少し考えます。



 雪はそう言って、昨日から斎の家の中の一室に閉じこもったまま、出てこなくなった。

 諦めちゃえば良いのに。


 斎は思うが、諦めきれないのが恋だ。

 その気持ちはわからないでもないから、斎はしばらく雪を放っておくことにした。

 いろいろ考えて、話して疲れたから、斎も今は何も考えたくない。


 久々に相手もいないので、テレビをつけてゲームに勤しむ。

 この間クリアしたゲームだが、また最初から始めれば数時間は楽しめる。

 数時間は考える必要がないから、斎はゲームに熱中することにした。




「はっろー。」




 しばらくして5ステージをクリアしたくらいに、突然ミナトがやってきた。

 明るい金髪がひこひこ揺れている。

 自来也の弟子だった頃いくつも年上で、よく斎に構ってくれたミナトは、今は4代目の火影だ。

 
 年齢としてはかなり若い火影だが、人望は厚く、幼い頃から斎と同じく神童と言われていた。

 同じ神童と言われた斎とは違い、彼は志し高く、常に火影を目指して、人々を守るために日々邁
進していたのを、不思議に思いながら見ていた記憶がある。


 彼もまた価値ある人間だ。

 斎よりかは。




「ちゃんとご飯食べてるかなって見に来たんだ。」




 笑う彼の手には、大きなビニール袋が握られていた。

 中にはたくさんの食材が入っている。




「どうしたの。これ。」

「引きこもりしてるって聞いたから、食料を持ってきたんだ。」




 猿飛から話は聞いているらしい。

 任務をサボっているのを猿飛から聞いて、怒りに来たのかと思ったが、ミナトはさぼりの話をし
に来た訳ではないらしい。




「冷蔵庫整理しろよ―。」




 勝手にビニール袋の中身を冷蔵庫に入れながら、悪態をついている。

 斎は比較的今風少年で、小さなところを考えないのでおおらかだが、彼はいろいろ細かいところ
があるのに他人にはそれを求めない。

 そう言う意味でおおらかだった。 


 自分は自分の信念、相手は相手の信念。

 生き方のはっきりしているミナトは、斎にも自分の信念を押しつけなかったし、頭空っぽで人殺
しをしている斎にあえて考えろとも言わなかった。

 優しいのか、冷たいのか、厳しいのか。


 はかりかねるところが、ミナトだ。

 だが、あまり細かいところを押しつけてこない先輩なので、斎はミナトが好きだったし、数少な
い親友の一人でもあった。




「任務が忙しくてな。俺もなかなか来れなかったんだが心配で。」




 ミナトは冷蔵庫にいらない食べ物を詰め終わって、今度は野菜を台所の机に並べていく。

 一応任務に来ない斎を心配してくれていたらしい。


 台所に並べられた野菜に斎は目を向ける。

 白ネギ、白菜、エノキ、シメジに、鶏肉。


 これは何を作るつもりなのだろう。




「何これ。」

「鍋、しようと思ってな。」

「鍋・・。」




 斎は改めて並べられた野菜を確認する。

 魚やあんこうの肝もあり、最後はおじやにするつもりか、米まで買ってきている。

 この夏場に鍋かと微妙な顔をすると、ミナトがからりと屈託なく笑った。




「うん。良いだろ?」

「良いけど…鍋、あるかな。」




 斎はあまり深くない、取りやすそうな鍋を自分の台所の下の食器置き場から探す。

 昔家族で使った埃まみれの鍋があって、斎はそれを流し台に出して洗う。

 なんとか洗えば使えそうだ。




「ミナト、夕飯、帰らなくて良いの?」

「うん?」

「クシナ、怒らないの?」




 ミナトは恋人がいる。

 クシナと言う、元々は他国の忍で、小さい頃から結構暴れん坊で怖いお姉さんだった。

 人を見事にいらつかせるいたずらをする斎は幼い頃彼女に殴られたことがあり、その恨みから今でも彼女が苦手だった。


 ミナトが帰らなくて、勢いのままこの家に怒鳴り込みに来られても困る。




「いや、斎を何で見に行かないんだと怒られたよ。」




 ミナトは斎の懸念に手を振って、苦笑する。

 どうやら斎がさぼっているという話は、クシナにも伝わっているらしい。


 斎は里の手練れで天才と謳われ、実力もある。

 そんな斎がさぼりと言えば、やはり情報が広がるのも早い。

 だが、ミナトは責めようとはせず、仕方ないなぁとでも言うように笑った。




「おまえ、案外引っ込み思案だからな。俺が見に来ないとまた、ずぼらするだろう?」

「そうかな?」

「昔からそうだろ。演習とかでも酷かったじゃないか。ぐしゃぐしゃに服を袋に突っ込むし。」

「まぁ、別に困らないし。」





 ともに自来也の教え子であるから、一緒の任務に就いたり、演習をしたりすることは多かった。

 斎は適当な子供で、その上面倒くさがりなので、荷物の中に服を畳んで入れるとか、汚れ物は袋
に入れるとか、そういう普通のことをしなかった。

 年齢が他の班員より下だったので要領が悪かったというのもあるが、斎の荷物は量の割に誰より
も大きかった。
 ぐちゃぐちゃに突っ込むからだ。


 ミナトがよく勝手に整理しなおしてくれていた。


 斎は深いこだわりがないから、自分の荷物を他人に整理されることに抵抗はない。

 ミナトはそれもわかっていて、斎に言うよりも自分がやった方が良いことをわかっていたのだろ
う。




「またゲームばっかりやってるのか?」




 ミナトは台所で米を洗いながら、ソファーの上に転がっているコントローラーに目を向ける。




「うん。数日で全部クリアしちゃった。」

「面白いか?」

「いんや。時間つぶし。」




 どうせすぐクリアするのだ。

 ゲームが面白いわけではない。

 ただ、頭を使っていろいろなことを考えなくても良いだけだ。




「昔は水にゲーム落とされて泣いてたのにな。」

「いつの話さ。」




 ミナトの言葉に斎は肩をすくめる。

 水にゲームを落として泣いたのは、自来也の弟子になって数週間の頃だったか。

 修行もせずにゲームばかりしている斎に切れた自来也が川にゲームを放り投げたのだ。

 大泣きしてふてくされた斎に最初は自来也も知らんぷりを通していたが、三日目に斎が自来也の
荷物を、本も含めてすべて放り投げるという逆襲に出たため、自来也が謝罪する羽目になった。

