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「こうしてお姫様は幸せになりました。めでたしめでたし。」

「めーたし、めーたし。」





 イタチが絵本を読み終わるとはイタチの言ったことを同じように口まねをしてみせた。


 いろいろ抜けてるひらがながあるが本人が笑顔なので何も言うまい。

 最近は何でもイタチのまねをしたがる。


 そういう年頃なのだろう。

 イタチは絵本をぱたりと閉じる。





「あら、読み終わりまして?」





 後ろから、いつから見ていたのか、蒼雪が声をかけてくる。



 任務帰りなのか、重苦しい単衣姿ではなく、着物とはいえ装いは軽い。




「かえりー。はーえー。」




 はイタチの膝から降りて、緋色の着物を引きずってぽてぽてと駆け寄る。

 蒼雪は、膝をついてを抱き上げた。


 3歳になったばかりの蒼雪の娘は、楽しそうに笑っている。


 肩で切りそろえられた紺色の髪に、紺色の瞳。

 顔立ちまで斎そっくりな娘は、斎にそっくりの無邪気な笑顔で笑う。




「雪さん、お帰りなさい。」




 イタチは母娘の様子を柔らかに笑ってみている。




「よい子にしてました?」

「良い子でしたよ。な。」




 イタチが賛同を求めれば、わかってもいないのにはこくりと頷く。

 最近自我が出てきて意志もはっきりしてきたが、は本当に素直な子だった。

 哀しいことも嬉しいことも素直に顔に出る。


 生来の気質なのだろう。

 変に歪んだところのある斎や、意地っ張りの蒼雪とは違う。


 羨ましい性格だと蒼雪は常々思っていた。 

 自分は昔から意地っ張りの固まりで、それは今でも変わってはいない。












 蒼雪は里に帰属する忍となった。

 それと同時に炎一族との繋がりを絶ち、斎の家でふたり暮らし始めた。


 婚儀は戦乱の時代であったから、本当に小さいものだった。

 少しの親友と師を招いて、笑いあうのは、楽しかった。


 しかしながら、結局炎一族の宗主であった白縹が亡くなった後、斎を婿にする条件で蒼雪は炎一
族に引きずり戻され、現在は宗主となっている。



 斎は子供は生まれないと言っていたが、意外にも結婚から一年後にはも生まれた。


 を身ごもった後、不妊治療もしてみたがやはり次の子供は駄目だった。

 偶然だったのか、神様がくれた小さな奇跡だったのか。


 一粒種でもが生まれてくれたことは、斎にとって救いだっただろう。

 斎はをとてもかわいがっている。

 目に入れても痛くないほど、愛している。


 チャクラが大きすぎて内臓機能を圧迫し、体調を崩すというの先天性疾患は、斎の一族と言う
よりも蒼雪の一族が重ねた近親婚が原因だ。

 遺伝的な病気というのは、近親婚を重ねれば増えてくると言うことだろう。

 そのための婚約者は他家であるうちはの嫡男という形をとった。

 すべてがハッピーエンドという訳にはなかなかいかない。


 ミナトは九尾事件で亡くなった。


 蒼雪と斎は無事に生きているが、忍であるという職業上どこまでやっていけるかはわからない。

 それでも最期の日笑って死ねるように、後悔しない生き方は出来ていると思う。




「いたちー、」




 は蒼雪が抱きしめる腕を緩めると、今度はイタチに抱きつきに戻る。

 最近のはうちはの嫡男であり、斎の教え子でもあるイタチが大のお気に入りだ。

 人見知りは激しいのだがイタチは一目見るなり気に入ったらしい。

 もの凄く懐いているので、任務で忙しい斎や蒼雪はよくイタチに頼んでの面倒を見てもらって
いた。


 いつか斎と蒼雪のように幼馴染みではなく恋人同士になっていくのかも知れない。

 もちろんまだずっと先の話だからわからないが。





「ふわぁ、こっちにいたんだ。」





 斎が荷物を持ったまま欠伸をしながら部屋に入ってきて、畳の上に腰を下ろす。

 長期任務に出ていたため久々の帰還だ。




「ちーえ、」 




 が叫んで、今度は斎のところに抱きつきに行く。

 足取りは相変わらず危ういが、転ぶ前に斎が抱き取った。




は可愛いなぁ。」

「きゃーぁー」




 肩車をしてやると、視線が高くなったのが楽しいのか、はきゃっきゃと笑う。

 斎との笑顔はそっくりだ。

 肩車をして小さな顔と大きな顔が並んでいると、なお面白い。


 蒼雪とイタチは二人して、顔を見合わせて笑ってしまった。




「ちょっと早すぎないですか?任務終わりました?」

「終わったよ。カカシに報告書押しつけてきた―。」




 イタチが聞くと、斎はを肩車したまま、うつぶせに畳の上に寝転がる。

 それを終わったというのか。


 イタチは担当上忍の言葉に眉を寄せた。

 斎は今イタチを教えているが、里は九尾事件以降度重なる戦いで人員不足、斎はイタチを育てる
