斎と蒼雪は朝から上層部と共に今後の戦闘の継続と作戦について話し合っていた。
話し合いは昼過ぎまで続き、夕刻に家に戻った二人はイタチが目を覚まし、かわりにが倒れた
のを聞いた。
「やっぱりー、こうなる気がしたんだよね。」
もう諦め半分の斎は、褥の上にぐったり横たわるを見つめる。
強情な娘は結局、イタチの傍に居続けたのだ。
一体この強情さは誰に似たのだろう。
「あらまぁ、仕方のない子ですこと。」
蒼雪がイタチの手を握ったまま眠る娘に、口元を隠して嘆息する。
その姿に、斎は遠い昔を思い出した。
まだ蒼雪が幼い頃、彼女は斎が熱を出した時に傍にいたがった。
当時の流行病で、伝染するかも知れないと周りが止めたというのに、平気な顔をして傍にいた彼女を思い出す。
確か斎の両親が亡くなってすぐの頃だ。
斎はぼんやりとあまり顔立ちの似ていない母娘を見ながら、あぁは蒼雪に似たのかも知れないと思った。
「まぁ、は倒れちゃったけど、イタチが目を覚ましたから、結果オーライかな。」
「すいません。」
イタチは項垂れて斎に頭を下げる。
イタチにしてみれば自分の怪我よりもの体調の方が気になるのだろう。
痛みに堪えながらももう身を起こせるようになったイタチと違い、が床から起き上がるのには時間がかかる。
「サスケは帰らなくても良いの?」
イタチの傍に控えるサスケに、斎は尋ねる。
「えっと…」
「もう夜も遅いから泊まるって伝書鳩をだそうか?」
「あ、おねがいします。」
サスケは躊躇ったようだが丁寧な口調で斎に頼む。
申し訳なさそうな顔をしているサスケは、少なからずが倒れたことについて、自分に責任を感じているのだろう。
大人とのふれあいも多いうちはに育ったサスケは年の割に聡く、しっかりしている。
だからこそにも強く常識を求めたのだろう。
実際にイタチはが体調を崩せば悲しい顔をする。
目覚めた時に兄の心労を増やしたくなかったようだが、枕元で二人で騒いだことが、良い目覚まし時計になったようだ。
「うーん。イタチくんやっぱり若いなぁ。」
イタチの怪我の具合を確かめていた青白宮は、がさがさと包帯をしまいながら言う。
「俺はもう必要ないな。ひとまずあんまりに辛かったら痛み止めを飲んで、少なくとも2週間は安静にしておいて。」
「ありがとうございます。」
イタチは頷いて、自分の傷を改めて確認する。
結構酷い。
右手の腕の骨は折れているし、足にも酷い裂傷がある。
腹にも深い傷があってずきずき痛むが、痛み止めを飲めば治りが遅くなるので、寝る時以外は呑まないことにした。
「じゃあ俺はこれで失礼するよ。」
青白宮は少し疲れた顔で自分の肩を叩いて荷物を担ぐ。
彼もここ数日イタチの容態に気を配り、やっとイタチが目覚めたと思ったら次は。
自分の屋敷になかなか帰れず、疲れているのだろう。
いろいろなところに迷惑をかけてしまった。
彼の背中を見送りながらイタチは小さなため息をつき、を見下ろす。
イタチの左手を握ったままのの顔色は悪く、めくられた腕に刺さる点滴が痛々しい。
いつまでたっても帰らないイタチに、そして怪我をして目覚めないイタチに、どれ程その胸を痛めただろう。
イタチはの心労を考えると、胸が焼けるようだった。
青白宮と、見送りに斎、蒼雪が部屋から出て行くと、部屋の中には子供だけになる。
「にいさん、けがは?」
サスケは心配そうな顔でイタチを伺う。
傷は深いし痛みもあるが、元々痛みにはかなり強い方だ。
「まぁ、しばらく安静だろう。最近忙しかったから、うちはから少し離れて、斎先生の家でのんびりできるのは、良いのかも知れない。」
