よく晴れた卯月の初め、桜の咲き誇る頃、雪花姫宮―――は生まれた。

 まだ四代目火影波風ミナトが生きていた頃の話だ。





「かっわいー。」





 赤子を抱いたまま、ミナトは朗らかな笑みを浮かべる。

 まだ生後数日の小さな赤子は、紺色の丸い瞳で彼を見上げる。


 本当に小さな、女の赤子。


 未熟児でチャクラが大きすぎるため、泣くと周りの物を燃やしてしまうと言うなどの問題はある
が、それを抜けば少し小さなただの赤ちゃんだ。





「可愛いでしょ?僕にそっくり。」





 斎はミナトに抱かれる子どもの髪を優しく撫でる。

 生まれた赤子の顔は、父の斎にそっくりだ。





「父親に似ると幸せになるって言うし?良いんじゃないかな。」

「どうだろ。なんか分身みたいに見えない?僕みたいな遅刻魔になったら困るよ。」

「大丈夫だって、斎は男だもん。そしてこの子は女の子、ね。」





 ミナトは赤子を抱きしめて、ふっと後ろの蒼雪を振り返る。


 赤子を出産した蒼雪は、まだ少しやつれた顔をしていたが至って元気のようだ。

 気の強い彼女でも初めての子どもは不安だったらしく、マタニティーブルーで大変だった。





「ねぇ、本当に良いの?この子の名前俺がつけちゃって。」






 ミナトは信じられないとでも言うように、もう一度確認する。





「良いですわ。本当なら名前は父親がつけるんですけど、斎はミナトにつけてもらうってうるさい
んですもの。」

「やったぁ。」

「でも変な名前をつけたらしばき倒しますよ。」

「・・・・・」






 さらりとこぼれたバイオレンスな発言に斎とミナトは顔を見合わせた、

 蒼雪はこの間、三代目を殴り飛ばしたばかりだった。



 理由は意見の対立からだ。

 任務時に配備する予定だった忍がまだアカデミーのちびっ子だったというのだ。


 この話は聞いていたし、仕方がないと言えば仕方のない話だった。


 と、いうのも今は戦争のまっただ中であり、この間大蛇丸が裏切ったこともあって、人
員不足なのだ。

 そのため、アカデミーの高学年の子ども達を繰り上げて通常任務に出そうと上層部が言い、三代
目火影がそれに頷いてしまったのだ。

 四代目火影であるミナトも反対したし、斎も同じだったが、とどめとなったのが蒼雪だった。

 蒼雪は身重ながらわざわざアカデミーの子どもらとともに直談判して、それでもずるずる渋る火
影を殴り飛ばした。





『大人だけに飽きたらず、幼子らを死にゆかす。子が守れず我らは何を守るか!!』





 叩きつけられた言葉は任務をもらいに来る忍全てにまで響く。

 ことの成り行きを恐る恐る見守っていたミナトと斎も、日頃穏やかな彼女の剣幕に呆然だった。


 穏やかそうに見えて、彼女は激しい。


 しかしそれだけでなく、ミナトも斎も、どこかでアカデミーの高学年の子ども達が任務にかり出
されるのも、このご時世仕方がないと思っていた。

 誰もがそうだっただろう。


 だが、それは本末転倒だ。 


 大人は一体何のために戦うというのだ。

 未来ではないのか。子ども達を守るためではないのか。

 そもそもの戦いの意義を問われた気がした。



 結局火影も上層部も、アカデミーに子ども達を戻した。

 才色兼備、武にも優れる蒼雪と、火影候補となるほどの実力を持つ斎。

 ミナトは小さな命を抱きしめる。



 色の白い、綺麗な赤子。

 きっと綺麗な名前が良い。


 病室には春の暖かな光が差し込む。

 カーテンを開けて、斎が外を見上げた時、病室のドアから控えめなノックが聞こえた。





「失礼します。」





 堅い、緊張したような声に斎が首を傾げていると、入ってきたのはうちは一族の代表者のフガク
だった。

 後ろには嫡男で今年五歳になるイタチもいる。


 奥方がいないのは、彼女も妊娠中だからだろう。

 出産予定日は夏頃だと聞いている。


 次いで言うとミナトの奥方も妊娠中だ。予定日は秋頃である。





「東宮のご誕生、おめでとうございます。」





 彼はミナトに頭を下げてから、斎に祝いの言葉を述べる。

 定型通りの祝いの言葉に、斎は苦笑しながらも受け取った。





「ありがとうございます。あっ、抱いていきます?たまに泣くと周りのもの燃やすんですけど。」

「・・・遠慮します。」





 流石に怖いと思ったようだ。

 だが、それを聞いていた息子のイタチの方が、じっとミナトの方を見上げていた。


 彼には自分が燃える危険よりも赤子への興味が勝ったようだ。

 フガクは少し慌てた様子だが、ミナトはイタチに歩み寄る。






「ほら、」






 イタチの前で膝を折り、イタチに見えるように赤子を自分の足の上で抱きしめる。

 赤子は眠っているのか目を閉じていた。





