いつでも傍にいたいと思うのは、酷く我が儘なことだ。




「・・・、あぁ、そうか。」





 任務が終わって、炎一族邸に戻ったイタチは東の対屋に誰もいないのを見て、一瞬不思議に思っ
たが、頷く。


 いつも、は体が弱いため外に出られず、家にいた。

 はチャクラが多すぎて、躯が耐えられないため、いつも体調を崩し、外に出られるような状況
ではなかったからだ。


 幼い頃は少しは遊べたりもしたが、ここ数年ではすぐに熱を出してしまい、週に何日も起き上が
れない日があった。

 しかし、イタチがのチャクラを半分肩代わりしたことによって、は普通の少女として生活が
出来るようになり、先日から忍者アカデミーにも通い出した。

 だから、今日彼女がまだ帰っていなくて、いないのは当然だ。



 なのに、今までこの家に家出して居候するようになってから、がいないのは初めてで、イタチ
は複雑な気分になった。




「あれ?イタチ、お帰り。」




 後ろから、相変わらず間の抜けたかつての担当上忍の声が聞こえる。

 振り返ると、そっくりの顔に無邪気な笑みを浮かべて、斎が立っていた。





「任務だったの?大丈夫?怪我はない?」





 矢継ぎ早に尋ねてくる彼に、ため息をつきたくなる。

 一体いつまで自分を子どもだと思っているのだろう。

 もう暗部の手練れとして名を馳せ、分隊長にまで祭り上げられたというのに。

 言いたいことは多々あったし、昔のイタチならすぐに不満を漏らしていただろうが、最近は大人になって、彼に面と向かって悪態をつくこともなくなっていた。





「ないですよ。それより、先生は任務、どうしたんですか?」





 意地悪のつもりで尋ね返す。

 今日斎は夜までかかる任務があったはずだ。

 なのに、どうしてこの時間に家にいる。

 すると、斎はいたずらをした子どものようにしまったと、ばつの悪そうな顔をした。


 彼が今日家にいる理由は知っている。


 大遅刻をして、任務が出来なかったのだ。

 斎は昔から実力では里でも1,2を争うほどだったが、朝起きに難があり、イタチの担当上忍時
代も幾度となく遅刻し、炎一族邸に怒鳴り込みに言ったことも一度や二度ではない。

