の一日


、朝だぞ、」






 低い声がどこかから聞こえて、ゆさゆさと肩を揺すられる。

 けれどまだ眠たくて、枕を抱きしめると、布団がなくなって寒くなった。





「うぅ・・・・」






 うっすらと瞼を開けると、眩しい朝の光。

 部屋の御簾をあげられてしまったらしい。

 仕方なく身を起こして、まだうつろで視界の悪い目をこすると、ぽんぽんとイタチが隣でから
取り上げた布団をたたみ始めていた。

 まだ彼も起きたばかりらしく、黒い髪はくくっていないが、と違いしっかり目が覚めているの
か、てきぱき動く。


 がぼんやりとそれを見上げていると、イタチが近づいてきて、足下の今度は敷き布団まで取ら
れてしまった。

 これでもう一度眠ることは出来ない。

 は板張りの床にへたりと座り込んで、目を細める。

 まだ眠たい。





「ほら、





 イタチが半ば無理矢理抱き上げて、を立たせる。

 はイタチにもたれかかりながら、渋々立ち上がった。





「仕方ないな。」





 呆れたように息を吐いて、イタチは慣れた手つきでに着物を着せていく。

 今日は動きやすい、裾の短い薄手の絣の着物だった。


 薄い青色がよく似合う。

 着物を着せてもらうと、イタチに促されるままに円座に座って髪を梳いてもらう。

 髪紐で二つくくりにしてもらって、鏡を見ると眠そうに瞼を開けたり閉じたりする少女が、写っ
ていた。





「今、なんじ?」

「今は7時30過ぎ。あまりぼんやりしているとアカデミーに遅刻するぞ。今日参観日だろう。」

「そうだった!!」






 今の言葉で目が覚めたらしく、はぱっちりと目を開いて慌て始める。





「父上様と母上様が見に来るんだよね。大丈夫かな、失敗しないかな。」

「大丈夫大丈夫、。」





 イタチはを宥めるように頭を撫でて、ぽんぽんとの肩を叩いた。





「さて、ご飯を食べに行こうか、」

「うん。」





 は頷いて、イタチと手を繋いで庇に出る。

 とイタチが住んでいるのは炎一族の屋敷の東対屋である。


 東の対屋には東北対という小さな部屋があるが、これは今現在では物置になっている。

 寝殿造りのため全体としては、寝殿を囲んで東、西、北の三つの対屋があり、南側には敷地の半
分をしめ、池もある庭が見える。


 の父が住むのが寝殿、母が住むのは北の対屋だ。

 とはいえ、基本的に母も父と共に寝殿で大半の時間を過ごしており、実質的な生活空間は寝殿に
あった。

 朝ご飯は両親に早朝の任務がない限りは全員一緒に寝殿で取ることになっている。

 遣り水と呼ばれる小さな小川の上を通る東北渡殿を渡れば、寝殿だ。






「おはようございます。」

「まーす。」





 イタチに続けても朝の挨拶をすると、御簾の中ではすでに食事が用意され、母が待っていた。




「おはよう。姫宮、イタチさん、」





 蒼雪はにこやかに笑って、達に席へ着くように促す。

 板張りの床には円座や畳が敷かれていた。


 盆にのせられた食事はイタチが絶対に家では見ない物ばかりが並ぶ。

 木の葉の出来る前から受け継がれる昔ながらの食事なので、基本的に料理に味がついてない。

 それを自分でつけられている、塩、酢、醤、などで自分で味付けする。

 今日のメニューはご飯と蕪の羮とハマチの切り身、瓜の粕漬け、蒸しアワビだった。





「ふわぁ、美味しそうな臭いだねぇ。」





 奥の方から、欠伸をしながら斎が出てくる。


 彼の髪の毛はと同じ色で同じ髪質だが、短いせいか寝癖だらけでそれをなおそうともしない。

 の父である斎は遅刻魔だが、一応朝食に顔を出すのためにきちんと起きてくる。

 しかし、その後二度寝して毎回任務に遅刻するのだから、その根性たるや素晴らしい物だとイタ
チは常々思っていた。





「さぁて、食べますか。」





 全員が揃ったことを確認して、斎は一つ頷く。





「頂きます。」




 それぞれ自分で手を合わせて、食事を食べ始める。





「ハマチ美味しい、」





 は醤をハマチにつけて食べる。

 少し切り身が大きかったのか食べにくそうだが、彼女は気に入ったようだ。


 まだはうまく最初に小さく食べ物を箸で切ることが出来ない。

 仕方なく、イタチは隣からのハマチを小さく切ってやった。

 ついでに切りにくいアワビも小分けにしておく。





「イタチったら、を甘やかすんだから。」





 斎が怒ったような口調で、けれど楽しそうに笑いながら諫める。




「まぁ、よろしいじゃありませんか。将来ずっとこうしていただけるのでしたら、別に何も問題あ
りませんわ。」





 隣から蒼雪が微笑んで、優しいを見つめる。

 確かに、将来一人になるのなら出来なくては困るが、どうせ後ろからイタチが順番にしていくの
だと考えると、そうそうできなくても困ることはなかった。





「おやおや、雪はイタチがお気に入りだねぇ。」

「当然ですわ。どこかの誰かさんと違ってしっかりしてますもの。」

「酷いなぁ。」






 斎は子どものようにぷくっと頬を膨らませて、妻の言い口に反論する。

 蒼雪は夫のすねた顔にも素知らぬふりで、黙々と食事をしていく。






「今日は参観日だね。の雄志が見れるなんて思いもしなかったよ。」





 斎はご機嫌なのか、先ほどのふくれっ面をころりと変えて、娘とよく似た無邪気な笑みを浮かべ
る。

 はむぐっとハマチを喉に詰めたのか、変な声を出して咳き込む。

 イタチはその姿を横目で見ながら息を吐いた。

 おそらく彼女はもの凄く緊張しているのだろう。


 イタチは幼い頃からすべての物事をそつなくこなすし、参観日について何も思わなかったが、彼
女は違う。

 初めての、本当に初めての参観だ。

 だから、びくびくしている。





「別に失敗したってこけたって怒らないよ。笑うだけ−。」

「それって最低ですわよ。お気づき?」






 蒼雪が斎の言葉に冷たく突っ込む。

 しかし斎はの心を知って知らずか、不思議そうに首を傾げただけだった。





「俺も見に行こうかな。」

「イタチも来るの?」

「嫌か?」

「うぅん。父上様止めてね。」





 は首を振ってむしろ歓迎の意志を示す。

 心のままに気まぐれに動く斎に常識を押しつけられるのはイタチしかいない。

 ついてきてくれないと困る。





「ほら、あまりのんびりしていると遅刻しますよ。」





 蒼雪がにこやかに微笑む。





「え、今何時?」

「もうすぐ8時20分すぎますわ、」

「うぅ、やばい。」





 は慌てて食事を口に詰め込み、イタチが持ってきた鞄を抱える。





「いってきます。」

「はいはい、また後で。」

「いってらっしゃーい。」





 蒼雪は落ち着いた様子で手を振り、斎は笑って声を張り上げる。

 はそれを確認してからばたばたと玄関に向かった。






「・・・・・大丈夫・・・か?」





 イタチの呟きは、黙殺された。







今日は楽しい参観日