「これで、終わりだな。」




 部下の書類を確認して、部下に手渡す。

 自分よりもいくつも年上の部下は、イタチに頭を下げて書類を受け取る、火影に持って行くべく
部屋を出る。

 暗部の分隊長というのは、案外大変な物だ。

 指揮を執らなくてはならないし、書類も整備しなくてはならない。部下の様子にも気を配らない
といけない。

 最近任務が重なりすぎて班員も疲れている。


 そう思って自分も頑張っているのだが、なにぶん疲れが溜まっている。

 椅子に座って目を閉じていると、気配がした。




「なんですか、先生。」






 目を開けば、酷く困った顔の斎がいた。

 かつての担当上忍であり、恋人、の父親でもある斎は、疲れ気味のイタチを心配そうに見下ろ
す。




「大丈夫?」

「大丈夫ですよ。これも仕事ですから。」

「さぼっちゃえばいいのに。」




 斎は肩をすくめて手を振る。

 まるでその動作は子どものようだ。


 彼に教えを請うようになってもう十年近くなるが、容姿が全く変わっていないし態度もそうだ。

 本当に三十過ぎなのだろうか。

 と、いうか本当に大人か。


 幼い頃からの疑問をまた彷彿とさせるくらいに疲れているらしい。

 嫌だなとまた、目を閉じる。

 すると、ふっと部下が涙ながらにイタチが来てからもの凄く楽になったと語っていたのを思い出
した。

 斎が昔暗部にいたのは、イタチもよく知っている。




「そういえば、暗部にいた頃仕事はどうしてたんですか?」




 何か都合の良い処理方法があるのだろうか。

 期待して尋ねたが、そんなはずもない。




「どうしてたかな?そういや報告書とか書かなかったなぁ・・・あ、違うか。なんか任務が終わったら
そのまま帰ってた気がする。」




 要するに任務が終わればとんずらしてたらしい。

 きっとカカシあたりが迷惑を被っていたのだろう。

 今はカカシの迷惑をサスケが被っている。


 もしかするとこういうことは年功序列なのかもしれない。


 だからといってイタチが将来、遅刻魔になるか、きちんと書類を書かないのかと言われれば、絶
対違うと言い切れた。




「そんなに根を詰めてちゃ駄目だよー。」




 書類の一部を斎は持ってぽんっとイタチの頭を叩くと、そのまま部屋を出ようとする。

 慌ててイタチは彼の背中を追いかけた。




「先生、それまだ終わってない報告書です。」

「わかってるよー。これを持って火影のところに行くんだよ。」




 斎は軽い調子で言って、書類をひらひらさせる。

 未完成の書類だ。


 先日の任務のあらかたは書けているが、清書ではないし、書類の形式も守ってはいない。

 だが、斎の足は確実に火影のところに向かっている。




「ひとまずさ、報告書って言うのは、事態がわかれば良いんだよ。」

「極論はそうですけど。」

「そ、だから。これだけ書けてればどうにかなるって話さ。」




 斎が含みのある笑みを浮かべる。

 その笑顔にイタチは唇の端を引きつらせた。


 こういう笑顔をする時の斎は、強烈だ。


 火影の部屋に入ると、とサスケ、ナルトが報告書を提出に来ていた。




「イタチ!」




 任務が続いてなかなか会えていなかったため、の顔が輝く。

 無邪気なの姿にイタチは疲れを忘れて思わず笑みを浮かべた。




「報告書か?」

「うん!父上様に教えてもらったの。」




 は嬉しそうに笑ってイタチに抱きつく。

 斎と一緒に来たらしい。


 イタチはを抱きしめながら、ちらりと斎を伺う。

 カカシは任務に出たと言うから、暇な斎が七班の書類の書き方を教えていたらしい。

 書類の書き方なんて知っていたのだと違う点で驚く。


 任務疲れのイタチを労ってと会わせようとしてくれたのだろうか、

 から体を離す。




「あれ、父上様、逃げたんじゃなかったの?」




 はきょとんとして首を傾げる。


 父が報告書を持って提出に来たのが信じられないと言った表情だ。

 日頃の怠慢がの表情に如実に表されている。




「どうしたの?」

「報告書の提出に来たんだ。」




 斎は背の小さい娘の頭をなでつける。

 は同じ紺色の父の瞳が笑っていないことに気付き、訝しむ。

 深い憤りを湛えた瞳はたまにある。

 自分に向けられてもいないし、父親なので怖くもないが、不思議に思った。


 誰に向けられているのだろう。


 火影の部屋をくるりと見回して、中央に座す火影に目を向ける。 

 のんびりお茶を飲んでいた火影は斎の姿にこれ以上ないほど目を見開いたが、一歩椅子から後ず
さりする。

 嫌な予感がすると、顔が言っていた。




「はい。報告書。」




 満面の笑みで突きつけられた未完成の報告書に、火影も嫌な顔をする。




