斎は広い炎一族邸の庭を臨むために御簾を上げながら、青い空と太陽に目を細める。





が生まれた頃は大変だったけど、楽しかったなぁ。」





 忍界大戦が終わったすぐ。酷い時代だった。



 失った人、失った物。

 たくさんあったけれど、四代目火影であるミナトがいて、彼の妻だったクシナがいて、斎と蒼雪
も並んで、よく遊んだり、たわいもない会話で夜を明かしたものだった。

 辛い時代だからこそ、安穏とした日々を、むさぼるように過ごした。





「今は恵まれた時代だ。」





 斎は空を見上げながら呟く。

 九尾事件以降、目立った戦争もなく、本当に簡単な遊びのような任務をしながら、穏やかに暮ら
すことが出来る。


 次の戦乱の時代が、あるのかもしれない。

 けれど、今はこの穏やかさを愛していたい。





「おや?」





 外を見ていた斎は、向こうの渡殿を走っている少年に、首を傾げる。






「あれ?サスケ・・・?」

「あぁ、そうですな。」





 フガクが首を伸ばして渡殿の息子を確認する。

 全速力で走っている彼は、寝殿までやってきて、母の顔を見た途端、ミコトに抱きついた。






「あらあら、どうしたの?東宮へご挨拶は?」






 ミコトが背を撫で撫でると、うーとサスケは唸る。

 ミコトと蒼雪は二人で顔を見合わせて首を傾げた。






「ちゃんと挨拶は出来たの?」

「・・・・なまえはにいさんが言った。」

「東宮とちゃんとおしゃべりできた?」

「にいさんがしゃべった。」





 ぶすっと思いっきり膨れて、サスケは母親に訴える。

 あらあら、ミコトは笑ってサスケの背中を叩いた。





「結局はイタチが独り占めかぁ、」





 斎が肩を震わせて笑う。


 イタチはあれで結構嫉妬深い。

 特にが一番自分に懐いていることが、イタチにとっては一番嬉しいのだ。

 前にカカシが来た時など終始不機嫌だった。

 弟のサスケならば大丈夫かと思ったが、やはり兄弟とはいえ男同士なのでのことになると話は
別らしい。

 早熟と言うよりは独占欲が強い。





「だめだよー、サスケ、逞しくならなくちゃ。」





 斎はサスケの頭をくしゃりと撫でる。

 するとサスケはむっとした顔で、無言で斎を睨んだ。

 子ども扱いされるのをいやがるところは、昔のイタチにそっくりだった。


 ますます斎は笑ってしまい、サスケの怒りを買う。





「あー、面白い。本当に面白いわ。」

「悪趣味ですわよ。」

「悪趣味じゃないよ。あのクールな愛弟子の悶々とする様を思って楽しいだけ。だってべたぼれな
んだもん」





 イタチはが可愛くて仕方がないのだ。

 普通娘に男が出来たらいやがる者だが、斎は愛弟子をおちょくるねたが出来たくらいにしか考え
ていない。





「まったく・・・こんな師を持って可愛そうに。」






 蒼雪が呆れた目を斎に向ける。

 斎は気にせずまだ笑っていた。





「んもぅ。イタチったら、」





 ミコトは腰に手を当てて、怒った顔をする。





「なんですか?」






 いつの間にか、庇にを抱えたイタチが立っていた。

 イタチは笑い転げている斎に冷たい一瞥をくれてから、サスケに向き直る。






「サスケ、なんで突然逃げてしまうんだ。まったく、ちゃんと挨拶しろよ。はちゃんとしたもん
な。」

「よしくしたー。」

 は元気よく返事をする。






「あれ、イタチがを独り占めしたいんじゃないの?」

「違いますよ。サスケが逃げちゃったんですよ。」






 斎のちゃかしをさらりとかわす。






「よしくした?」





 蒼雪はの喋った訳のわからない言葉に首を傾げる。

 は普通の子どもよりも少し言葉が拙い。

 それは体が弱く外に出られないため、人と話す機会が少ないからだ。





「よろしくしたと言いたいようですよ。」





 慣れているイタチは通訳して、改めてサスケを見る。





「ほら、ちゃんと言えよ。」

「・・・・よろしく。」





 こつんと軽く拳でサスケの頭を叩くと、サスケはやっとか細い声でそう言った。

 イタチは満足そうに頷く。

