神無月となれば冷えてくるものだ。

 それが山の中となればなおのことで、木にさえぎられて日の光も届かぬ。




「くしゅんっ!」




 が小さなくしゃみをして、寒そうにもそもそとイタチにしがみつく。


 着物であれば首もとが寒い。

 もともと寒さに弱いだ、見た目以上にこたえているだろう。

 後ろを振り向いて横目で表情を伺うと、寒さのせいか、顔色も真っ白だ。

 おんぶされた状態で、イタチの温もりを求めるようにごそごそと動く。




「大丈夫か?」




 イタチは自分の襟巻きをにかしてやった。

 狐の毛皮だという襟巻きはの寒さを幾分か和らげたようで、少しだけ頬に赤みが戻る。




「寒いねぇ。」 




 はふぅっと自分の手に息を吹きかける。

 イタチにとってはそうでもないのだが、寒さに弱いとでは体感温度が違うのだろう。

 背中越しに感じるの体温はいつでも温かい。 


 紅葉が綺麗に色づいていて、歩を進めるとざくざくと落ち葉を踏む音が響く。

 あと数週間もすれば本当の冬将軍が来る。


 そう思うと、なにやら今の寒さでもこたえているが心もとなく思えてきた。

 今年は風邪は大丈夫だろうか。

 炎一族邸に戻ったら部屋を暖めるように侍女に言っておこうと思う。




「栗みっけたぞー!!」




 遠くで金色の頭がゆらゆら揺れている。

 ナルトはどうやら栗の木を発見したらしい。




「すっごいよーっ!」




 隣にはとよく似た顔のの父親・斎が手をぶんぶん振りながら秋風に目元が隠れるくらいの紺
色の髪を揺らしている。

 相変わらず子供のような人だ。

 イタチは今年三十路を越えたはずの担当上忍にため息をつく。




「父上様、元気だね。」




 はほぅっとまた白い息を吐いてイタチの首に回した手に力を込めた。




「大丈夫?イタチ、重くない?」




 おんぶされているのを悪いと思っているらしく、がイタチの顔を覗き込む。




「大丈夫だ。今更だろう?」




 小さいころからずっとをおんぶしてきたのだ。

 やはり小さい頃に比べれば確かに重くはなったけれど、それはうれしい重みだ。

 チャクラが多すぎてが床から動けなかった頃、いつも抱き上げるたびに、体調が悪くなると軽
くなる体重に恐怖すら覚えた。

 それに比べたら、重い方がうれしい。


 は少しはにかんだように笑って、肩に頬をうずめてきた。

 最近は恥ずかしがりだ。

 前は当たり前のように抱きついてキスをねだったのに、今では恥ずかしそうに隠れてしまう。


 なぜなんだろう。

 寂しいような、むずがゆいような感覚はイタチを惑わせるけれど、悪い感覚ではなかった。

 年頃になって、ちゃんと男として意識してくれていると言うことだから。




「おりゃおりゃっ!」




 楽しそうに木の上に乗って、ナルトが栗の実を落としている。




「うわっ!、やめろ」




 サスケがいやそうな顔で落ちてくる毬栗から体を守る。

 斎は落ちた毬栗を踏んづけてうまく中の栗を出していた。

 地面にを下ろすと、は初めてみるとげとげの固まりに不思議そうな顔をする。




「これ、栗?」




 茶色い、毬栗の中身の栗しか見たことのないは、初めて見る茶色の棘の固まりに驚きを隠せな
い。




「そうだ。」




 イタチはの目の前で毬栗を踏んづける。

 割れた中から出てくる実は、茶色い見慣れたそれだ。

 はひざをついて毬栗の皮と、茶色の栗を見比べた。




「そこで茸も見つけたから、今日の夕飯は僕が作る茸なべだよー。」




 斎が自慢げにに背中に担いだ袋の中身を見せる。




「きのこ?」




 は料理された茸しか見たことがないので、生えている場所を振り返った。

