次の日、

 斎は清々しい気分で目が覚めたが、昨晩に飲み過ぎた雪はしんどそうだった。




「クシナってば、凄いんですもの。」




 すねたように言うが、雪も結構昨日は呑んでいた。

 斎とミナトが戻った時には、ストレス解消だとでも言うようにクシナと雪はすでにしっかり飲ん
でいた。


 いつの間にやら買ってきてもいない日本酒が3本、机に並んでいた。

 斎の両親もかなり飲む人だったのだが、クシナはどこからか彼らが隠していた遺産を掘り起こし
てきて飲んでいた。

 かなりきつい日本酒だったが、長年おいていたせいかかなり美味しくなっていて、斎は驚いた。

 クシナは酒好きだったが、お酒に弱い。


 雪とミナトはそこそこ飲める口で、当然先につぶれたのはクシナで、ミナトがクシナを抱えて帰
ることになった。

 斎はお酒に対してはかなり強い。

 ざるなので幼い頃から上忍に呑まされたりしていたが、一向に酔った試しがない。


 クシナは凶暴なところがあるので、殴られそうになったが、その辺はうまく避けた。

 彼女も斎を一応心配してくれていたのだろう。


 ただ、もしかすると斎を心配していたのではなく、それに付随する雪を心配していたのかも知れ
ない。



 雪は、何も言わない。



 答えをせかさず、いつまででも待つつもりのようだ。


 この一週間、彼女の粘りはいつもの彼女と思えないほど素晴らしかった。

 斎が知る雪は短気で、かくれんぼの時にいらつきまがいに逃げていた幼馴染みのサソリを森を全
焼させてあぶり出したことすらある。

 斎も燃やされて当然だったが、彼女は忍耐強く待っている。


 忍とは耐え忍ぶことだとよく言われるが、彼女は斎以上に忍に向いているかも知れない。

 斎は耐え忍ぶ性分ではない。

 考えないようにすることは得意だが、我慢することは嫌いだ。


 性欲にも忠実で、ここ数年は年上から年下まで幅広く遊んでいた。

 考えれば最悪だなと思う。


 人殺しやら、忍以前に人としてどうなのだ。




「はぁ、胃もたれしてますわ。」




 辛そうに雪はソファーの背もたれにもたれかかって額を抑えている。

 雪はその名の通り色白だが、今日は顔色も青い。


 ただの飲み過ぎだろう。




「薬、どこにあったかな。」




 斎は台所の棚を探る。

 薬箱は見つかったが、大量の薬が箱から出てぐしゃぐしゃに入れてあるため、咄嗟にどれがどの
薬なのかわからない。




「片付け、悪いですわね。相変わらず。」

「そう?」

「そうですわ。貴方、昔から荷物の中はぐちゃぐちゃでしたもの。」




 ミナトにも似たようなことを言われた気がする。




「そんなに目立ってた?僕。」

「貴方、もの凄く目立ちますわ。行動もおかしいし、背がでかいくせに顔だけ童顔で、変に可愛ら
しいんですもの。」




 斎は身長が高い。

 最近身長は180センチをこした。

 幼い頃は雪よりも小さかった時期もあるのだが、15歳くらいになると突然にょきにょきと大木の
ような成長を発揮して、いつの間にか大きくなっていた。




「本当はもの凄く上忍にも人気があるらしいですわね。」

「え?」

「女性に、ですわ。クシナが言ってましたもの。だから男性に嫌われるんですってね。」




 雪はすまし顔で机に置いてある水の入った湯飲みを持ち上げる。




「僕、人に好かれた記憶ないんだけど。」

「貴方鈍感なんですもの。私もずっと貴方が好きだったんですよ。」

「ずっとって?」

「ずっとですわ。だから本当はミナトもクシナもずっと知ってたんです。なのに貴方本人はちっと
も気にしてくださらないし。」




 雪が幼い頃から斎を追っていたことは有名だった。

 自来也や綱手だって雪の恋心を知っていたし、班員だったミナトやクシナもだ。

 みんな知っていた。


 なのに、斎本人だけが、ずっと知らなかったのだ。

 雪が斎の家に来てはっきり想いを伝えたのも、そのためだった。




「僕、小さい頃は結構酷い扱い受けてた気がするんだけど。」




 遊んでいると後ろから炎をけしかけられたり、本気で術をぶつけ合って喧嘩したことは一度や二
度ではない。

 特に7歳前後はお互い激しくて流血沙汰も一度や二度ではなく、斎は師の自来也に雪は女だと怒ら
れたし、雪は雪で綱手にいい加減にしろと怒鳴られていたという。


 少なくとも小さい頃から好きだったとか言われても信じられない。




「気付いてくれないから、嫌がらせ半分ですわ。」




 ふんと雪は湯飲みを持ったまま、顔をそらす。

 その姿が昔から変わらなくて、斎は吹き出してしまう。


 そう言えば二人で自来也と綱手に怒られていた時も、こんなふうに顔をそらしていた。

 雪はまだ頭痛がするのか、頭を軽く押さえながら湯飲みの中の水を口に含む。


 頭痛が翌日残るほど呑まなければいいのにと思ったが、それを言えばまた手ひどい反論が返って
きそうだ。

 斎は口を慎むことにした。




「ねぇ雪、聞いて欲しいことがあるんだけど。」




 わざわざソファーに座る雪の後ろに回って、後ろから雪を抱きしめる。




「きゃっ、なんですの。」




 雪は小さな悲鳴を上げて、それを取り繕うように済ました声で言う。

 肩を覆う柔らかな銀色の髪。


 質の良い白檀の香りが鼻腔をくすぐる。

 灰青色の瞳は僅かにつり上がって斎を見上げている。




「僕は、雪が好きだよ。」




 言えば、瞳が丸く、本当に丸く形作られる。

 あんなに自分から好きだと、好きになって欲しいと心から願っていたのに、信じられないと言っ
た表情。




「ずっと、好きだった。」




 最初から、言う前から諦めてしまったけれど、本当はずっとずっと好きだった。

 幼い頃から傍にいた幼馴染みに、恋い焦がれていた。



 そっと彼女の耳元に唇を寄せて、静かに口に出してしまえば、心の重みが軽くなる。

 沈黙が二人の間に落ちる。




「雪?」




 抱きしめている腕を緩めて、顔をのぞき込もうとする。

 銀色の髪を優しく掻き上げて表情を伺うと、灰青色の瞳には涙が浮かんでいた。




「泣いてるの?」

「だって…」




 斎の腕に顔を埋めるように、雪は頭を傾ける。




「前にも言ったけど、ごめんね、僕には君に、未来を与えてやることは出来ない。でも、雪が好き
だよ。」




 斎は雪の髪を撫でて、言う。

 すると雪は斎の方を振り向いて、むっとした顔をした。




「未来が残せない?それが何?」




 つり上がった目が、斎を睨み付ける。




「それの何が悪いんですの。未来が残せなくても、私と貴方は出会ったでしょう?」




 雪は斎に正面から手を伸ばし、抱きつく。


 ずっと、こうしたかった。

 手を伸ばして、届かなくて、もどかしかった。


 ひとりで寂しい思いもした。 




「貴方は私の春だったの。」






 やっと、手に入れた。

 雪は今度こそ彼から離れないようにと、きつく抱きつく。


 斎は苦笑して、雪を強く抱き返した。





 やっと手に入れた、春だった。 

 
あなたためのはなをあげる(わたしもはなもあなたのためにうまれました)
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