結局シカマル班との戦いは班の大勝利に終わった。

 シノも善戦したが流石に学年トップのサスケには勝てず、どうにかこうにか勝利を収め、その後
班は順調に勝ち進んで終わってみれば班はトップで演習を終えていた。


 イルカは最後に講評を述べてから、保護者の方々に頭を下げる。

 たまたま見に来ていた火影が、自分のひげを撫でながら、中央へ出てきた。




「皆、よぅやった。」




 嗄れた老人らしい声は、しかし力がある。

 里長にあこがれを持つそれぞれが熱いまなざしで火影を見守り、静かに言葉を聞く。


 はぼんやりと話を聞きながら、久々に見た火影はストレスのせいか白髪が増えたなと思った。

 が小さい頃、たまに父をたたき起こしに来ていたのを覚えている。

 その父の斎はと言うと、イタチの隣で茶色のくまさんパーカーを着て、にこにこと笑っていた。

 似合っているし、来てくれてもちろん嬉しいのだが、少し恥ずかしい。


 ちらりと父達を見ると、母の方と目があった。

 蒼雪は目が合うと優しく微笑んでくれて、はやっと終わったと笑み返した。




「日々これからも、それぞれが精進することを望んでおる。」




 当たり障りのない言葉で挨拶を終えた火影は、ちらりと斎に目を向ける。




「せっかくこれだけの子供が集まっておるのじゃ。おまえ、暗部の親玉としてなんか言うことはな
いのか。」




 この日のために無理矢理休みを入れた斎に対する嫌がらせだろう。

 火影は恨みがましく言う。


 斎が暗部の親玉――もとい裏の支配者であることは有名な話だ。

 かつてのダンゾウ率いた根と呼ばれる養成部隊を事実上解体した張本人であり、元々は暗部の部
隊長、今は上層部の相談役と言うことになって一般の任務に出ているが、今暗部で分隊長をしてい
る忍の多くは愛弟子イタチを含む斎の教え子ばかりである。

