イタチの弟のサスケが見舞いにやってきたのは、両親のすぐ後だった。
「だいじょうぶか?」
サスケがそう尋ねたのは当然ながら眠っているイタチではない。
イタチの熱は37度過ぎに下がっていたが、目覚める気配がない。
荒かった息も落ち着いていて、ただ眠っているだけのようだった。
だから、サスケが尋ねた相手はだった。
「へい、き。」
掠れた声でそう答えたは、相変わらずイタチの手を握ったままうずくまっていたが、顔色が明らかに悪かった。
イタチの顔は熱のせいか赤かったが血の気がある。
対しての方はいつも白い頬が、本当に紙のように真っ白で、病的だった。
いつも大きな瞳はうっすらとしか開かれておらず、けだるそうにたまに体勢を変える。
元々は体が弱い。
精神的負荷と睡眠不足はの体力を無遠慮に奪っていく。
の方が数日で倒れるだろう。
そのことは幼いサスケでも知る周知の事実で、サスケは焦った。
「なぁ、ねたほうがいいよ。おれがにいさんをみとくから。」
の傍に膝をついて言うが、はろくに返事をしようともしない。
する気力もないと言った感じだ。
サスケの両親の話では、昨日は早朝からイタチと斎の帰還を待って門の前で待ち続け、帰ってこればイタチの怪我の処置が終わるのを夜通し待ち、処置が終わって僅かに眠ればイタチの熱に気付いて朝方には起きたと言う。
はチャクラの安定のために大量の睡眠と精神的な安定を必要とする。
サスケには詳しいことは知らされていなかったが、の顔色が悪いのは見たらすぐにわかり、サスケは心配になった。
侍女達も頻繁に見に来てを心配しているようだが、の両親である斎も、蒼雪も他国との戦の危険性の話し合いのためおらず、彼女の叔父の青白宮も薬を取りに行くために一度自分の屋敷に戻ってしまった今、に意見できる人間はいない。
とサスケが会うのは一年で一度もなく、サスケは両親からもは炎一族の東宮であり敬えと言われている。
サスケとて、に何かを強制するのは気が引けた。
――――――――わかった。遊ぶから寝台に戻れ。
と初めて会った時、兄のイタチが風邪を引いているにはっきりとそう言ったのを思い出す。
イタチはの扱いを心得ているのか、的確にうまく扱う。
――――――――はイタチに懐いているからね。
困ったように斎がそう笑っていたのを思い出す。
斎はイタチの担当上忍だが、頻繁にうちは一族に来るのでサスケにもなじみの存在だ。
彼曰く、は酷い人見知りで、なかなか人に懐かないのだという。
そのが一目で気に入ったイタチは珍しいらしい。
兄が体の弱いを酷くかわいがっていたのは聞いていたが、の様子を見てこれほどかと感心したものだ。
うちはの嫡男のどちらかがと結婚するという話は、元もとあった。
サスケはまだ幼いが、その意味を何となくだが、理解している。
要するにイタチとサスケのどちらかが、両親のようになるわけだ。
それが嫌だとか良いとか思うにはサスケは幼すぎたが、あまり女の子と遊んだことのないサスケにとって、といるとそわそわするから、苦手だった。
「なぁ、。にいさんもしんぱいするし…」
サスケはの肩に手を伸ばして揺する。
するとは疎ましそうにサスケに目を向けた。
「くどい、」
その言葉はの母の蒼雪がうるさい老人どもに使う言葉だった。
サスケは言葉の意味がわからず首を傾げる。
は朝から斎や青白宮や、うちは夫妻やらに同じことを言われて癖癖していたし、苛立ちも覚えていた。
イタチが目覚めるまでは、はここにいるつもりだ。
心配でどうせ眠れないし、ならばイタチの傍にいたい。
は元々意志のはっきりしないきらいがある。
一人っ子で争うこともないから、全然自己主張もないし、全てを与えられて育ってきた。
自分の意見を押し通さなくても必要な物が与えられ、自分の意に沿わないことはさせられないのだ。
だから主張をすることも意見を固持することも少ないのだが、一度こうと決めたら譲らない頑固な面もあった。
そう言う時、大抵侍女や両親はの言うことを聞く。
ましてが感情を高ぶらせれば、チャクラを溢れさせてその白炎を出すかも知れない。
両親は平気だが、侍女達は無事では済まない。
結局どうせ言っても聞かないからと諦めるのだ、
だが、サスケはそんなことなど知らないから、平気での着物を引っ張る。
の見たこともない能力など、知ったことではない。
「ねなくちゃだめだよ。」
「いや、どうせ、ねむれないもん。」