「赤・・・ちゃん?」

「そうだよ。数日前に生まれたばかりなんだ。」

「おとこのこ?」

「女の子だよ。」

「おんなのこ・・・」





 イタチは初めて見る赤子にそっと手を伸ばす。

 白い頬に触れようとした瞬間、躊躇いからか思わず手を引っ込めたが、恐る恐る頬に触れる。





「あつい。かぜ?」

「大丈夫、赤ちゃんはあったかいんだ。」





 子どもの体温は高い。


 イタチは何度も赤子の頬を撫でる。

 気に入ったようだ。

 赤子の小さな手足をふにふにと握ってみたりしている。





「ねむってるの?」

「赤ちゃんは一日のほとんど眠っているんだよ。」





 ミナトは優しく答える。



 子どもにとって赤子との対面は大切だ。

 それに、イタチにももうすぐ弟が生まれる、

 ならばこういう経験はなおさら必要だろう。





「かわいい、」





 本当に小さく、イタチが呟く。

 素直な言葉にミナトは笑ってイタチに赤子を差し出した。






「抱いてみる?」

「え、いいの?」






 イタチは初めての経験に戸惑う。





「良いよ。ねぇ?」

「もちろん。」





 ミナトが斎に確認を取ると、斎は笑って快く応じる。

 蒼雪も幼いイタチと赤子の対面に、柔らかに笑っている。

 フガクだけが心配そうだったが、こうなってしまえば彼には止めようがない。

 大人達の視線を感じながら、イタチは慎重に赤子を抱き上げる。





「おもいね、」






 まだ5歳のイタチには、未熟児とはいえ2キロある赤子は重い、

 けれど、イタチは淡く笑んで、しっかりと赤子を抱える。



 その時、震動のせいか赤子が目を開いた。



 紺色の、くるくるとした大きな瞳。

 暮れゆく夜空のような珍しい色合いは、泣くこともなくただイタチをじっと見上げる。





「ぁ、」





 イタチは目を丸くして、戸惑った。

 これほどまっすぐ、無垢な瞳に見上げられることなど、あるだろうか。





「こんにちはって、」





 ミナトが戸惑うイタチの頭を撫でる。

 赤子は目をぱちぱちさせ、きゅっと小さな手を握りしめる。






「こん、にちは・・・・」





 イタチは恥ずかしいのか、酷く小さな声で初めての挨拶をする。

 腕の中の赤子が、きょとんとして、よく聞こえなかったようだった。





「もっと大きな声で言わなくちゃだめだよ。」





 ぴっと人差し指をたてて、ミナトがイタチを諫める。

 火影の言うことに、イタチは首を傾げたが、もう一度すうっと息を吸った。





「こんにちは!!」





 病室に大きな声が響き渡る。

 今度は大きすぎた。


 しんとする病室。


 赤子はどうする。泣くか。

 誰もがそう思った時、高い声が漏れた。





「きゃっ、ぁー、」






 大きな声が面白かったのか、赤子が笑う。

 無垢で、この世の争いなど何も知らない、無邪気な笑み。





「あら、初めて笑いましたわ。」





 口元を着物の袖で隠して、蒼雪は驚いて自らの娘を不思議そうに見つめる。

 まだ、泣くしかしなかった娘だ。





「うーん。イタチってもしかして、赤ちゃんに好かれてるのかも?」





 斎は苦笑してフガクに言うと、フガクも驚いたようで、目をぱちくりさせている。


 イタチも驚いてたが、伸ばされた小さな手を握った。

 小さくて、でもちゃんと温かい。





「もうそろそろ、授乳の時間ですわね。」





 時計を見て、蒼雪が言う。





「そっか。イタチ、赤ちゃんを。」





 ミナトはイタチの腕から生まれたばかりの赤子を抱き取る。

 少し寂しかったが、イタチは赤ちゃんをミナトに渡した。


 ミナトの手から、赤子は母親である蒼雪の元へと渡る。

 ミナトは柔らかに笑って赤子の様子を見ていたが、振り返ると赤子をまだ目で追っていたイタチ
と目があった。

 蒼雪の腕の中の赤子を見ると、赤子もまだイタチを目で追っている。


 どうやら互いに互いが気に入ったらしい。


 イタチは将来、生まれたばかりの赤子と、どう関わっていくのだろう。

 もしかすると恋人同士とかになっているかもしれない。





「ねぇ、この子が好き?」

「うん。」





 イタチは少し恥ずかしそうに小さく頷く。

 未来に変な邪推をしながら、ミナトはイタチの前に膝をつき、すっと小指を差し出した。





「じゃあ、俺と約束。イタチはこの女の子とずっと仲良くすること。守ること。ね?」

「やくそく?」

「男なら、約束を破っちゃ駄目だよ。」

「・・・・うん。」





 小さな指と、大きな指が絡まる。


 約束。


 それが果たされるのは、ずっと後のことだった。

 


( それは何よりも重く 尊いもの )