炎の一族会議に出席するのは、基本的に三つの宮家の当主と縁者、宗主夫妻、東宮、青白宮であ
る。

 宗主である蒼雪、婿の斎、娘で東宮、蒼雪の兄の青白宮

 花鳥宮家、揺月宮家、風雪宮家のそれぞれの当主とそれぞれの宮家から5人ずつの縁者、そして
蒼雪の母・風雪御前。

 そして今日、不釣り合いながら話の中心人物としてイタチがその席に上らされていた。




「正直病弱な東宮さまの婿にはできるならば宮家の者をと思っておりましたが…。」





 そう呟いたのは花鳥宮家の当主・有縁だった。

 真っ白の髪をした老人の彼はふっと息を吐き、困ったように項垂れる。

 彼は100年近くの間、炎一族の宗家に仕えてきた。

 忍界大戦を体験し、他者と同盟しなかった一族が、堰家や里と同盟するという変遷の時代を生き
抜いてきた老松だ。


 炎一族にとって女の宗主が炎一族の宗主として立つことは珍しくはないが、体の弱い東宮を頂く
限り、決定の大半を担うことになる婿は一族のものであってほしい。


 宗主の伴侶は女であれ、男であれ、宗主と同等の立場を持つことになる。

 女であれ、男であれ、蒼雪のようにしっかりした宗主であればよいが、意志のはっきりせず、チ
ャクラを肩代わりしてもらったとはいえ体の弱いでは、婿の意見や意志に重きが置かれることは
目に見えている。


 悪く言えば婿の言いなりになるわけだ。

 宮家の意志を繁栄してくれる宮家出身の人間、少なくとも炎一族の人間であって欲しい。

 年を取り、保守的な考えをもつ有縁は、炎一族出身者を婿に望む人間だった。

 花鳥宮家の有縁以外の五人も、同じ考えのようだ。


 蒼雪は不快そうに表情をゆがめた。




「宮家のものと申しましても、東宮と年の会う人間は数人。それも東宮も望んでおりませんわ。」

「我らとて東宮の意に沿わぬものを婿にあてがおうとは思いません。ですが、一族のものであるの
が比較的望ましいと思いはします。」




 何も権力を求めているわけではない。

 炎一族にある3つの宮家はそれぞれ同じくらいの財産と特権を持つ。

 現宗主蒼雪の母を輩出した風雪宮家でも、財産的にはほかの宮家よりも豊かだが、これ以上を望
むべくことがない。


 宮家の全てが宗主の存続と現状維持を望んでいる。

 そのため宮家とはいえ、里や一族での興隆を求めるわけでもなく、頼りない次期宗主の婿は炎一
族出身のほうが望ましいとただ考えているだけのようだった。




「でもイタチさんとの結婚は宮の意志ですわ。」




 蒼雪は扇でひらりとを示す。




「もちろん、東宮様は、どうお思いなのかが、一番重要ですが・・・・」




 やはりの意志を尊重したいとは考えている有縁は、ちらりとを見やる。

 東宮であるに、自分たちの意見を押し付ける気はない。


 の素直な意見が聞きたい、

 彼らの目はそう言っていたが、はよくわからないという顔で首を傾げるばかりで、話の意図が
飲み込めていないようだった。




「イタチ様の優秀さについては問題ないとは存じます。しっかりしておられるし、炎一族でなくと
も問題ないのでは?」




 イタチをかばったのは、若手の揺月宮家当主の息子・疾風で、年小と言うこともあり控えめなが
ら意見する。




「僕は暗部に所属の折にイタチ様を知りましたが、問題ないかと存じます。」

「血を薄くするという点でも、他家から優秀なお方を迎えるのは悪いことではないのでは?」




 若手の意見に壮年の風雪宮家当主の弟も賛同した。 


 人は変わりゆく。時代も、考え方も変わる。

 今では炎一族の60%近い人間が里の忍として働いている。


 そしてそれは宮家も同じだ。


 花鳥宮家は忍として里に帰属することを良しとせず未だに出仕していないが、風雪宮家、揺月宮
家は当主など古い世代はともかく、30代から下の年代はすべて、忍として里で働いた経験があり、
現役の者も多い。