がふるふると首を振る。
「だめ!にいさんもがかぜひくとしんぱいでしょ。」
サスケはまだなお言い募る。
「いやっ!」
は叫んでサスケの手を振り払い、イタチの手を握ってまた円座の上で丸まる。
意地でもここから動く気はないらしい。
サスケは腰に手を当てて、仁王立ちする。
「、わがままだ。」
「いや。いたちといるの。」
はてこでも譲らない。
イタチがいなくなってしまうことが、自分が離れた時にどこかへ行ってしまうことが一番怖い。
帰ってこないイタチを待ち続けた恐怖の残るは、その恐怖の深さ故にイタチの側を離れることが出来ない。
彼が目覚めるまでは、イタチがいなくなるかも知れないという恐怖を克服できないのだ。
「そんなあおいかおしてたら、にいさんびっくりする。」
は拒んだけれど、サスケははっきりとを諫める。
侍女達が甲高い声で喧嘩をする子供二人に驚いたように、部屋に入ってくる。
サスケの両親であるフガクとミコトは、幼いとはいえ、を炎一族の東宮として敬っている。
なんだかんだ言っても、古い歴史を持つ炎一族と、里と共に出来た新興の一族であるうちはではどちらの力が上かわかっているからだ。
後で両親に告げ口されたら怒られるだろうことがサスケにはわかっていたけれど、感情的になれば幼いが故にそこに思い至っても感情が止まらないし、実質的なすごさなどわからないから遠慮などなかった。
「にいさん、おきてがかぜひいてたら、かなしむよっ、」
侍女達が言えなかったことを、サスケは言う。
が風邪を引いた時、体調を崩した時、狼狽するのはイタチだった。
悲しそうな顔をしていつも傍にいるイタチを、だって知らない訳じゃない。
だから、イタチが目覚めた時が青い顔をしていたら悲しい顔をするくらい、だってわかっている。
本当はきちんと寝て、笑ってイタチを迎えた方が良いことはわかっている。
でも、とはぎゅっとイタチの手を強く握る。
「うるさいっ!!」
一際大きな声で、はサスケに悲鳴のような声音で叫ぶ。
侍女達は初めて他人に対して声を荒げたに目を丸くして、彼女の憤慨を呆然と見つめた。
は目を涙でいっぱいにして、サスケを睨み付け、それからくしゃりと表情を歪めた。
「だって、おててはなしたら、つめたくなっちゃう…・」
死んだ人の、温もりのない手、
はそれを知っている
一族の人が亡くなった時の追悼の儀でたまに触れる死者の手は、あまりにも冷たい。
自分が温めていないと、イタチの手もそうなってしまう。
体の弱いにとって死はあまりに簡単に手の届く場所にあって、自分なら覚悟はあるけれど、それは自身ではなく、以外の人々を奪っていく。
死を怖いと思う感情はなくても、他人が儚く消えてしまうのを怖いと感じる感情を、は強く持っている。
「だかっ、ら、」
ここに、いなくちゃ、
そう言おうとした声が、嗄れる。
変な空気がの唇から漏れて、次に小さな咳が零れる。
咳が溢れるようにこみ上げ、止まらなくなる。
「っ!!」
サスケが駆け寄り背中を撫でるが、うずくまるの咳が止まる気配はない。
激しくなる咳に邪魔されて、は徐々に空気を吸い込めなくなって、息が荒くなる。
侍女が口元を押さえて、慌てて青白宮を呼びに走り出す。
「っ、」
サスケはどうしようもなく、泣きそうになった。
うずくまるはあまりに苦しそうで、でも自分に出来ることは一つもない。
イタチの手を握りしめたは、ぽたりと涙をこぼす。
苦しいとか、弱音を吐こうとはしない。
その姿は、どこかイタチとも似ていた。
苦しいことは誰にも言わない頑なな態度。
「にい、さん…。」
サスケの方が、泣き出しそうになった。
どうすればいい、をどうやったら助けてやれる。
サスケが呆然とした時、すっと大きな手がサスケの視界を横切った。
顔を上げると、苦しげなの頭を撫でる手がある。
「サスケ、隣、の部屋、黒塗りの、棚にある、水薬、もってこい。」
少し掠れた低い声が、サスケに静かに告げる。
サスケは弾かれるように立ち上がり、ばたばたと隣の部屋に駆けていく。
は苦しいながら、僅かに声の方に目を向ける。
「サスケもおまえも、全く…」
呆れた、痛みを堪えた声は、いつもと違って掠れていたけれど、は目を細めた。
「いたち、」
「あぁ、。」
名前を優しく呼ばれる。
二日ぶりの愛しい人の声に聞き入って、は目を閉じた。
朝
( いのちのはじまり めざめと )