任務だけに没頭していられるわけではない。


 夜に暗部だったり、普通の上忍の任務も行っている。

 手練れの人員も限られているため、暗部上がりで、ミナトの弟子だったカカシなどと一緒の任務
になることが多い。


 斎の暗部時代の後輩でもあるカカシは、正直斎にとってやっかい事を押しつける良い相手だ。

 斎のサボり癖は昔からちっともなおっておらず、たまに欠勤届だけを火影の机の上に置いて三日
ほど休みを取ることもあった。


 里の状況を見て、暇な時にそうしているが、それでも迷惑この上ない。

 報告書の他者への押しつけは、一度や二度ではない。

 部下ならばまだ良いが、下手をすると斎に言い負かされた3代目火影自らがやっていることもあっ
た。


 何故関係ない火影がやっているのか、それはご愛敬だと斎は笑っていた。




「駄目ですよ先生。カカシさんだって暇じゃないんですから。」

「大丈夫だって…寝るま削れば。」

「いや、先生が暇な時間を削りましょうよ。」




 イタチは困ったように腰に手を当てる。

 適当な斎の弟子なのに、イタチは真面目そのものだ。

 うちは一族の嫡男としての責任もよくわかっているし、斎を真面目に諫めたり、本気で反論した
りする。

 もう少し肩肘張らぬ生き方をしてもまだ子供だから良いのだが、イタチは年の割にずっと聡明で
大人の状況をよく把握している。


 天才との誉も高く、将来有望な子だ。

 斎は暗部で以外今まで弟子をとったことがなかったので、年齢的に幼いイタチに最初は不安だっ
たようだが、師弟関係はおおむねうまくいっている。


 おおらかな斎と、細かいイタチで正反対の性格がぴたりときたようだ。


 イタチが斎を責める時、はイタチの味方だ。


 はうつぶせに倒れた斎からまたイタチの膝の上に戻る。

 本当によく懐いている。


 イタチはを自分のあぐらをかいた膝の上に座らせた。




も駄目だと思うよな。」

「あーい。」




 内容はよくわかっていないが、父親がいけないことをしているのだけは理解しているらしく、
は手を挙げて賛同する。

 一言で言って、可愛い。




「あら娘にまで言われてますわ。」




 蒼雪は口元を自分の着物の袖でかくして笑う。




「ちーえ、め。」




 イタチのまねをして腰に手を当てて、にこぉっと笑って言う。

 もの凄く可愛い。




「強敵、現る」

「イタチ、そんなナレーションいらないから。」




 では斎とはいえいつもの上手な口論でごまかせない。

 そもそもは斎の言うことの半分も理解できていないのだから。




−、僕だってきちんと仕事してるんだからね。」




 斎はむっとした顔でに言う。

 は斎と同じ大きな紺色の瞳をぱちくりさせて、イタチの方を振り返った。




「ほーと?」

「…嘘かな。」




 イタチはしばらく考えて、そう答えた。




「めー、」




 改めて向き直って、斎の頭を小さな手でぱちりと叩く。




「痛っ、」




 斎は叩かれた額を抑える。

 子供の方が斎の言うことは当てにならないとちゃんとわかっているのだ。



「将来きっと大物になりますわね。人を見抜く力がありますわ。」




 よしよしと蒼雪はイタチの膝の上にいるの頭を撫でる。




「人を見抜くって何。僕、何見抜かれたの?」

「だらしない本質じゃないですか。もしくは信頼できる人を見抜く力?」

「イタチ、ちょっとは師をフォローしようよ。」

「いや、どうやってフォローしろと。」




 弟子としてろくな場面を見ていないイタチにとっては、斎の良い場所を見つける方が難しい。

 もちろん斎だって火影候補で強いし、術の幅は誰よりも広く、尊敬に値する。


 だが、彼の軽い調子やだらしない寝坊癖を見ているので、折半すれば平凡に落ちてしまう。

 むしろマイナスか。




「まぁ、昔から頭空っぽですもの。」




 蒼雪はにこやかに笑って、斎の紺色の髪の毛をひっぱる。

 朝から寝癖がついたままだ。


 相変わらず斎のだらしなさは変わっていないし、サボり癖も変わっていない。




「雪も意地っ張り変わってないけどね。」




 斎は蒼雪に張り合うようにからりと笑う。

 明るい笑顔は、幸せの証拠。



「あー、とーりー。」




 はイタチの膝からおりて、たまたま部屋に入ってきた小さな鳥を追いはじめる。

 足取りは酷く危うい。




、待て!」




 イタチが叫んで、を追う。

 すぐにこけそうなくせに、は子供にしては走るのが速い。


 騒ぐ子供達のほほえましい姿を見ながら、斎と蒼雪は笑いあう。




「春ですわね。」

「青い春だね。」




 その呟きを聞いたのは、小さな絵本だけだった。









いつだってきみの笑顔の一番近くに
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