とイタチの婚約が正式に決まったのはがアカデミーに行きはじめた次の年の、三月。寒い日
だった。

 の両親、イタチの両親が一同に会することになった炎一族邸は、わずかな緊張と厳かな雰囲気
に包まれている。


 イタチは久々に見た父・フガクが何を言うか、戦々恐々だった。

 イタチは家出した息子である。

 思想の違いとはいえ、一族を放り出して担当上忍・斎を頼り、炎一族邸に家出した罪悪感はやは
りある。

 それでそのまま炎一族におさまって、あわや東宮の婿となろうとしているわけだから、勝手なこ
とをしている自覚は大いにあった。


 父はどういう行動に出るか。

 怒鳴られても仕方がないとわかっていながらも、なかなか覚悟は決まらなかった。

 フガクの隣では心配そうにイタチの母、ミコトがフガクを伺っている。

 厳しい顔のフガクに対して、炎一族側は穏やかなものだった。


 宗主である蒼雪は淡い微笑を浮かべ、斎のほうは浮かれているのか周りに花が飛びそうなほど機
嫌がいい。

 でイタチに寄り添ってニコニコ笑っている。

 その様子から、イタチは自分が彼らに望まれていることに自信を持つことができたが、明らかに
温度差のある両家の中で自分がどういう顔をしていいのかよくわからなかった。




「本日はお日柄もよく、この日を迎えられたことを、うれしく思いますわ。」




 蒼雪が型どおりながらも心のこもった言葉を口にする。




「私どもとしましては、正式にイタチさんを婿として迎えるのに異存はございません。」




 夫の教え子であり、幼いころから蒼雪もよく知っているし、長らく炎一族邸に居候している。


 暗部のてだれとしてイタチの才能は斎が保証できるし、人格としても問題はない。

 何より、がそれを望んでいる。

 一族同士が曖昧に決めたうちはの嫡男と炎一族東宮との縁談。 

 それを確定し、正式に婚約することが、この顔合わせの目的だった。




「一族会議においても、幸いにもわが母・風雪御前が何ゆえかイタチさんをお気に召したらしく、
まとまりました。」




 蒼雪は扇で柔らかに自らを扇ぎ、微笑む。


 一族会議においてはやはり他家出身のイタチは難しい立場にあったが、それも炎一族内の宮家出
身の蒼雪の母・風雪御前の賛成によって宮家がイタチの婿入りにOKを出し、イタチは認められた。

 もちろん認められた理由にはイタチの実力が大きい。

 暗部の分隊長としてまだ16歳ながら采配を振るう彼の実力が大きく評価されたし、大きく期待さ
れている。


 期待は、イタチにとってなじみのものだ。

 うちは一族にあったときから常に期待されてきたし、それに応えてきた。

 ただ、里での興隆を第一義と考える一族と自分の意志との違いに戸惑い、イタチの立場を利用し
ようとするうちは一族とぶつかり、家出した。


 だが、炎一族は違う。

 彼らにとって重要なのは里ではなく一族の宗主で、彼らさえ無事ならば炎一族は細かいことは問
題にしないことが多い。

 宗主・蒼雪の婿、斎が上層部と懇意だからといって、炎一族が里で高位の地位を求めないように
、イタチにも実力は求めていても、それを利用しようという意図はない。


 イタチの実力はただ有能さを測るために、ただただ求められ、認められる。


 がそばにいるだけでなく、自分を自分の意志以外で何者にも利用されず、素直に自分の実力を
認めてくれる場所。

 イタチにとってはかけがえのない場所で、も、の両親である斎や蒼雪も望んでくれている。




「しかしながら、ご長男ですし、そちらとしてもいろいろ事情がおありだと思います。宮との婚約
をどう思っておられますか?本心をお聞かせいただきたいのです。」




 蒼雪は穏やかにうちはの代表者夫妻に問う。


 長男、本来ならうちは一族を継ぐ立場にあったイタチが、他家の婿に入る。 

 嫡男にはサスケもいるがそれでも気持ちの問題はあるだろう。




「・・・・・わが愚息にはあまりにもったいないお話です。」




 フガクは相変わらず渋い顔で、搾り出すように言う。




「うちは一族は里の名門だといわれても、木の葉とともにできた一族。それに比べて炎は六道仙人
の折からの名門。あまりに家格がつりあわず、受け入れられるものなのか、疑問には思っております。」

「ですが、斎も婿ですわ。」

「斎様も蒼一族の最終血統。我々のように新興の一族としては、あまりにも恐縮すべく立場であると思います。」




 フガクの発言は現在の宗主・蒼と斎、そしてこれから次世代をつむいでいく東宮とイタチの
、同じようで違う立場を理解してのことだった。


 は病弱だったため、東宮でありながら跡取りとしての教育をまったくされてこなかった。

 炎一族の大きな資産の管理、運用、財政、そして一族の人間への采配。

 そういったことをは東宮でありながらまったく学んでこず、また、病弱なために学べる素地も
なかった。


 蒼雪の婿に入った斎はあくまで宗主・蒼雪の補佐であったが、今回は完全にイタチの方が宗主に
近い立場で一族の采配を振るうことになるのは明白だった。

 だからこそ一族会議は他家からの婿入りを渋ったし、イタチには大きな実力と期待が向けられて
いる。

 前に婿入りしている斎とは家格では劣るのに、大きな権限を与えられることになるのだ。




「けれど宮がそれを望んでおります。」




 蒼雪は柔らか微笑んでに目配せをし、まるでフガクを諭すように言う。




「結局のところ、わが一族は宗主と東宮が望めばそれに沿います。宮が望んでいる。そのことが一
番大きいのです。」




 が母の言葉に呼応するようにうなずいてイタチに身を寄せる。

 はイタチを望んでいる。


 そばにいて、これからもそうあってほしいと願っている。

 だから、




「私は親です。相手が優秀でどのような人間か理解しており、娘が望むならば、イタチさんにはが
んばって頂かなければならないため申し訳なくは思いますが、娘に沿うだけです。」





