朝方の5時過ぎだった。

 は握っていた手のあまりの熱さに目を覚ました。

 3時ごろに眠ったので、まだだるい体を無理やり起こして、イタチの様子をうかがう。



 顔は赤くて、息も荒い。

 いつも自分が熱を出したときのように、イタチの額に自分の額を合わせると、はるかにイタチ

の方が熱かった。


 基本的にたち炎一族の人間は熱に強いし、平熱が高い。

 子供のはそれが顕著でいつも37.5度程度の体温をしている

 その自分よりもはるかに熱いということは、かなり熱が高いはずだ。




「だれかっ!!」




 が悲鳴のような大きな声で叫ぶ。




「姫宮様?」




 対屋に控えていた侍女が2人部屋に入ってきて、イタチの様子を見るとひとりが慌てて青白宮を
呼びに行った。


 イタチの処置を終えてから、寝殿の方で仮眠を取っているはずだ。

 焦った顔の青白宮がしばらくするとやってきて、イタチの熱を測って点滴を変え、注射を二本

打った。

 骨折から来る熱だった。




「意識が戻らないな。」




 昨日の夜中の手術後から、イタチは一度も意識を取り戻していない


 麻酔ももうとっくに切れていて、傷から来る痛みも激しいはずだから、これは異常だった。

 は心配で心配でたまらず、縋るようにイタチの手を握りしめる。

 青白宮は困った顔をして、の頭をなでた。


 は相変わらずイタチの手を握ったまま、ずっとイタチを見ている。

 も昨日は夜中まで起きていたはずだから疲れているだろうが、イタチのそばを離れようとは

しない。

 青白宮は姪の献身に目を細める。




、疲れてない?」

はへいき。いたち、しんどそう。」




 心配そうにイタチを見つめるは泣き出しそうだ。


 いつも、自分が辛い時、イタチは優しくしてくれる。

 苦しい時に頭を撫でて、薬湯を飲ませてくれる。


 なのに、自分は彼に何もしてあげられない。




「すぐに、よくなるよ。だから、いっぱい名前を呼んであげなさい。」




 そうしたら、目覚めるはずだから。


 青白宮はふっと斎の言っていた話を思い出して、に言う。

 きっと、イタチもの元へ帰りたかったはずだから。



 