 いろいろな種類の茸が、湿った空気の中で乱立している。


 その中でひときわ大きな茸を引っこ抜いてまじまじと見た後、小首をかしげた。

 シイタケみたいな色だが裏が黒く、かさが大きい。




「これも食べれる?」

「食べてみる?それワライタケだよ。」




 娘の言葉に斎が屈託なく笑う。




「それを食べると色彩豊かな幻覚が見れるそうだよ。」

「げんかく?」




 意味のわからないはますます不思議そうな顔をするが、イタチは大きくため息をつく。




「要するに食べるなということだ。」

「あはは、そういうこと。」




 斎は楽しそうに笑いながら、気をつけないといけないよと軽い忠告をする。

 毎年毒キノコで死ぬ人はいる。

 アカデミーではそういう知識も学ぶのだから、忍で犠牲者になるのは自業自得だと思うが、
アカデミーに一年しか通っていないのだから、仕方あるまい。

 知識は補ってやらないといけない。




「こっちの茶色いのは平気?」

「それはマイタケだろう。大丈夫だ。」




 は少し怖くなったのか、ちゃんとイタチに確認する。

 イタチはマイタケをクナイで木から削り取り、の鼻の前に持ってくる。




「良い香りだろ?」

「うん。これがマイタケ?」

「そうだ。覚えておけよ。」




 嬉しそうなにそう笑って言うと、も楽しそうに頷く。

 初めての経験だ。


 もイタチのまねをしてクナイで削り取ろうとするがうまくいかず、形が崩れて割れた。

 それでも食べるのに困りはしない。

 初めてにしては上出来だろう。


 寒さを徐々に忘れてきたのか、はとてとてと駆け回ってマイタケを採っていく。

 マイタケだけは覚えたようだ。




「あれー。これって毒キノコだっけ?」




 斎がによく似た紺色の瞳で明らかにおかしな色合いのキノコを拾い上げる。




「食べてみようか?」

「先生っ!!それは明らかに毒キノコですよ!!」




 イタチはのんびりを見ていたが、慌てて頼りない師を止める。

 親子揃って似たものである。




「最近俺思うんだけどさ。イタチ兄ちゃん可哀想だよな。」




 斎とのふたりに振り回されるイタチを見ながらナルトが肩をすくめる。

 班が同じになっての家に良く行くようになれば、自然との父親である斎とふれあう時間も増
える。

 自動的に炎一族邸に居候するイタチとも親しくする機会も増えるが、なかなかイタチは大変そう
だった。


 この間朝にを迎えに行ったら、イタチが斎を叩き起こしていた。 

 どうやら朝から任務だったらしいのだが、斎が二度寝をして全く起きなかったらしい。

 もの凄くもめていた。


 朝起きの他にも、斎のだらしないところはほとんどイタチがフォローしている。

 そんな姿をよく見るようになれば、イタチに対して同情も禁じ得ない。




「否、そんなことはない。」




 栗を拾い上げながら、サスケは首を振る。




「あれで兄貴はそれなりに楽しんでるんだ。」

「え、マジで?」

「そ。兄貴は斎さんのことを人前ではほとんど悪く言わないしな。」




 斎の前では素直ではないし、生意気に悪態をつくが、サスケの前ではいつも斎をほめている。

 結局のところイタチは頼りないと言いつつ師に頼っているし、斎は頼りないといっても本質的に
は芯が強く、頼りがいがあり、イタチの絶大な信頼を勝ち取っているのだ。


 斎をイタチが起こしに行くのは、イタチがうちはにいた頃からだ。

 本当に嫌なら、わざわざイタチは起こしになんて行かない。

 面倒くさいことをしないイタチの性格も、サスケは知っている。

 だからやっていると言うことは、それなりに好きなのだ。




「嫌よ嫌よも好きのうちって奴だろ。」

「へぇ、うまくできてんだな。」 




