもばちはあたらないと斎はいつも思うし、親しみが持てないので昔
は近づきがたかったが、言っても駄目だろう。

 大人になった今では、これも彼の個性だと思うようにした。





「どうぞ。」





 別に怒っているわけではないがいつも眉間に皺を寄せて難しい顔をしているフガクに斎は穏やか
に微笑み、席を勧めた。






「息子がお世話になっております。」





 フガクは律儀に年下の斎に頭を下げる。

 斎はフガクの息子、イタチの担当上忍だ。

 現在、彼の生徒はイタチただひとり。


 つきっきりでイタチに忍術や忍道を教えている。





「いえいえ、僕も結構お世話になってますよ。」

「任務のたびにイタチさんが起こしてくださいますものね。」

「そうだね。」





 蒼雪の皮肉に斎は肩をすくめる。


 斎はカカシ以上に有名な遅刻魔だ。

 一応重要任務の時は遅刻しないように注意しているが、それ以外の簡単な任務だとつい遅刻して
しまう。

 というよりも、寝ていて起きないといった方が正しいのかもしれない。


 目覚まし時計は破壊してしまうのでならないし、起きてもぼんやり布団の上に座り込んで2時間、
なんてことはよくあった。





「いえ、本当にイタチについてくださって、貴方には感謝しております。」





 フガクにとって、斎の失敗など微々たる物なのか、本当に深々と頭を下げる。


 それには父として特別な思いがあった。



 斎がイタチの師となってからと言うもの、イタチは随分と落ち着き、心身ともに成長した。

 だからこそまだ二十代後半の若い青年に、フガクは心から頭を下げる。

 の父・蒼斎という人間は、典型的な天才肌だったが凡人だった。

 血継限界・透先眼の持ち主であり、なおかつ歴代の蒼一族の中でも極めて強い予言の力を持ち、
忍術に関しての筋も良い。

 十歳になる前にその力を認められた彼は、あっという間にフガクを追い抜いて要職に就いた。

 その後も四代目火影の早くからの懐刀として、現在では上層部の相談役として、彼は常に里の中心に居続ける。



 しかし、その輝かしい経歴に反して、彼自身は平和と穏やかさを愛す、至って普通の人間だ。

 師の自来也も、初めて斎に出会った時、天賦の才能に驚いたと同時に、明らかに今風少年である
斎に、酷く戸惑ったという。

 天才といえばそれなりに性格も特筆したものがあることが多いにもかかわらず、斎は本当に何も
ない。



 天才の凡人。



 性格からか、いつしか斎はそう言われるようになっていた。

 それでも実力は本物だ。

 自来也の弟子であり、四代目と兄弟弟子、カカシの暗部時代の先輩、赤砂のサソリの幼馴染み、
炎一族宗主の婿。

 様々な肩書きと知り合いを持つ彼は、四代目火影の願いから、九尾事件前から暗部で後進を育て
ていた。

 穏やかだが厳しい修行をかす彼について行くことが出来れば、凡才でも大成できる。

 忍の才能を直感で見抜き、それに伴って最適な修行方法を与える。

 遅刻が多いなど、素行の問題はあるまでも、斎の手腕は火影を初め、暗部の人間だけでなくほと
んどの忍が知っていた。



 その上、斎はあまり天才を弟子にしなかった。

 天才は大抵の場合、誰が教えても気さえ抜かなければ時と共に大成する。

 それを知っていた斎は育てやすい天才ではなく、訳ありだったり、問題児だったり、凡才と怒鳴
られる子ども達に目を向け、育てていた。

 だから、天才で優秀なイタチを彼の弟子にしてもらうのは、難しかった。



 しかし、フガクはイタチには彼しかいないと思った。

 真面目であり、向上心の強いイタチは並大抵の忍では認めないし、そもそもイタチの才能と意欲
に追いつけない。

 その上、イタチは親の目から見ても物事の見解をはっきりと口にする性格で、イタチが若年であ
ることを考えれば悪く言えば生意気だった。

 斎の穏やかで、相手に一方的に言われても気にせず受け流す性格を、フガクはよく知ってい
た。

 斎ならば、イタチが生意気を言ってもそれを真に受けず、あの子の本心を接してくれる。





 ―――――――悪いですがね。俺には彼に教えるものもないし、あの子は賢すぎる。





 最初にイタチの担当上忍となった男は、そう言ってイタチを手放した。


 おそらく、術などに詳しく、些細なことにも熱心なイタチが、疎ましかったのだと思う。

 九尾事件の後、勇敢な上忍の多くが亡くなり、残った優秀な者は任務にかり出され、下忍の面倒
をみる優秀な忍が減った時期だった。

 最初斎は話を聞かず頭ごなしに断るようなまねこそしなかったが、引き受けることを渋った。

 だが、一度イタチを見てくれと言ったフガクにつれられ、イタチを見た斎はすぐにイタチを引き
受けてくれた。





『可愛そうに、』





 そう呟いた言葉は、かつての自分に向けられたものだったのかもしれない。



 イタチの暗い色の瞳に、斎は暗部から上忍に戻り、イタチを弟子にすることを容認した。

 上層部は予言の力を持つ斎に頭が上がらない。

 上層部も渋々応じた。



 それから、数年。



 イタチは随分と丸くなった。





「イタチも貴方の手を離れることも増えるのでしょうが、これからもよろしくお願い します。」 

「いえいえ、僕もよろしくお願いします。」





 斎はフガクの思いも気付かず、へらりと笑う。

 何でもやり過ごす笑みが、イタチの生意気さをもやり過ごすのだろう。

 柔らかさのないフガクは、斎のそう言うところを苦手としながらも、イタチに必要であることを
理解していた。





「そう言えば、今日はイタチさんはどうなされましたの?」





 蒼雪がフガクの周りを見て、尋ねる。

 イタチはよく炎一族邸にやってくるが、大抵フガクが来る時もついてきて、フガクの話を嫌そう
に聞いていることが多い。

 斎の手前父に文句は言えないが、父はあまり好きではない。


 言わずもがな顔にしっかり出ているイタチを、蒼雪はいつも苦笑しながら見ていた。

 だが、今日は姿が見えない。






「あれは、サスケをつれて東宮にご挨拶に行きました。」

「あら、サスケくん?」





 あまり聞き慣れないうちはの次男の名に、蒼雪が首を傾げる。





「あぁ、と同い年でしたっけ?」

「はい。イタチほど優秀ではありませんが。」

「まだわかりませんわ。」





 子どもですもの。


 蒼雪はフガクの意見を意図せずあっさりと退けて、ふふっと笑う。






「サスケくんは今日が初対面ですわね。」

「あぁ、そうだね。」





 斎は初めて気付いたらしく、顔を上げる。





「宴会とかでは見てはいるだろうけど、話す機会はないもんね。」





 うちは一族と炎一族は新年会を合同でやる。

 もうこれは恒例行事で、毎年一月に行われていたが、病弱なは欠席が多く、いても上座にいる
ため、サスケと話す機会はほとんどなかった。





「そういえば、とイタチさんの初対面って生まれた時でしたっけ?」

「あぁ、そう言えば、そんなこともあったねぇ。」





 斎は娘と同じ紺色の瞳を細める。

 あの日は、穏やかな晴れの日だった。




( 血のつながり 一つの理想 )