 特に今日はイタチも任務で朝早くにでており、彼を起こす暇がなかった。





「えへ、ね。」

「ね。じゃないでしょう。貴方ってどうしてこうもルールが守れないんですか?」

「ほら、人間得手不得手があるでしょ?」





 ルールに得手不得手もあるか。

 返す代わりにため息をついて、イタチはふっと屋敷の向こうを見る。





「帰ってきたみたいだね。」





 遠くから、足音が聞こえた。

 小さいけど高いこの足音は、のものだ。

 しばらくすると、案の定庇の向こうから小柄な少女が走ってきた。





「イタチ!」





 肩掛け鞄を持って走りにくそうに駆けてくるに、自然と頬がゆるむ。


 しかし、は僅かな段差にけつまずいてこけた。

 思わず沈黙がおりる。

 まさにべちゃっといった感じだ。





!」





 我に返ったイタチが慌てて駆け寄ってを助け起こした。

 怪我の有無を確かめる。

 膝は大丈夫のようだが、手もつかず前に倒れたので、額に大きなたんこぶが出来ている。


 忍としては考えられない鈍くさい転び方だ。


 普通なら手が前に出る。

 怪我がないかを細かに確認していくが、たいしたことはないようで、イタチは思わず安堵の息を
吐いた。





−、気をつけなきゃ駄目だよ。」





 斎が人差し指をたてて娘を諫める。



 がこけるのは初めてではない。

 今まで寝たきりで体力もなく、筋力もないは走るのに慣れておらず、すぐにばてるし、すぐに
転ぶ。

 徐々に慣れていくものではあるのだろうが、こちらとしては気が気ではない。

 おそらく、赤子が初めて立って歩き出した時も、こんな心地がするのだろう。





「あのね−、今日はね、サクラとお勉強したんだよ−。」





 痛いだろうが、話したいことがたくさんあるらしいは自分のぶつけた額を撫でながら、熱心に
話す。

 イタチに報告したくて仕方がないのだ。


 娘の様子に斎は思わず笑ってしまった。




「サクラちゃんって、友達?」

「そうなの。とっても優しいから、いつもわからないこと教えてくれるし、ちゃんと教室とかもつ
れていってくれるんだよ!」





 は初めての友達にはしゃいで、逐一イタチに報告するから『サクラ』はイタチや斎も聞き慣れ
た名前になっていた。

 どうやら彼女は面倒見の良い性格らしい。

 ぼんやりしているの手をひっつかんで引っ張っているようだった。


 そう言う人間が傍にいてくれるのは、有り難い限りである。





「でねでね、今日はナルトとサスケが喧嘩してねぇ。大変だったんだよ。」

「教室でか?」

「うんっ、殴り合いの。ナルトが負けてたんだけど、たまたま殴った手が顔面に入っちゃって、サ
スケが鼻血出して、ナルトの方が大慌てだったの。」




 は興奮気味に初めて見た喧嘩を話す。





「ナルトったらサスケの流血に泣きそうな顔して平謝りするから、サスケもそれ以上怒れなくって
喧嘩は中断。授業も中断しちゃったんだ。」




 ナルトはイタチや斎も知っているが、短気なところはあるものの優しい子である。

 おそらく流血騒ぎになるほどやる気はなかったから、焦ったのだ。





「へぇ、サスケも喧嘩するんだね。」





 斎は意外そうに腕を組む。

 短気なところはあるが、授業中に喧嘩をおっぱじめるほどガッツのある子だとは思わなかった。




「うん。ナルトと一緒になると話が変わるんだよっ、」

「なんだ、ナルトくんが嫌いなのか?」

「イタチ、それは違うよ。きっとサスケはナルトが気になるんだよ。」




 イタチにはの言う意味がよくわからなかったが、の中では説明がついているらしく、自信あ
りげに言った。




「今度、ナルトとサスケとサクラをおうちに呼んでも良い?」





 は心配そうに斎を見上げる。

 斎は目を丸くした。


 に外で友達が出来るのは初めてだ。





「うん。大歓迎だよ。」





 斎は自分のことのように嬉しそうな顔で頷くと、もほっとした顔をする。





「あと、ヒナタも。よくふたりで遊ぶの。」

「ヒナタって日向の?」





 日向と言えば里でうちはと競う名門である。

 旧体制を維持する一族としても有名で、斎とイタチは顔を見合わせて首を傾げた。

 確か嫡子だが、あまり才能がないと聞く。





「ヒナタは控えめですっごくよい子なんだぁ。ふたりでいるとほっとするの。」




 もあまり押しは強くない。

 控えめな子とも気があうのだろう。




「あっ、宿題しなくちゃ。」




 一通り話し終わり、はぱっと顔を上げて、ばたばたと鞄を置くために走っていく。

 楽しくてたまらないといった様子のの背を見送りながら、斎は苦笑する。




「学校に行かすって、僕はほとんど行ってないからどんなだろうと思ってたけど、結構楽しそうだ
ね。」




 戦乱の時代で学校になかなか行けなかった斎は学校にが行かなくても良いと思っていた。


 イタチも同じだ。


 本当に少ししか学校に通っていない。

 だが、うちはフガクのすすめもあり、一年だけでもとを学校に行かせて正解だったようだ。




「そうですね。ちょっと・・・・・・寂しいですけど。」




 イタチは少し目を伏せて、を見送る。

 今までイタチ以外ほとんど近い年代の子供に会わなかった

 チャクラを自分が肩代わりしたため元気になって学校に行けるようになって、それはとても嬉し
い。


 でも、少し寂しいと感じる。

 にとって、外に行くことは良いことだと言うのに、寂しい。




「・・・・・」




 を独占していたいと、思ってしまう。

 いけないことなのに、彼女が外に出て、人と笑いあえることを喜ばなければならないのに心配で
、寂しくてたまらない。

 自分が存外心が狭いことを、思い知らされる。




「イタチも成長しないとね。」




 全てを理解するように、斎が柔らかにと同じ紺色の瞳を細めてイタチに微笑んだ。

( ここにあるもの じぶんでせいぎょできないもの )