 イタチに重荷を背負わせることには引け目を感じるが、の望みをかなえてやりたい。

 親ばかだと言われるようとも親心だ。

 思いあっているならなお更、家格などという個人とは関係のないもののせいで引き離される結果
になってほしくない。 


 それはかつて蒼雪が斎との結婚を望んだ際に心より思ったことだった。




「・・・・・」




 フガクは渋い顔で腕組みをしてうつむく。

 イタチは父の様子を緊張して見つめていた。


 だが、膝の上に握り締めていた手にぬくもりを感じる。

 視線をおろしてみると、が心配そうにイタチの手にその小さな手を重ねていた。




「わたしは、イタチが、大好き。だから、一緒にいたい。」




 がなれないたどたどしい敬語で、言葉を選びながらフガクをまっすぐ見て言う。

 フガクはを凝視して目を見張った。

 が自分の感情や意見を言うことは、フガクの前では初めてだった。


 自己主張の少ない、弱い少女。 

 武勇に優れる炎一族の東宮でありながら、あまりに病弱で、意思をはっきり示さない。

 それでも、炎一族の東宮だから敬わなければならないと、フガクは思って彼女に敬意を払って
た。

 その弱い少女が、フガクをまっすぐ見上げて、はっきり自分の意見を言う姿に、驚きを覚えた。




「だめ、ですか?」




 丁寧でたどたどしいけれど強い響きを持つ言葉。

 自分の知らない表に見せる強さではない、芯を持つ心。




、」




 イタチが、今まで聞いたことのないような柔らかでやさしい声音で少女の名を呼ぶ。

 自分が必要とされていると確信した、安堵したような微笑。

 自らの息子の今までに見たことのない表情を、フガクはぼんやりと目に映す。


 家にいる時のイタチの空気は、いつも張り詰めていた。

 堅いといえばいいのか、四角いといえばいいのか、少なくとも近寄りがたく、何も言ってくれる
なと彼のまとう雰囲気がそう告げていた。


 何度も思想や意思の違いからぶつかった。

 いつの間にか家で微笑む姿を見なくなり、冷たい態度ばかりが目立った。


 なのに、彼女の前ではこれほどに穏やかな表情をするのだ。




「・・・・役に立たなかったら、放り出してください。」




 フガクの口からこぼれたのは、そんな言葉。




「どこへでも、イタチの好きにしたら良いと、思います。」




 誰よりも期待した、長男。 


 手放すことが彼の幸せだというのなら、仕方がない。

 自分は彼のあれほどに穏やかな表情を、微笑を見ることができなかったのだから。

 ミコトがほっとした顔でうなずき、がイタチを見上げて笑う。




「でしたら正式に、東宮の伴侶として扇宮の名を与え、東宮と同じ地位を炎一族で保持することと
なります。」




 一族会議や公式の場などでもその発言が炎一族の東宮と同じ立場として採用される。

 それは考える以上に重い責任を伴う。




「よろしいですね?イタチさん。」




 蒼雪がもう一度確認するようにイタチにたずねた。


 イタチはじっと父親を見上げ、軽く頭を下げてから、「はい。」とはっきりした返事をする。

 わずかに緊張した空気。




「やったぁ!」




 が感極まったようにイタチの首に抱きつく。


 同年代の人間から見れば小柄なだが、勢いをつけて抱きつけばそれなりに威力がある。

 正座をしていたイタチは思わずしりもちをついて仰向きに倒れたが、はむぎゅっとイタチの首
に抱きついてはなれない。

 フガクはどういう心持なのか、彼女のとっぴでた行動に目が点になっていた。




、一応フガクさんの前だからね。」




 斎が苦笑をして娘をいさめるが、離れようとはしない。

 一族会議でいつも退屈そうに脇息にもたれていた彼女が発言したことを、斎は思い出す。




『イタチじゃないといやっ!イタチじゃないなら結婚しないっ!!!』




 その言葉は、一族会議でイタチを反対するさまざまな人間を一瞬で黙らせた。

 宗主に重きを置く一族において、後継者を作らないと宣言したたった一人の東宮の発言は、一族
の存続を一番に考えるべき一族会議であまりにも大きな言葉だった。


 だが、がそれを知っていたとは思えない。

 虚勢でもなんでもなく、心からの本心だったのだろう。

 だから、が一番、イタチを望み、そしてこうして婚約できたことに安心している。




「イタチ、ずっと一緒。」




 小さくそう呟く彼女の声は、わずかに震えている。

 緊張か、それとも泣いているのか。




「あぁ、ずっと一緒だ。」




 もう誰かに引き離されることはない。

 死が二人を分かつまでともにいられる。

 イタチは安心させるように、そっとの頭を撫で付けた。



 





認められたと言うことは ( もう離れずにすむと言うこと )