下忍としての仕事にも慣れてきて、うちは一族からかけられる期待も大きくなってきた。
火影候補の斎の弟子として、上層部からも目をかけられている。
そう言った物に高い自覚を持つイタチは、気にするなと言う斎の言葉に反して彼らの目を明確に意識していた。
それからしばらく離れられるのは、良いことかも知れない。
怪我をして、ブランクとしてまた体術などは訓練し直さなければならないが、チャクラのコントロールや術は怪我をいていても出来ることなので、そこを怠らなければ早く戦線に復帰できるだろう。
「なんか、にいさん。うれしそうだね。」
「ここにいたら、大抵のことは斎先生がどうにかしてくれるからな。」
イタチは痛みに顔をしかめながら、布団に横たわる。
うちはにいても、おそらく父は自分を守ってくれない。
子供としてではなく、彼は大人としての対応を求めるから、どうせ任務の報告書や怪我の申請などもイタチにやれと言うだろう。
だが、おそらく斎はそういったことをすべて引き受けてくれる。
日頃はちっとも動かないしサボり癖もあり、報告書など全く書かない斎だが、部下が怪我をしたり、不慮の事態に陥った時の行動は速い。
更に斎は日頃の行動がどうなっているのか、本当は何か意図があるのではないかと不思議になるくらい、馬鹿みたいに優秀だ。
穏やかな性格のくせに、馬鹿みたいに頭の回転が速いから、多少誰かから攻め込まれても他人が思いもしないような場所をついたりする。
イタチ一人の休暇やら報告書やら処理くらい、彼にかかればそれほど重荷ではないはずだ。
むしろ、と、イタチは隣に眠る少女に目を向けた。
「…なぁ、にいさん。、だいじょぶ?」
サスケが目を伏せたままイタチに尋ねる。
青白いの顔、
熱があるわけではないから、おそらくチャクラのコントロールが寝不足と情緒不安定で乱れただけだろう。
しばらく眠れば、また小康状態を取り戻すはずだ。
「大丈夫さ。おそらく疲れただけだろう。」
「…・そう、」
「どうした?」
暗いサスケの顔に、イタチは訝しむ。
一体どうしてそんなに暗い顔をしているのか。
が倒れたのは初めて見ることだし衝撃的だったろうが、サスケが気に病む問題ではない。
「あのさ、おれ、とけんかしちゃったんだ。にいさんが、しんぱいするから、ねろって。」
サスケは喧嘩がの倒れた原因だったのではないかと申し訳なく思っているのだ。
イタチはしょんぼりと項垂れる弟の頭をそっと撫でる。
まだ、手を伸ばすと痛みが走るけれど、それくらいは出来る。
「はなかなか強情だからな。」
サスケは手を焼いたことだろう。
日頃何も言わないし、ろくに意思表示をしないだが、そのせいか、彼女は一度言い出すとなかなか聞かない。
変なところで頑固になるのだ。は。
例えサスケの言うことに正しい部分があっても、はなりの理由があって我を通そうとする。
ただ、は自分の思っていることを口に出すのが下手だった。
語彙力が足りないのも、そしてうまく主張できないという性格もあってか、自分の気持ちをうまく伝えることができない。
それはやはりが一人っ子で、あまり喧嘩もせず、一種くせ者の両親―――言えないところを察してくれる勘の良い蒼雪と、が言うまで根気強く待ってくれる斎に育てられたせいだろう。
うまく自己主張が出来れば、サスケにだって理解できただろうが、には荷が重く、サスケも察するには子供だったと言うことだ。
「おまえが気に病む問題じゃないさ。はいつでも体調が悪い。」
イタチは弟にばれないように小さく息を吐く。
体調を崩す原因は、チャクラが大きすぎるというの生まれもった疾患だ。