 今となっては良い酒の肴だが、自来也は苦労したと涙しそうだ。


「ミナト、最近自来也先生にあった?」

「うん。斎には会いたくないって言ってたよ。」




 ミナトは包み隠さずけろりと笑った。

 斎は別に自来也のことがきらいではないが、自来也の方が斎に苦手意識があるらしい。

 それだけ型破りの弟子だったと言うことだろう。 




「あれ?雪は?」




 ふと、ミナトは顔を上げて思い出したように言う。


 自来也の弟子だった頃、雪は自来也と同じ三忍のひとりの綱手の弟子だった。

 そのため、ミナトも雪のことをよく知っている。


 雪のことも猿飛から聞いているのだ。




「奥の部屋で閉じこもり。昨日喧嘩したから。」




 喧嘩と言うほどのことでもないが、斎はそう説明した。




「そうか。ほどほどにしろよ。女遊びも。」




 ミナトは何故かそう諫める。

 斎は女遊びも酷い。


 適当な恋愛が楽しくて、結構遊びほうけていることを、ミナトも知っていたようだ。

 それは事実だが、今回は違う、




「女遊びでもめたんじゃないよ。ただどうしようもないことだよ。」




 斎は小さな息を吐いて、ミナトの持ってきた白菜を掴む。

 鍋の準備をするべく包丁を出して白菜を切っていくと、ちょうど良いタイミングでミナトが皿を
持ってきてくれた。


 共同作業は慣れたものだ。

 ミナトは斎に強制もしないし、文句もあまり言わない。

 適当な斎は細かいことを言われるのを嫌う。


 もう自来也のところにいた頃からの、つきあいだ。

 昔と違ってお互いに任務があるので毎日一緒にいることはないが、それでも週に一回くらいは食
事をしたり、一緒に呑んだりしていた。




「来客ですの?」




 人の気配を感じて、雪が台所にやってくる。




「あら?ミナト?」

「久しぶりだね。雪。元気してた?」




 ミナトは雪に笑いかける。

 雪は眠っていたのか、腫れぼったい目をミナトに向けて、一瞬嫌そうな顔をした。




「相変わらずですわね。ミナトは。」

「雪も全然変わってないね。あ、ちょっと美人になった?」

「ちょっとってなんですの?だから、貴方は嫌いなんですわ。」




 貴方にほめられたってちっとも嬉しくない。

 雪は頬を膨らませて、机に置かれた大皿を見る。


 大量に盛られた生の野菜。




「何しますの?これ。」

「鍋だよ。こういうのを全部お湯に入れて、食べるんだよ。」




 ミナトは魚のパックを持って雪に見せる。




「ふぅん。」




 雪はあまり深く聞かず、違う話題を振る。

 意味がよくわからなかったのだろう。



「クシナはいませんの?」




 雪とクシナは、仲の良い友人同士だ。

 年齢はクシナの方が上だが、女同士喋れないことを姦しく話し合っているらしい。


 雪にとってはミナトよりクシナの方が親しい存在なのだろう。

 彼女は昔からミナトが好きではないと豪語している。




「任務だから、後から行けたら行くっていってたけど。」

「来るの!?クシナ!」




 斎はクシナが苦手なので紺色の瞳を丸くする。




「うん?言ってなかったか?」




 ミナトは斎の気持ちを知ってか知らずか、大したことではないように言う。




「聞いてない。聞いてない。そう言うこと早く言ってよ。クシナ部屋の片付けとか、うるさいんだ
から。」




 慌てて斎は濡れた手を手ぬぐいで拭いて、部屋に掃除機をかけようと奥の部屋に駆けていく。

 台所から斎が出て行ってしまうと、雪は小さく息を吐いた。




「喧嘩したんだって?」

「余計なお世話ですわ。」

「クシナと話がしたいかなと思って、ちょっと任務を早めに切り上げてくれるように言ってあるか
ら。後から来るよ。」




 ミナトは魚を皿に移しながら、赤く染まっている窓に目をうつす。

 夜になれば暗部と長期任務以外は基本的に忍は里へと引き上げる。

 もうすぐクシナもこの家にやってくるだろう。


 クシナもミナトも昔から斎を知っているし、弟分として大切に思っている。