 今まで宮家と言えば炎一族内でも特権階級で、それぞれの屋敷を持ち、宮家か同じ神の系譜とし
か婚姻を結ばなかった。

 しかし、時代も変わり、忍として里の人間や炎一族の一般人とふれあう機会が増えたことで、通
婚は普通のこととなっている。


 花鳥宮家に比べれば、他の二つの宮家は他家からの婿にそれほど懸念をもっていなかった。

 その上イタチの優秀さは里に響き渡る者で、出世という点から考えても、今の才能でも、里で1
,2を争う。

 実力に申し分なく、人格的にも悪い噂は聞かない。

 特に疾風は暗部に所属していることもあり、同じ部隊ではないまでも何度か一緒に任務を行い、
部下に対する心配りや人柄を知っていた。




「私たちは、何よりも才能あり、力ある方に私たち自身を率いて欲しいと思います。」




 それは、未来を紡いでいく、これからの一族作っていく若手の意見だった。


 里においては才能が物を言う。

 名家であろうと、ただの商人の子供であろうと皆等しく下忍からキャリアを積み、才能がなけれ
ば昇進できない。


 里の厳しい、だが当然の原理にもまれた宮家の若手にとっては、一族の者であれなんであれ、弱
い婿が来るなら文句のひとつも言うが、実力あるイタチが東宮の婿になることを歓迎こそすれ、反
対することは何もないと考えていた。