忍にとってチャクラが大きいというのは先天性の才能を示す。
しかし、何でもそうだが、大きすぎるというのは具合が悪い。
は生まれもって躯に相応しくない量のチャクラをもって生まれてきた。
そのため、躯がチャクラの重みに耐えられないのだ。
チャクラは年齢と共に成長する。
大きすぎるチャクラはの躯を圧迫し、内臓の機能をはじめ、成長すら阻害する。
遠くない未来、チャクラはの躯を完全に潰してしまうだろう。
それはの死を意味する。
青白い顔で隣の褥に横たわるにそっと触れる。
柔らかな頬は確かな温もりをもっていた。
いつか失われるなんて、信じられない。
「何か、方法が、あるはずだ。」
忍術はチャクラを操り、時にチャクラを押さえる。
をすくう方法が、どこかに。
「にいさん?」
サスケが俯いていたイタチを不安そうにのぞき込む。
「いたいなら、また斎さんをよぶよ。」
「いや、大丈夫だ。」
イタチは弟を安心させるように微笑む。
「イタチ−、ご飯食べれそう?」
庇の方から足音が聞こえて、御簾の向こうから声が聞こえる。
御簾に入ってこようとしているが、何かを両手で持ってきていて、入れないようだ。
サスケは立ち上がってわざわざ御簾をたくし上げる。
サスケの背なのでうまく上げることは出来なかったが、しゃがんで入ってきた斎が手に持っていたのは大きな土鍋だった。
「おじやだよー。」
斎は鍋敷きが見つからず、近くにあった円座を足で引っ張ってきてその上に土鍋を置く。
まだ熱そうな土鍋は、ふたの小さな穴から湯気を噴き出させていた。
ふたを開くと、ふわりと湯気が立ち、だしの良いにおいがする。
「すっげー。」
サスケが歓声を上げる。
おじやには貝と魚の白身が入っていて、美味しそうに脂が浮いていた。
卵は半生で、ふかふかとしている。
時間としてはもう7時を過ぎているから、お腹はすいている。
イタチも点滴は受けていたとはいえ、もう一日以上食事を取っていない。
食欲をそそられるのは当然だった。
「美味しそうですね。」
イタチはぽつりと呟く。
すると、斎は自慢げに何度も頷いた。
「そうなんだ。僕が作ったんだよ。」
「え、先生が?」
一瞬イタチが嫌そうな顔をする。
「大丈夫だよ。僕一人暮らし長かったしさ。」
「あ、そうでしたね。」
日頃鈍くさい斎を見ているので危惧していたが、杞憂だ。
斎は両親が亡くなった13の頃から蒼一族の屋敷で一人暮らしをしていた。
当時は炎一族の東宮だった蒼雪が屋敷に半ば家出する形で嫁に入り、が生まれた当初はそこに三人で住んでいたという。
その後、炎一族の先代宗主が亡くなるに伴い、今の炎一族邸に移ったらしい。
蒼一族は莫大な財産をもっているが斎も当時はやさぐれていたらしく侍女を雇う気もなく、蒼雪
は典型的なお嬢様で何も出来ないから、結局斎が自分で全ての家事をしていたそうだ。
そのことをイタチは怪我のせいか、すっかり忘れていた。
「はお休みだね。」
斎は娘の様子を確認してから、お椀におじやをよそっていく。
「サスケもごめんねー。もっと良いご飯を出せれば良かったんだけど、侍女達もかなり出払ってて
さ。」
「いえ、」
サスケははにかんだように頬を染めてぺこりと礼儀正しく頭を下げ、首を振る。
斎のように朗らかなタイプに慣れないようだ。
イタチは斎の言葉が気になって、眉を寄せる。
「先生、出払ってるって、里は…」
「その話は、君がご飯を食べて、薬を飲んでからね。」
斎は困ったような顔で目を伏せる。
その顔をサスケが不安そうに見上げていた。
覚
( おきること 目覚める )