 昼過ぎに、イタチの両親も任務を終えて屋敷にイタチの見舞いにやってきた。

 イタチの熱は相変わらず下がらず、点滴は続いていた。

 炎一族には手術のための設備もあるし、が病弱故に東の対屋には様々な医療器具が揃ってい
る。

 イタチの両親は病院がいっぱいなことを知っていたから、無理矢理イタチを連れて帰ろうとは

しなかったが、がずっとつきっきりであることには驚いていた。





が、イタチからなかなか離れないんですよ。」




 仮眠を取る時も夜も、イタチから片時も離れずずっと手を握っているに、斎は困ったように
笑う。


 イタチの両親が来ても、は眠るイタチの隣から離れようとはしない。

 斎の顔からは逆に体の弱いへの心配も伺えたが、強制的に引き離しても駄目なことは彼にも
理解できているようで、を労るようにそっと頭を撫でた。





「そうですか。申し訳ない。恩に着ます。」



 フガクが斎に深々と頭を下げる。


 今混み合っている病院では、忍であるイタチの処置は遅かっただろう。

 そのために、命を落としていたかも知れない。

 炎一族の医師の多くが、里に応援に行っている。

 今も戦は続いており、けが人は増え続けている。


 病院に行ったところで、一般人ではなく、命に別状のないイタチが見てもらうには時間がかか
っただろう。

 幸いにも、が体が弱くその処置のために絶対に炎一族内から退くことのない青白宮のおかげ

で、イタチは早くに治療が受けられたのだ。

 骨折や裂傷も多いことから、もしも処置が遅ければ軽い障害が残ることは十分に考えられたは
ずだ。




「すいません。僕がついていながら。」





 斎は目尻のたれた穏やかな瞳をますます下げて、表情を曇らせる。



 一瞬の出来事だった。


 戦線が広がり、斎が先頭に立って敵の侵入を阻み、イタチが横に広がりすぎていた忍達を助け
ようとした時、雷の手練れがイタチを襲った。


 斎は戦列を離れることが出来ず、助けてやれなかった。

 それでも何とか敵を倒し、深手を負って倒れ伏したイタチに斎が駆け寄った時、すでにイタチ
の意識は朦朧としていた。




『イタチっ!!』





 止血しながら、懸命に呼びかける。

 うっすら目を開けたイタチは震える手を伸ばした。


 その先にあったのは、斎の紺色の髪。



 凍えた紫色の唇が呟いた名を、斎は鮮明に覚えている。





『……』




 くしゃりと自分の髪をつなぎ止めるように掴んだ手は、すぐに地に落ちた。

 誰に会いたかったか、

 死の色で濁った瞳が、最後に何を映したのか。




 斎はそっと、縋るようにイタチの手を握っている娘の長い髪を撫でる。


 床に広がる手触りの良い、珍しい紺色の柔らかな髪。


 それは斎とよく似たが、斎から受け継いだもの。

 容姿も男と女だということはあるけれど、やはりそっくりで、童顔だ。

 そっくりな色合いに、イタチは斎にを見たのだ。

 混濁した意識の中では仕方のないことだろう。




「いえ…イタチの実力不足です。」



 フガクは熱のせいで息の荒い息子を見て、苦しい顔でそう言った。




「むしろ、東宮様のご容態の方が心配です。息子を心配してくださるのは嬉しいですが・・」




 は体が弱い。


 イタチの看病での方が体調を崩す可能性の方が高いのだ。

 言い方は悪いが、うちはにはイタチ以外にサスケという嫡男がいる。


 だが、炎一族にはしかおらず、これから後もおそらく子供を得ることは難しいだろう。

 そのことを考えれば、息子が気がかりではあるが、の心配もせずにはいられなかった。




「東宮様、少し、休んだほうが…」




 ミコトがに柔らかく語りかける。

 だがはミコトに振り向こうともせず、じっとイタチの手に頬を寄せていた。

 いつも白いの顔色は、やはり良くない。


 眠るイタチの褥の隣に置かれた円座にくるりと丸まって、はうっすらと目を開けている。

 眠たそうにも見えたが、閉じる気配はない。

 感情がいつも以上に高ぶっているせいだろう。




?」





 斎も優しく呼びかけるが、反応を返そうとはしない。





、疲れたの?」




 もう一度声をかけると、僅かに首を振った。

 目の下に出来ているクマからどう見ても疲れているのはわかるけれど、首を振る娘の強情さに
、斎は苦笑する。




「いたち、おきない。」




 はぽつりと呟く。




「うん。少し疲れたんだよ。きっとすぐに起きてくれるよ。」




 斎は慰めるようにそう言ったが、そうだろうかと自問する。


 麻酔の効き目が切れたのは昨日の夜中過ぎ。今は昼過ぎだ。

 誰の心にも危ないかも知れないという懸念はあった。

 そんな大人の悲観的な見方を感じてか、はうっすらと開けた瞳に涙を溜める。




「かいあわせ、するって、いったの。」




 昨日の朝、イタチはに昼過ぎには帰れるから、ともに貝合わせをしようと約束していた。


 先日蒼雪が買い与えた大きな蛤の貝あわせは観賞用に近い高価な品だったがはよくわかって
おらず、日常的な遊び道具として使っている。

 遊び方がよくわからなかっただが、イタチに遊びを教わって、元来記憶力が良いのも手伝っ
てか、最近はイタチとも良い勝負をするようになっていた。





「うん。知っているよ。」





 朝のやりとりを見ていた斎はの頭をそっと撫でる。


 はくしゃりと表情を歪めて泣いた。

 すすり泣く娘を慰めながら、斎は荒い息を吐くイタチを見つめる。

 君が意識を失うまで会いたかった人が、隣で泣いているよ。



 心の中で小さく呟いて、斎はを抱きあげた。





( ふたつあわせたもの )