 一族の者でないことは、絶対的な実力の前には些細なことだ。




「しかし、うちはは里では有名な名家。干渉を招くのでは?」




 有縁は厳しい意見を返す。




「うちはと炎一族では比べものにならぬでしょう。規模も小さいものです。」

「宗主の婿だぞ。大きな権限が与えられるのだ!」




 与えられる力は、決して侮れる物では無い。

 イタチが正式にの婿となり、地位を与えられれば後々はイタチの言葉で、一族の方針が決まっ
ていくのだ。

 それはの意志だけですむ問題ではなく、簡単に割り切れる問題でもない。



 イタチは隣に座るを見る。

 は彼らの話の筋がよくわかっていないのか、相変わらず首を傾げてイタチの腕にもたれかかっ
ていた。

 何故反対されているのかもよくわかっていないのかも知れない。

 ふとイタチの視線を受けては顔を上げる。





「大丈夫?イタチ。」




 に心配されるほど、不安そうな顔をしていたのだろうか。




「大丈夫さ。反対されるのは、覚悟していたから。」




 他家の人間に厳しいのは、どこも一緒だ。


 きっとうちはだってそうだ。

 炎一族はうちはよりも大きいから、それも根強いのだ。仕方が無い。

 そうわかっていても、苦しいことに変わりはないのだけど、イタチは自分にそう言い聞かす。

 は眉を寄せてイタチを見上げ、すいと宮家の者達に視線を向けた。


 相変わらず花鳥宮家と他のふたつの宮家が言い争っている。

 特に花鳥宮家の有縁にとってイタチはやはり受け入れがたいようだ。


 彼はこの一族会議の中でも古参の人間。 

 彼の理解を得られないことは、イタチがこれから後、炎一族に溶け込んでいく上で、大きな障壁
になるかも知れない。

 蒼雪の母である風雪御前も相変わらず黙ったままことの成り行きを見ている。

 賛成する気も反対する気もないようだ。




「我が宮家は心配しているのだ。東宮様が粗雑に扱われた場合どうすれば良いのかと…・」




 宮家といえど、宗家に干渉することは出来る事項はあまりに少ない。


 有縁の懸念ももっともな部分があった。

 が里の名家から婿を迎えれば、が仮に彼に粗雑に扱われ、婿を断罪したい時、家同士の問題
に発展する。

 一族の者であれば一族内で内密に片付けて処罰をすることもできるが、里の名家の嫡男だという
ことになると、そう簡単にはいかない。

 大切な東宮、宗主の主権を守るのに、家同士のもめ事をしなければならないのだ。




「勝手な方針を打ち立てられるのも、我らとしては困る。」





 有縁は最初の控えめな言い方から一変してはっきりと宗主である蒼雪に訴える。


 彼女の答えを待つように、沈黙が落ちた。

 だが、彼女はそれを冷静な目で見つめ、答えを返さなかった。




「一族の者としても勝手な政(まつりごと)にて困るは、同じなり、」




 代わりに、口を開いたのは風雪御前だった。




「しからば誰であれ、等しきこと。」




 一族の人間だったとして、を大切にし、自分たちに不利なことをしないという保証はない。

 誰であっても、同じだ。


 ふっと細い息を吐き、風雪御前は娘である蒼雪と、孫であるに順番に目を向ける。




「宗主の意こそ、妾らの意となりしは、いつとて変わらぬ。」

「しかし、風雪御前っ!」




 有縁は宗主の母でもある風雪御前にまだ何か訴えようと口を開く。

 しかし、彼女の答えは冷たかった。




「汝、主の意に逆ろうか、」




 炎一族の権力も、地位もすべては宗主の力にある。


 白炎使いである宗主を頂くがために宮家は存在し、それだけの存在が一族の存続を可能にしてい
る。

 その前提は、どれだけ時代が変わろうとも、宗家が強権を振るうことがなくなろうともかわら
い。

 助言は許されても、宗主への強制など、もってのほか。




「東宮が意を定めせしことなれば、仕方なし、」




 風雪御前は緩く扇子で口元を隠して、イタチとを一瞥した。

 その態度に呼応するようにへ意見を求めるように視線が集まる。





「東宮様は、どう思おいですか?」




 まだ若い疾風が、に柔らかに微笑む。




「イタチ様と婚約をされることについてどう思われますか?」




 優しい尋ね方での答えを促す。

 は未だよくわからないようで、疾風を見てから、今度は自分の両親である蒼雪と斎を振り返っ
た。




「父上様、正式な婚約って、なにするの?今までと違うの?」

「まぁ、正式な結婚の約束みたいなものかなぁ。…・要するに本当に一生一緒にいたいかって話だ
よ。」




 斎はにわかりやすい言葉を心がけながら、顎に手を当てて少し考えてから答える。




「わたし、イタチと一緒にいたいよ。」




 は少し状況を飲み込んだのか、一つ頷いて、少しも考えたふうなく言った。

 にとっては当然のことのようだ。


 あまりの即答ぶりに、宮家の何人かから苦笑が漏れる。




「ですが、他の人も候補として考えてはいただきたいと思います。宮家や、一族の…・」




 有縁はの無邪気すぎる答えを受け入れられず、言いつのる。




「他の人?イタチといれないってこと?」




 有縁の意図を察したの紺色の瞳が一気に潤んで、イタチの腕に抱きつく。




「いやだ、いやだよっ、イタチと一緒が良い。」




 ざわりとのチャクラが揺らぎ、の蝶が白い鱗粉をまき散らす。




?」




 斎は目を丸くして、チャクラの動きに驚く。

 は感情が昂ぶるとチャクラコントロールが狂い、周りの物を燃やすという習性がある。 

 これは白炎使いに多く見られ、比較的チャクラコントロールが安定してくる10歳を境になおるも
のだが、は相変わらずだ。


 には皆がどういう話をしているのかよく理解できてはいなかったが、イタチにマイナスの話を
していることだけはわかっていた。

 そして有縁の発言から、イタチと引き離そうとしていることだけを敏感に感じ取った。




「イタチと、一緒に居ちゃ駄目だって話なのっ?やだ、やだよっ、ふぇっ、」




 わぁあんと、がイタチの腕にしがみついて声を上げて泣き出す。




っ!」




