注:木の葉崩しが終わってからの話です。





 湯気の立つお茶をのんびり飲みながら、斎が息を吐き出す。





「いやぁ、大変だったねぇー。」 





 確かに大変だった。


 木の葉崩しで里はぐちゃぐちゃだし、被害は甚大だし、3代目火影はなくなるし、大変だった。

 斎も火影の代わりに指揮をとり、懸命に戦い、けが人の補助のため、医療忍術を駆使してチャク
ラも空っぽになった。

 その後も復興作業にも積極的に関わり、5代目火影として綱手を探し出し、里の体制を整え、暗部
に命じて音の里を探らせている。


 は木の葉崩しで怪我をするし、イタチはそれにかかりきりだし、本当に大変だった。

 大変だったのだが、何か斎がそう言うとなんというか、平凡でのんびりとしか聞こえず、大変だ
ったように聞こえない。

 まるで老人が整骨院へ足を運んで帰ってきたかのようだ。

 イタチは団子を口に放り込みながらも、眉を寄せるのをやめられなかった。





「おまえ、もうちょっとこう、空気はないもんか。」





 猫舌のせいか、ちみちみお茶を飲んでいた自来也も同じ気持ちだったのだろう。

 諫めるように言ったが、斎は首を傾げて、「そうですかー?」と気のない返事を返した。


 自来也がますます困ったような顔をする。





「なんでおまえはこうも同じ言葉一つでも違うもんかのぅ。」





 はぁっと大きなため息を一つ。





「そうですか?僕、結構大変だったんですけど。だって最高指揮官してた訳ですよ。僕の師匠でし
ょ、弟子の努力は素直に認めるべきですよ−。」





 ぶーぶーと頬を膨らませて斎が子供のように反論する。

 ふざけているのか、本気で言っているのか。



 自来也と斎は師弟関係にある。

 昔から自来也は斎を知っているわけで、その優秀さも認めている。

 実際に彼は見事に火影の代役として忍を指揮したし、5代目火影として就任した綱手にも一番に頼
りにされている。


 実力は本物。

 火影の地位を蹴ったとはいえ、里で一、二を争う手練れだ。

 が、もう三十路だというのに昔とちっとも変わらない弟子に、自来也は正直げんなりした。


 先ほどから斎の娘のが不思議そうに父親と自来也の会話を聞いているが、自来也にとって見れ
ば斎に娘がいるなんて冗談かと思う。

 子供を育てるだけの精神があったことに驚きだ。

 日頃のぼけっとして、平凡な斎を知っているだけに、戦時とはいえ最高指揮官なんてよくさせた
ものだと我ながら思う。





「僕頑張りましたもん。だからたまには奢ってくれてもいいんじゃないですか?」


 そこか。





 奢って欲しかっただけか、と突っ込みたくなったが自来也は大人になってぐっと黙る。

 斎のこういうちゃっかりしたところに乗せられていても、仕方がない。


 本気か冗談かわからないところが斎なのだ。

 そして斎はそれをうまく利用して自分の都合の良い方向に持って行く。

 乗せられてはいけない。


 長年の経験から、自来也はそれを理解していた。





「わしゃ、金をもっとらんからのぅ。」

「嫌だなぁ。先生。少なくとも綱手様よりかは持ってるでしょ?」

「確かにそれはそうだがな。あれは比べる範囲に入るのか?」

「入りますとも。人間ですから。だから奢ってくれても平気でしょ?」

「それとこれとは話が別だのぅ。」

「・・・・・弟子を労る気がないんですね、酷い。」





 斎が大きな目を潤ませて自来也を見る。

 自来也はこの目に弱かった。





「うっ、それはのぅ・・・・話が別・・・・」

「別ってどういうことですか?僕頑張りましたよね。とっても。」

「否、がんばったがのぅ。」





 その年になってまで老人にたかろうとするか。


 ましてや残っているのが斎一人とはいえ、蒼一族と言えば予言を生業とし、莫大な財産を持つ家
だ。

 斎は要するに坊ちゃんである。

 それを差し引いても、斎は優秀な忍である。

 Sランクの任務ごとに莫大な給与をもらっているはずだ。

 書き物をしている自来也の収入よりも遙かに多い。


 なのに、老人にたかろうとするなんて根性が悪いにも程がある。

 そうは思うのだけれど、自来也は斎に昔から弱かったし、斎もそれを心得ていた。





「ねぇ、も酷いと思うよね?僕の先生なのに自来也先生、ちっとも僕をいたわってくれないんだ
よ−。酷くない?」





 斎はにまで賛同を求める。

 はよくわからないようだったが、父親の熱心な視線に押されるままに頷く。


 すると斎は得意になって、自来也にもう一度言った。





「ほら、だって言ってますよ。」





 そう言われれば、自来也には抵抗のしようがない。

 軽く項垂れて財布の中身を考えていると、イタチが口を差し挟んだ。





、押されるな。斎先生が言っていることはどうせ半分冗談だから。」





 冷静な言葉で、よくわからぬまま頷いていたを引き留める。






「冗談?」

「あぁ、先生の言うことは半分は冗談だから、気をつけろ。」

「ちょっとーイタチ、酷いな。僕頑張ったよ。」

「頑張ったのは認めますが、そんな子供っぽく主張しないでください。」





 イタチは斎にはっきりとそう言い捨てて、の頭を撫でる。





は素直なんです、押されたら何でもイエスで答えてしまうんですから。」 





 なぁ、

 イタチがそう言うと、やはりはうんと肯定で返事をした。





「慣れとるのぉ。イタチ。」





 自来也は素直に感心する。


 斎のぎれごとにかなり耐性がついているようだ。

 うまく言い返して、その上まで上手に会話から追い出してやっている。





「当然ですよ。もう五年以上ですからね。この人の後ろについて。」

「わしゃ、もう二〇年のつきあいだがさっぱりだのぅ。昔から全く・・」





 自信ありげに答えるイタチに、自来也は今日いくつ目ともつかぬため息をつく。

 斎が弟子だった頃、どれだけ苦労させられたか。





「父上様、わるいことしてたの?」





 がきょとんとして、紺色の瞳をくるくるさせて尋ねる。

 斎と同じ色の瞳だが、そこに宿る性格はかなり違う。





「悪いこと・・・・ではないが・・・・・そりゃ困ったさんだったのう。」




 自来也は目を細める。


 斎が自来也の教え子になった頃、斎はグループで最年少だった。

 ちなみに4代目火影の波風ミナトも同じ班員であった。

 ミナトも斎も非常に優秀で、おおらかで、自来也は当初かなりふたりに期待した物だった。

 ミナトは期待通りまっすぐに歩き、火影となった。


 だが、斎は明らかに横道にそれていたと言っても過言ではない。

 否、ミナトより、普通だったし、間違っていたとでも言うべきか。

 自来也はまた一つ、ため息をついて昔のことを思い出した。






( むかしのけしき 風景 )