 は相変わらずイタチの首にしがみついて、嬉しそうにしている。





「あ、先生。俺今日泊まっても良いですか?」

「え、良いけど、どうしたの?」





 あっさりと頷いて尋ねると、イタチが肩をすくめた。






が布団に入ってくれないので、交換条件にしただけです。」

「交換条件?」

「おとなしく寝る代わりに、俺が泊まって、明日体調が良ければ遊んでやるって、」

「それで言うことを聞いたの?」

「まぁ、布団に入らないなら俺は帰るって言ったんで。」

「あははははは、はイタチが大好きだね。」





 は滅多なことではごねないが、ごね出すと全く言うことを聞かない。

 それでも言うことを聞かせられるのは、イタチだけだ。

 親ですらそう言う時のの扱い方はわからない。





「あら、これで明日の任務は遅刻せずにすみますわね。」





 蒼雪は笑ってイタチを見る。


 任務の時、斎を必ずイタチが起こす。

 明日、斎はイタチと離れて重要任務だが、イタチに言っておけば間違いなく斎を定刻に間に合う
ように起こしてたたき出すだろう。

 有り難い限りだ。

 ミコトがくすくすと笑って、頭を下げる。






「出来ない息子ですが、よろしくお願いします。」

「いえいえ、出来ない夫の面倒見役をしていただいて、こちらこそありがとうございます。」

「ちょっと蒼雪。」





 母親同士の会話に突っ込みながら、斎はふっと顔を上げる。





「あれ、サスケは?」

「え、」

「サスケは泊まらないの?」





 と同じ紺色の瞳がサスケを捉え、まっすぐ尋ねる。

 斎に、サスケは戸惑う。


 しかし、斎は何も言わずにじっと答えを待っている。

 綺麗な紺色の瞳が嘘すら見抜く気がして、誤魔化すことも出来ず、サスケはおずおずと答えた。





「だって、女の子のいえに、とまるなんて。」





 要するにサスケは嫌だなんだの前に、恥ずかしいのだ。


 サスケは男兄弟で、うちは一族は比較的男系の一族だ。

 まだアカデミーに入っていない彼が女の子と接する機会がないから、慣れていない。





「ぷっ、あはははははははは、」





 イタチが堪えきれず、を抱えて揺らしたまま、彼女の肩に顔を埋めて笑い転げる。





「兄さん!、うるさいっ!!」

「サスケは気を回しすぎだ、あははははは、」





 あぁ面白い。

 完全に笑いのツボにはまってしまったイタチはを抱えたまままだ笑っている。





「はーい、イタチ、ストップストップ。」





 あまりに兄に笑われ、顔を赤くするサスケが可愛そうになった斎はイタチの頭を軽く叩いて止め
てから、サスケに笑いかける。





「別に良いよ。女の子の家って言っても僕の家だし?」

「やだ、兄さんきらい。」

「嫌いで結構。恥ずかしがり屋のサスケちゃん。」

「うるさいっ!!」





 まだおちょくってくる兄から逃げるようにサスケはミコトに隠れる。





「イタチ、おまえはサスケを虐めて楽しいのか。酷いことをするな。」

「いたちはひどくない。」





 フガクが流石に諫めると、おとなしくイタチに抱かれていたが口を開いた。





「いたちはやさしいのー。ひどくない。」





 きゅうっとイタチの首に腕を回してしがみつく。


 子どもだが、フガクはを東宮として敬っている。

 東宮の言葉を否定するわけにもいかず、フガクは固まった。





「おやおや、をしっかり味方につけちゃった。」





 斎は肩をすくめてイタチに抱いてもらってもの凄く嬉しそうな娘を見つめる。

 イタチも上機嫌だが、もご機嫌だ。






「・・・・周りにとっても二人にとっても、イタチさんと宮で固めておくのが一番幸せですわ。」

「というか、誰も入ってくるなってことですよね。」






 蒼雪とミコトが顔を見合わせる。





「仲良しですから、」





 イタチは自慢げに笑いながら、そっとの額に口付ける。

 サスケが顔を真っ赤にして、わなわなと口を開閉させる。





「君はそのままで良いと思うよ。むしろサスケはそのままでいて。」






 斎が懇願するようにそう言ったのも、いまいちサスケは聞こえていなかった。


  ( 顔を赤らめること 恥ずかしくなること )