幼い頃から、さも当たり前のように命を奪ってきた。

 それに対して罪悪感を抱いたことも、疑ったこともない。

 ただ目の前にいる邪魔な敵を排除してきた。



 未来が見えるのは、普通だった。

 それを伝えることに、未来が変わらないことを不思議に思ったこともない。

 ただ当たり前のように未来を話してきた。



 何も考えていなかった。

 自分が誰かを殺すことに意味があるのか。

 自分の話す未来が誰かを歪めることになるのか。


 何も考えずにただ殺し、ただ話してきた。


 そうやって十数年、殺しながら、無為な言葉を重ねてきた。

 償いようのない程の途方もない罪を、なんの信念も理想もなく、命じられるがままに斎は重ねて
きた。

 それに気付いて、動けなくなった。


 今まで考えてこなかったのが、逆に不思議だ。 

 あまりに、目の前のことしか見ていなかったせいだろう。

 天才と謳われ、必要とされていたから、良い気になっていたのかも知れない。


 ありがとうと笑って死んだ班員の女はきっと、弟を守りたくて今まで戦ってきたんだろう。

 信念があって、理想があって、その女に斎は死の予言だけを与えた。

 予め決められた運命に、彼女は何を思って逝っただろう。


 ただ決まった未来を戯れに話した斎に、礼を言った。

 斎よりも遙かに志し高い彼女は、こんな決まった予言を何の気もなく口走るだけの斎よりも、遙
かに価値のある人間ではなかったか。

 考えれば考えるほど、斎は動けなくなる。


 死は怖い。


 自殺できるほどの勇気は斎にはなく、このまま迷ったまま任務に出れば、確実に死ぬことも理解
できているから、任務に出たくない。

 臆病者という言葉は、まさに斎のためにある。


 振り返ればそこには罪ばかり重ねてきた自分がいる。

 前を見れば殺すことも出来ず、死ぬ自分がいる。

 そして、ここに今、信念もなく、殺してきた命の重みにも耐えられず、動けない自分がいる。


 結局どこにいようと苦しいというのに、斎は自殺する勇気すらもないのだから、我ながらしぶと
い。




「末期だな。」




 猿飛が帰った後、斎はソファーに寝転がって呟いた。

 任務に出ないのも、やる気が出ないのも、自分の感情の行き詰まりだ。

 わかっていても、どうしようもない。




「あら、起きていましたの?」




 毛布を奥の部屋から持ってきた雪が、目を丸くして斎に言う。




「毛布、いります?」

「良いよ。」




 斎はソファーから体を起こす。


 昨日猿飛が帰ってからも、雪は黙っていた。

 そう言えば男にたかられた時も、彼女は憤慨していたけれど、一言も帰ってからその話をしよう
とはしなかった。

 気にしてくれているのかも知れない。


 雪はなかなか豪快だが、繊細なところがある。

 優しい幼馴染み、とまではいかなくても、心遣いは出来る。

 もう雪が来てから一週間たつ。

 楽しかったけれど、言わなくてはいけないことがある。




「雪、いい加減に家に帰りなよ。」




 ソファーの背もたれに手をついて、斎は雪の方に向き直る。


 彼女の気まぐれにつきあってやるのも、もうそろそろ終わりだ。

 彼女も珍しい物が見れて、気も紛れただろう。

 向かい側のソファーに座って、雪はマグカップを持ったまま小首を傾げた。




「嫌ですわ。何度も言いますけど…」

「非生産的なことはするべきじゃない。」




 彼女の言葉を遮って、斎ははっきりと言う。

 雪は一瞬きょとんとした顔をしたが、目をつり上げる。





「何が、非生産的ですの?」

「君が今こうして僕に言っていることのすべてがだよ。無意味だ。」




 冷たく言う。

 夕刻のせいか、蝉ももう鳴いてはいない。

 人の喧噪も遠く、ひたすら沈黙が落ちる。




「仮に、君が僕を本当に愛してくれていたとしても、僕が君に与えて上げられる物はないよ。」

「私は、別に貴方から何かを望んでいるのでは、ありませんわ。」




 雪はマグカップを置いて、言う。

 細い指が、震えているのが見えた。


 恋心としては、斎を望んでいるのだろう。

 だが、現実的には違う。

 斎は彼女が現実的な問題として必要としているものを知っていた。




「否、君に必要なものだよ。」




 一族が、雪にどうして早く結婚して欲しいと願っているか。

 彼女がどういう立場に置かれているか、斎の方が正しく理解している。


 雪は、斎の心が手に入ればそれでうまくいくと思っている。

 普通なら、その通りだ。

 炎一族はおそらく、跡取りである雪が強硬な姿勢に出れば、相手がどんな人間であれ、婿として
頷くだろう。

 ただ一つの条件さえ、クリアすれば。


 その条件を、斎はクリア出来ない。




「僕は、子供を残すことが出来ないらしいよ。」





 斎はからりと笑って、努めて明るくその事実を告げた。


 雪の手から、マグカップが滑り落ちる。

 中の液体が机に零れて、がたんと音が鳴る。




「え?」




 雪の桜色の唇から漏れるのは、あまりにも呆然とした言葉。

 彼女がどれ程望もうと、願おうと、斎は何も彼女に与えてやれない。


 彼女の一族が渇望する物を、斎は与えてやれない。

 唯一の条件すら、斎は持ち合わせていないのだから、




「僕がどれ程歩もうと、人の命を奪っても、僕自身は未来は残せない。」





 度重なる蒼一族が繰り返した近親婚。

 斎の両親ですら兄弟であるという事実。

 そして、蒼一族が斎一人になった最大の原因は、近親婚を重ねた上での遺伝子異常による幼児死
亡率の高さと、出生率の低下。


 調べたらあっさりわかるだろう事実を持つ斎を、炎一族の者達は認めない。




「実際的な話として、医者に言われたし。精子欠乏症とかいう奴らしいよ。」




 斎は仕方ないなぁという顔で笑って見せる。

 小さな懸念にはっきりとした答えを出したのは、数週間前だ。


 可能性としては元々知っていた。

 自分が未来に通じる命なのか、


 はっきりとした答えは、斎に絶望を与えるに十分だった。

 汚く生き延びても、人を殺しても、斎の命は未来に続く物では無い。


 蒼一族も、斎も、ここで終わる。




「何で、斎は、笑ってるんです。…・貴方は…。」




 雪はろくな言葉が思い浮かばず、首を振る。

 男達に罵られた時も、猿飛に叱られた時も、斎の表情は酷く穏やかで、軽い。


 背負う物は誰よりも重いというのに、軽い表情で笑っている。




「だって、泣いたところで、何も変わらないだろう?」




 恋も生も死も、

 すべてを諦めることはできない。


 だが、もがく力ももうない。


 生きても未来を得られない生。

 だからといって死を選ぶ勇気もない。

 後は笑って、死に至るだけだ。


 泣いても、ここにある事実は変わらない。

 泣き喚くほど斎はもう子供ではないし、感情的にもなれない。

 無表情で生きても、哀しそうな顔をしても事実は変わらないなら、最期までこの無意味な笑って
やろうと思う。

 何よりも、滑稽だ。


 おかしくて、たまらない。

 人殺しに優れた斎は、未来を残せない。

 奪うことは出来るのに、作り出すことは出来ないのだから。








それをこいとはよばせない
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