 ナルトは感心したように頷く。

 細かくて神経質なイタチと、おおらかで全然細かいことは気にしない斎。

 一見反目しそうな二人も、うまくいっているのだ。




「ひとまずお腹すいたな。薪しよー。」




 斎が空腹に耐えきれなくなり、がさがさとその辺の落ち葉を集め始める。

 栗でも焼くのかとナルトとサスケは首を傾げたが、斎は自分のハンドバックの中から芋をいくつ
も出してきた。




「先生、これ…・」

「昨日用意しておいたんだ。みんなお腹すいたでしょ?」




 得意げに言う斎に、イタチは渋い顔だ。

 今日斎は誰よりも遅く起きてきて、用意も誰よりも遅く、サスケやナルトがやってきた後もまだ
出かけるのを嫌がっていた。

 だと言うのに、こんな物だけは用意してきている。


 イタチの渋い顔も当然だった。

 その上芋はちゃんとアルミホイルに包まれている。




「おっきい芋だな、これ。」

「違うよサスケ。これはねぇ、ちゃんと蒸し焼きになるように濡れた新聞紙に包んでからアルミホ
イルをかぶせたからだよ。」




 だから誰よりも用意が遅かったのか。

 サスケは変に納得してちらりとイタチを伺うと、彼の眉間の皺はますます増えている。

 なんだかんだ言ってもやはり苦労性なのかもしれない。


 火遁で火をつければ、あっという間に火が薪に広がる。

 長く燃えるように大きな木などもたしながら、火を大きくする。

 寒いので、全員で火に手をかざす。




「あったかい。」




 は素手で火のついた薪を掴んで火に当たっている。

 炎一族の白炎使いは炎に強く、炎に手を突っ込んでも全く火傷しない躯を持つ。

 だが、あまりに変な光景だ。


 よほど寒かったらしくは薪の火に炎に頬をすり寄せている




「…なんか、シュールだってばよ。」




 ナルトは呟かずにはいられなかった。





「そう言えば、カカシ班はうまくいってるの?」




 斎はサスケとナルト、に尋ねる。

 全員がカカシを担当上忍とする七班の班員だ。




「それなりに、だってばよ。」




 ナルトは笑顔を引きつらせる。 

 サスケとナルトはよく喧嘩をしてはカカシに怒られている。

 とサクラは仲がよいが、男二人はそう言うわけにもいかず、怒られることも頻繁だ。




「そうかー、うまくやってるんだね。カカシ。」




 斎とカカシは元々カカシの師が斎と兄弟弟子の4代目火影であったため、元々知り合いだ。

 その上暗部の先輩と後輩で、今も結構仲がよい。

 都合良く斎がカカシに任務を押しつけるのがもの凄く可哀想だという話を、全員がイタチから聞
いたことがあった。

 日頃はのらりくらりで自由なカカシも、あまりにフリーダムな斎には勝てないらしい。


 書類や任務の押しつけはカカシの高い素養もあってよくある話だった。

 うまくやっているのはどちらだかわからない。




「焼けたかな、」




 は平気で薪の中に手を突っ込み、中から芋を取り出す。

 やはりあまりに不自然な行動だが、火傷もしないのだから何も言えない。 




「ちょっと待てよ。」




 イタチが自分のクナイで半分にすると、芋の中は綺麗な黄色でもう食べられそうだった。




「いけそうだね。、人数分薪から出して、」

「はーい。」




 父親に言われて、はまた薪をごそごそ素手で探って芋を外に出していく。

 斎は慣れた物で、の行動を不自然に思っていないようだ。

 斎の妻の蒼雪もと同じように熱に強い。

 斎と蒼雪は幼馴染み同士だと言うから、こういう経験はよくあったのだろう。



 慣れてはいけない物に慣れてしまった師を見ながら、イタチはこの光景にいつか自分も慣れるの
だろうかと不安になった。






( 食欲の育まれる季節 )