「んー、イタチがいるから大丈夫だとは思うけど、気をつけて行ってくるんだよ。」





 娘のデートに斎は小言を浴びせる。

 忍とはいえいつも抜けているだ。

 その心配は初めてのお使いに子どもを向かわせる親のようだ。





「いざとなったらイタチに叫ぶ。いいね。」

「俺が目を離すとでも思ってるんですか?」





 の隣で靴を履いていたイタチは心外だというように斎を睨む。





「思わないけど、が他のことに気を取られちゃうことはありそうでしょ?」

「父上様、それ、わたしが注意力散漫みたいだよ。」

「そういうつもりはないよ。ただ大丈夫かなって心配しているだけ・・・・ほら、」





 むくれたに、斎は笑って優しく上着を掛ける。

 は今日、半袖の鮮やかな緋色の地に蝶の着物を着ている。

 その上からかけられたのは薄様の黒にいちごの描かれた可愛い上着だった。





「これは?」





 透けるほど薄いその着物に、は首を傾げる。

 自分の元々持っている物ではない。





「新しく雪が仕立てたんだ。可愛いね。」

「母上様が?」

「うん。夕方は7月とはいえ冷えるだろう?」






 は、体が強くない。

 だから、蒼雪が心配して前から作っていた物だ。

 今蒼雪は任務で出ているが、斎はの姿にうんと頷いて妻の手柄に満足だった。





、行こうか。」





 イタチがに手をさしのべる。





「うん。」





 少しはにかんだ笑顔で、は手を取る。





「行ってきます!」





 元気に笑う娘に、斎は手を振った。





「いってらっしゃい。」




















 

 デートに行こうと言う話になったのは、7月のある休日のことだった。

 連休で、数日間のんびり出来るので、一日遊びに行こうとイタチが誘ったのだ。

 ちょうど商店街でお祭りが行われるから買い物でもしてから、露店を見て回ろう。

 はその申し出に、驚いた。

 一緒に住んでいるし、一番近い人だ。出かけるのだって初めてではない。



 けれど改めてそう言ってくれる心遣いと、初めてのデートにはどきどきした。


 いつも一緒に居てくれて、一緒に住んでいて、一番大切にしてくれる年上の許嫁。

 前までは兄のように慕っていたけれど、やはり年頃になればそれなりに気になるし、相手がどう
思っているのか不安にもなる。

 まだ恋心はつたないけれど、徐々にイタチを意識し始めている。





「わわ。」





 人の多さに驚きながら、はイタチの手をぎゅっと握りしめる。





「大丈夫か?」





 人の波を進みながら、イタチはを気遣う。





「うん。大丈夫。だけど、人が多いね。」

「あぁ、今日は祭りだからな。たくさん人が出ているんだろう。」






 商店街に行き交う人の量は、いつもより遙かに多い。

 いつもは母親らしき子ども連れが多いが、今日は様々な年代の人間が行き交う。

 一年に一度のお祭りだ。

 朝から出てきている人間もたくさんいる。





「どこに行くの?」





 は楽しそうにイタチに尋ねる。

 本当に嬉しそうな様子に、イタチは心が弾むのを感じながら、答えた。





「山鉾がもう少ししたらこの辺を通るらしいんだ。だから、少し高いところに昼ご飯をかねてお茶
をしにいこうか。」

「やまほこ?」

「槍みたいなものだよ。この大きな道を毎年通るんだ。」






 もうすぐこの道に行き交う人々が規制されて、山鉾が通る道が出来る。

 毎年木の葉で行われている祭りだが、去年まで体が弱くて家から出られなかったからしてみれ
ば祭りを見るのも初めての経験だ。

 想像できないらしいが、好奇心に目を輝かせている。





「さぁ、山鉾が始まらないうちに、行こうか。」

「うん。楽しみだね。」

「そうだな。」





 の手を握り直して、道を進んでいく。


 しばらくいくと櫓を組んだような紅白の帯が着けられた、大きな屋台のような物が建てられてい
て、上れるようになっている。

 上では酒を酌み交わす大人の姿や、興味津々で窓から首を出している子どもの姿があった。

 上は座敷になっているようだ。





「ここ?」

「あぁ、おいで。上れるから。」






 イタチに促され、少し狭い階段を人をよけながら上っていく。


 上に行くと下の熱気が嘘のように涼しい風が通っていた。

 座敷の向こう側の道が見える場所に案内される。





「あれ?斎んとこの?」





 案内役の男の人に見覚えがあると思ったら、知り合いのゲンマだった。


 特別上忍で、常に楊枝を加えている。

 斎と同年代のため、よくの屋敷に遊びに来ていた。





「ゲンマさん・・・?」

「何してるんですか?」





 イタチが尋ねると、ゲンマはばつの悪そうな顔をする。






「あー、手伝いでな。ちょっと。」





 ゲンマは忍だが、彼の両親は自営業をしているという話を、小耳に挟んだことがある。

 おそらくそれの手伝いの一環なのだろう。





「そっちは何してるんだ。」

「見てわかるでしょ?」





 イタチは生意気な返答を返す。

 いつも慇懃無礼なほど丁寧な時もあるイタチだが、基本的に斎の知り合いに性格を隠そうとはし
ない。

 猫をかぶる必要はないと知っているのだ。





「あー、デートか。そうか。若いな。」





 手で目元を隠して、ゲンマは大きな息を吐く。






「楽しめよ。姫。・・・あー、小遣いやるよ。」





 ごそごそと懐から財布を探り出して、ぽすっとの手にお札を渡す。


 がきょとんとそれを見ている間に、ゲンマは立ち上がる。






「ほら、あっちへいったいった。その辺が見やすいからな。」





 そう言ってらを案内すると早々に立ち去る。





「あ、ありがとうっ!」





 返すことも出来ず、慌ててが礼を言うと、振り向かないまま彼は手を振って行ってしまった。

 とイタチは残された小遣いをじっと見つめる。





「もらっていいのかなぁ。」





 困って、は手元のお札を凝視する。





「良いと思うぞ。みんな、おまえに甘いしな。」





 イタチはふっと視線をそらして苦笑した。


 そう、上忍達はみなに甘い。


 体が弱くて外に出られないは同年代の友人もおらず、たまに尋ねてくる斎の友人やイタチと多
くの時を過ごした。

 斎の友人にとっては友人の娘であり、体が弱くていつも伏せっている可愛そうな娘だ。



 いつ斎の屋敷に行ってもいるため、自然と愛着がわく。

 話が脱線するように思えるが、忍と言えば、それなりに給金がもらえる物で、結婚していなかっ
たりすると結構お金が貯まる。

 だから、可愛そうな少女にあげるお小遣いなどには困らない。

 最近は元気に外に行けるようになったが、それでも上忍達の感覚は変わっていないらしく、結構
街を歩いていると小遣いをくれるものも未だに多かった。





「あ、人がいなくなったね。」





 は外を見下ろして、忍などによって人が端に寄せられるのを見つめる。





「あぁ、もうすぐだな。」





 身を乗り出すを押さえながら、イタチは微笑む。

 遠くで鈴の音が聞こえ始めていた。








( 騒ぐ物 あそぶもの )