 隣にいるイタチは慌ててを宥めようと名前を呼ぶが、は聞いていない。


 周りに火の粉が舞う。

 炎はイタチを傷つけないが、宮家の面々は慌ててから離れた。

 宗家のもつ白炎には、宮家とはいえど到底敵わない。

 巻き添えを食えば本気で大怪我だ。




「あぁ、もう。何でこうなるんですの?」




 蒼雪も慌てながらも冷静に床に結界を貼っての能力から屋敷を守る。




「やだぁ、やだっ!」




 ぼろぼろと涙をこぼしてイタチにしがみついて泣きじゃくるに、一族会議に出席している宮家
の全員が呆然とする。

 弱くて、力のない東宮というイメージがあった。


 だがやはり、白炎使いなのだ。

 恐ろしい力を持ち、たぐいまれなる能力を操る。





「わたし、いっしょ、に、いたいだけ、なのにっ!やだっ、」




 別に、一族とかそういったものに、興味はない。

 ただ、一緒にいたい。



 一族の東宮だから、宗主になるからと、たったそれだけの願い事すら我慢しないとならないのだ
ろうか。

 ずっと一緒にいた。


 病気の時、苦しい時いつも一緒に居てくれたイタチが大切で、かけがえのない人で、なのに彼で
は駄目なのだろうか。

 一緒に居てはいけないのだろうか。




、大丈夫だ。大丈夫だから。」




 イタチが強くを抱きしめる。




「大丈夫だ。俺はここにいる。な?大丈夫だ。」




 繰り返し繰り返しそう言って、の背中を強く撫でる。

 はしゃくりあげて、イタチの胸に顔を埋めた。

 いつも自分の味方であり続けてくれた人。大切な人。




「イタチじゃないといやっ!イタチじゃないなら結婚しないっ!!!」




 は日頃では考えられないような大声で叫ぶ。

 が結婚せず子供を生まないと言うことは、事実上炎一族の後継者は生まれないことになる。

 そこまで言われてしまえば、もう何も言うことは出来ない。




「仕方なしや、しかし、有縁の言うことももっともなり。」




 風雪御前はしとやかに淡いため息をつき、今度はイタチに視線を向ける。

 一族の者でないと言うことは、変わりない。

 若手の者達はともかく、旧型の気質を捨てきれぬ古参の者達は反対するだろう。


 だが、これからを背負い行く若者達がイタチを望んでいるという事実は捨てられない。


 ある意味宗主である蒼雪、斎もまた、若い世代の一部なのだ。

 決定権は古い時代にあるかも知れないが、これからを築く若い世代の意見をないがしろにするの
も本意ではない。




「うちはイタチを、妾の猶子としようぞ。」

「風雪御前、それは…」、

「例にもありしことなり。」




 風雪御前はしれっと言う。

 確かに数代前の宗主の妻が身分の低い人間だった折、宮家の猶子として出した例がある。




「妾は風雪宮家の出身。現堰家当主の叔母にもある。猶子とせしこと、なんら問題あらず。」




 現宗主蒼雪の母であり、宮家出身者。

 妹は土の国の神の系譜、堰家の現当主の母である。

 イタチにとっては大きな後ろ盾となるし、宗主邸の西の対屋に住んでいるのでとイタチの様子
を監視する意味でも問題もない。


 蒼雪はイタチを婿にすることを反対していた母の、意外な申し出に目を丸くする。

 風雪御前は比較的旧体制の人間だ。

 宗主に逆らうことに異は唱えても、他家のイタチを家に入れることには断固として反対すると考
えていた。




「それでしたら…・」





 有縁もこの案に反対することは出来ないと察したのだろう。

 渋々といった様子だが、頷く。




「おばあ、さま?」




 が不安そうに自らの祖母を伺い見る。




「妾は、才と芸事の深きを尊ぶ。うちはイタチは真、それをお持ちなりて、」




 青白宮と共に風雪御前と正式に面会してから、イタチは風雪御前の芸事に長い間つきあった。

 龍笛、碁、茶道など、教養と言うべきあらゆるものをそつなくこなす風雪御前に心中悪態をつき
ながらも学び、そして一応は形程度にはなった。

 元々何でも覚えは良い方だ。

 碁などはあっという間に風雪御前に勝てるほどになった。




「まぁ、なんて掌の返しよう。」




 その経緯を知らない蒼雪は反対していた母のイタチ擁護に呆れたように、けれどどこか嬉しそう
にそう言って、イタチにしがみつくを安心させるように頭を撫でる。

 はまだ不満そうだったが、涙は止まり、鼻をすする。




「うちはイタチは風雪御前の猶子とし、東宮の婿としての称号を与える。よろしいですか?」




 話を集約する蒼雪の言葉に、それぞれが賛同する。

 蒼雪は満足げに全員の意志を確認して、宣言する。



「では、ここに正式な婚約を宣言し、うちはイタチに東宮と同等の地位を与える者とします。宮号
は…」




 宮号は本来宗主の子供達が与えられる称号だ。

 だがそれは元は宗家からの地位の保証であり、他家からの婿であろうと、宗主となるべく者の伴
侶であれば、宮号が与えられる。

 蒼雪は咄嗟にイタチに与える宮号を思いつかず、口ごもる。




「扇宮(せんぐう)、と。」




 風雪御前が扇で口元を隠したまま言う。




「うちはは団扇と聞き及びし。炎を大きく煽りし、扇。しからば炎に相応し、」

「扇宮?」




 は聞き慣れない響きを反芻する。 




「そうですね。イタチを象徴する良い名でしょうね。」




 斎が優しい口調で賛同して、イタチを見る。

 イタチはどう答えて良いかわからず、集まった人々を順番に見ていく。 


 若い世代の期待と羨望、古い世代の懸念と不安。

 どちらにしても、宗家が、が選んだならばと皆がイタチを認めようと努力してくれている。

 応えるようにつとめるのが、イタチの役目だ。




「相応しくあれるよう、努力いたします。よろしくお願いします。」




 背負って行けるように強くなければならない。


 イタチは深々と全員に頭を下げる。


 殊勝なイタチに同じように宮家の面々も頭を下げる。

 反対していた花鳥宮家は最後まで頭を下げなかったが、がイタチに倣って頭を下げたため、慌
てて頭を垂れる。


 小さな二人の、小さな門出だった。





ふたりの新しいはじまり ( すべてが、始まっていく )