 斎は迷惑がっているが、ミナトと同じように彼女だって斎を心配しているのだ。




「昔から、そうですわ。貴方は私と斎の邪魔ばっかりするんですもん。」

「仕方ないじゃないか。斎は俺の弟弟子だよ。」




 ミナトと斎は同じ自来也に師事していた。

 同じ木の葉の忍で、手練れなので任務で一緒になることも多い。


 一緒にいる時間が長いのは仕方が無い。

 だが、そんなこと雪にだってわかっている。

 ただ幼い雪には、自分が斎といる時間は減っていくというのに、ミナトは今までと同じように一
緒にいられるので、彼が斎を取ってしまったように感じたのだ。


 今だってそうだ。

 雪は大人になるにつれて斎に会えなくなったのに、彼は任務だなんだと斎に会える。

 雪が今でも比較的ミナトに強くあたってしまうのは、斎といつも一緒に居られるミナトへの嫉妬
の裏返しでもあった。




「それに今は応援してるだろう?」

「どうだか。」

「手厳しいね。」




 ミナトが軽く言うと、雪は俯く。

 さらりと、肩を覆う銀色の髪が揺れた。




「私の、覚悟が、足らなかっただけですわ。」





 雪は押し殺すような小さな声で、それだけ答えた。

 斎が好きだからと一族を放り出して出てきて、斎が望むなら何でも出来ると思って、それでもま
だ、一族を捨てる覚悟が、なかっただけ。


 斎の言葉は、覚悟の足りない雪の心を射貫いた。




「雪は案外どこでも生きていけると思うけどね。」

「簡単に言うことでもないでしょう。私は何も知らないんです。」

「そうかな。本気でそう思ってるよ。」




 ミナトは慰めでも何でもなく、さらりと思ったことを口に出す。




「雪は逞しいよ。むしろ斎の方が、心配だ。」




 天真爛漫、自分の意志のために生きる雪と、何も考えてない、ただ今を生きて蹴躓いた斎。

 どちらが危ういかなんて、わかりきっている。


 彼には精神的な基盤なんてもの、全くない。




「炎一族のことは、こっちも協力するから、頑張って。」




 ミナトはにこりと笑う。

 炎一族は一部の人間が里の忍として働いているが、すべてが里に帰属しているわけではない。

 外部の人間である彼らが里に入ってくるにはいろいろな解釈があるが、今ミナトが火影として手
を回して、すべてを止めている。 

 勝手に里の中にある斎の家までこれば、不法侵入と同じだと、炎一族の出入りを許可制にして限
界まで止めているのだ。


 雪を無理矢理連れ戻せるような強い力を持つ者に許可を出しはしない。

 とはいえ、雪を連れ戻せるのは雪の異母兄・青白宮と雪の父親で宗主である白縹宮だけで、前者
は里に入ってくるどころか、雪に協力して炎一族を押さえに回っているし、宗主である白縹は炎一
族から離れられない。

 それ以外の人間なら束になっても雪を連れ戻すことは叶わないだろう。




「でも態度を、早めにはっきり決める必要はあるよ。」




 斎を選ぶか、一族を選ぶか。

 両方というわけにはいかないことは、ミナトにもわかっている。


 雪も、理解できただろう。




「嫌な奴ですわね。貴方。」




 雪は不機嫌そうにミナトを睨み付けて、ため息をつく。




「弟が、一番だからね、」




 ミナトは鍋にお湯を張り、それを一番大きなソファーの近くの机に置く。

 遠く掃除機の音が聞こえる。


 斎がクシナが来るから、慌てて掃除しているのだろう。




「そんなの、貴方より私の方がもっとですわ。」




 雪はそう言いながら、自分の手を見つめる。

 行動力はある方だし、綱手に学んだし、血継限界があるので力はないとは思わない。


 ただ、自分の手はあまりに何も知らない。

 労働を知らない、白くて綺麗な手、


 自分に出来るのだろうか。

 ミナトが鍋の用意を難なくしていくのを見ながら、雪は一抹の不安を覚えた。


 後は、現実的な問題だけだった。





忌々しいまでに絡みついた
http://www.geocities.jp/monikarasu/