 望めば火影になれる人材でありながら、全く興味がないというのは、有名な話だ。

 親から聞いたことがあり、知っている子供もいるのか、ざわりと波のようなざわめきが広がる。


 そりゃそうだ。

 くまさんパーカーのお兄さんが火影候補で暗部の上役だなんて言われても、信じられない。




「えー何かいうことぉ?」




 突然矢面に立たされたくまパーカーのお兄さん――もとい斎は、子供っぽい高い声音を漏らして
顎に手を当てて首を傾げる。

 真面目に考えているようだが、本当に思いつかないらしい。




「あー、うーん。あー、えっと…良い人になれるようにがんばってーとか?」

「良い人ってそんな曖昧な…もうちょっと言うことはないのか。」

「だから、突然言われてもなぁ。」




 斎は困ったような顔をして肩をすくめる。

 それに保護者の中から苦笑が漏れた。

 保護者の中には忍も多く、当然ながら多くの人間が斎を知り、性格の噂も聞いている。


 強者の余裕か、ただの頼りない人なのか、

 当然保護者達は前者に取っているわけだが、子供達ははかりかねていた。




「あれって、のお父さん?」




 サクラがの着物の袖を後ろから引っ張って尋ねる。 

 いつの間にか、の方に子供達の視線が集まっていた。


 なんと言っても斎とは顔立ちがそっくりだ。

 誰が見ても親子だとわかる。




「うん。暗部だったんだって。」

「えー、見えない。」




 サクラははっきりと自分の見解を言葉にする。

 ほど気弱ではなさそうだし、頼りなくもなさそうだが、優しそうな人だ。


 暗部と言えば暗殺など木の葉の影の仕事に携わると共に、一番のエリートが行く場所だ。

 暗部なんてところに入っていた人には全く見えない。




「お母さんは、隣の、肩に鳥をのせた銀髪の人?」

「うん。炎一族の宗主だよ。」

「お母様、とっても美人ね。」




 サクラはからりと笑ってに言う。

 もこくりと頷く。


 柔らかに波打つ桃色がかった銀髪と、凛とした印象のある灰青色の瞳、均整のとれた小作りな顔
のパーツ。

 背も比較的高くて色白で、母・蒼雪は娘のから見ても、すらりとした体躯の美人だ。

 にもかかわらず、は父親似で童顔、お世辞にも美人とは言えない。


 別に父に似ていることが、不満というわけではないけれど。




「あー、んー、みなさん、頑張ってください。」




 結局何も思いつかなかった斎はにこりと笑って手を叩き、強制的に挨拶を終わらせようとする。

 が、それは火影が許さなかった。




「言うことがないなら、術の一つでも見せんか!!」




 斎の耳を引っ張り、火影が一喝する。

 やはり先日の恨みがまだ残っているらしい。

 火影が脅した当の本人である蒼雪は、涼しい顔で微笑んでいる。




「えー、じゃあ、珍しい風遁でも披露しようかなぁ。」




 斎はぽんぽんと近くにあった木を叩き、子供達にも見えるように殊更ゆっくり印を組む、

 話を聞いていなかった子供達も興味津々の熱っぽい視線で斎を見つめる。


 上忍であり、火影候補にも挙げられただけあって、斎の印を結ぶ速さは半端ではない。

 写輪眼を持つイタチですら見えるぎりぎりのラインだと聞いたことがあった。

 わざわざ、子供達に見せるために、印をゆっくり結んでいるのだ。


 当然印を見せたところで子供達にまだ出来るレベルではない、

 だが、いつかやろうと思った時、一度見た物と、初めての物とでは、意味が違う。




「一瞬だから、よく見ててね。」




 笑って、すっと右手を振り上げる。 

 すると、ふわりと周囲の空気が変わり、斎の男性にしては長い紺色の髪が煽られて揺れた。

 手の回りに気流が生まれ、風を纏う。


 斎が右手を一本の木に向ける。

 本当に、斎の言うとおり一瞬だった。

 風が切り裂き、木が瞬き1秒の間に砕け、ばらばらになる。

 切り裂かれた木はどれも掌ほどの大きさになっていた。

 葉がぱらぱらと散り、地面に落ちる。


 皆、歓声を上げることも忘れて魅入っていた。

 彼らが教師以外とふれあうことは、両親以外少ない。 


 ましてや里の上層部の人々の術を見ることなど、あるはずがないのだ。

 大がかりな術は、初めてのものである。




「これはね。風遁の鎌風だよ。ちなみにBランクくらいの術だから、努力を怠らず、頑張れば、み
んなも数年後には出来ると思うよ。」




 にこにこ笑って斎が説明する。




「すっげー。」




 一人の生徒が、思わず呟きを漏らせば、口々に感嘆の声が上がる。




「あれ、数年後に、俺たちも出来るってよ。」

「まじで?」




 子供達はすさまじい術に驚きを隠せない。

 だがそれと共に将来への期待も含んでいた。


 自分も出来るかも知れない、と。

 それこそが、斎がこの術を選んだ意味でもあった。


 斎は、簡単だからこの風遁の術を選んだ。

 もちろん、斎が風遁が得意だというのもあるが、それならば、希少性の高いAランクの高等忍術
や血継限界を見せても良いはずだ。

 それをしなかったのは、彼が優れた教育者たるからだ。

 血継限界や高等忍術は希少だし、子供達が見たことがない物であるから喜ばれるだろうが、将来
形態変化や、性質変化の関係から、誰もが出来るわけではない。


 もしも仮に出来ることを目指しても、壁にぶち当たる子供が多くなる。

 結局努力しても出来ない、なんて諦めになりかねない。


 幸い風遁の鎌風は子供達にとっては難しく、風遁を使う人間も少ないので親が忍である子供達も
ほとんど見たことがないだろうし、将来誰もが出来る可能性のある忍術だ。

 斎が教育者として優れていると言われる由縁は、こういうところだった。

 見に来ていた保護者達からは拍手が零れる。




「すっげーな、斎さん。」




 隣に座っていたナルトが素直な感想を漏らす。 

 結構イタチや斎に構ってもらっているナルトだが、それでも大人の本格的な術はあこがれの対象
だ。




「う、うん。」




 父親への賞賛は、自分のことのように嬉しい。

 はにかみながらも、は頷く。


 いつも頼りないし、寝坊すけでちっとも起きてこない父親だが、やはり優れた忍なのだ。

 誇らしく思う。




「日々鍛錬を怠らず、努力してください!終わり。」




 斎の話は短い。

 今度こそ本当に終了、と斎は欠伸を一つする。 

 斎の実力がはかれず戸惑っていた生徒達だったが、斎に向けるまなざしはいつの間にか羨望と敬
慕に変わっていた。

 

 参観日はもう終わりだ。

 熱っぽい空気の中、生徒は自由解散となった。






( ちからのすべ ちからそのもの )