「…なんじゃこりゃ。清書したのか」

「えー、してないよ?」




 にこぉっと、斎は自信満々に頷く。

 後ろにいた斎を知る中忍が後ずさりし、上忍隊長をしているシカマルの父、シカクがうわっと言
う嫌そうな顔で頬杖をつく。

 斎がここに来る時、大方ろくなことはない。


 シカクはあたりを確認したが、一番の親玉の斎の妻蒼雪はいないようだ。




「流石に酷いと思うんですよね。だってイタチが全部やってるんだもん。」

「否、任務をこなせば報告書は必要じゃ。」

「ですけどー、任務の量も多いじゃないですか、昨日なんて3つこなしてますよね。」




 斎はイタチを振り返って、それから火影にもう一度向き直る。




「3つこなして、報告書は詳しく書かないといけないから、最低で1つの任務につき3枚。1日9枚。2
日前の任務は2つ、6枚。3日前が2つ、重要任務のため1つの任務に4枚。合計8枚。」




 すらすらと任務と書かなければならない書類の枚数をはじき出していく。

 暗部となりイタチは斎の手から一応は離れたが、暗部を実質的に取り仕切っているのは斎であり
、弟子の動向は常に把握している。

 斎にとってイタチはいつまでたっても可愛い弟子で、最近の無茶をよく理解していた。




「当然ですけど、それだけ任務をこなしていれば、報告書を書く時間、ありませんよね。」

「そうじゃが、今日は」

「今日も任務1つのはずです。プラス3枚。溜まった枚数は26枚。無茶苦茶でしょう?」




 斎はイタチからとってきた報告書をぽんぽんと叩いて火影に詰め寄る。




「じゃが、時にはやってもらわんと困る。」

「時には、って言いますけど。時間は誰でも24時間ですよ。」

「24時間フルに使えばどうにか出来るはずじゃ!」




 火影は答えに窮して思わず叫んだ。

 シカクがその言葉を聞いて、大きなため息をつく。

 斎が楽しそうに笑った。




「僕とイタチは出来ないんで、24時間フルに使ってがんばってくださいね。お茶呑む時間、あるん
ですから。」




 決め手は無邪気な満面の笑みだった。

 湯気を立てるお茶を指さして斎は言う。

 火影は呆然として、やってしまったと青い顔をする。




「いや、そういう意味では…」

「火影ですもんね。もちろんできますよね。自分の言ったことは曲げないのが忍道ですよね。」




 一度口を滑らせてしまえば、斎は一歩も引かない。

 ちょっとやそっとで斎には勝てないので、火影はどんよりした空気のまま机に突っ伏す




「きちんと下書きはされてるので、清書は火影でも出来ますよ。」




 斎はポケットに手を入れて、最後の言葉を口にして慇懃無礼なほど深々と頭を下げる。




「ありがとうございます。流石火影ですね。」

「ち、父上様、…」




 あまりの押しつけっぷりに慣れているイタチは困り顔だが、初めて見た、そしてサスケ、ナル
トも呆然としている。

 火の国の火影、里長である。

 斎は他人に結構任務を押しつけたりするとは聞いていたし、イタチがあまりに任務過多であるこ
とは知っていたが、ここまで爽やかに押しつけていくとは思わなかった。




「頑張ってください。」




 項垂れる火影を放ってあっさり踵返した斎を、イタチは追いかける。



 火影の執務室から出て行った二人を見送り、は改めて火影を見た。

 サスケとナルトも火影を見つめる。

 しょんぼりした姿は、一つの里の長とは思えない。




「なぁ、斎さんっていつもあんな感じなのか?」




 ナルトはにこそっと尋ねる。




「わたしも、初めて見た。噂は聞いてたけど。」

「噂?」

「んー、父上様、昔から、仲間思いのところがあるから。」




 うまく暇人の奴らを説き伏せて、書類を押しつけるのだ。

 カカシやら様々な人が犠牲になったと聞いていたが、まさか忍になって最初に見る父の論破の場
所が火影とは思わなかった。




「流石頼りになるな斎さんは。」




 サスケはしみじみと言う。




「でもひとまず、イタチ大変だったんだね。」




 イタチも斎を止めなかったと言うことは、やはり疲れていたのだろう。

 後で労って上げようとは心に決めたが、どうやら3人には項垂れている火影のことは、視界に入
っていないようだ。




「まぁ、手伝いますから。」

 シカクがぽんと火影の肩を叩く。




「うちはイタチが強くて頼りになるのはわかりますが、任務入れすぎたんです。斎さん、怒ってた
みたいですし。」




 イタチの最近の任務過多は少々度が過ぎていた。

 夜も含めて一週間で余裕で二桁を超す任務をこなしていたのだ。

 隣国との作戦で忍が多く外に出ていたこともあり、暗部の任務過多は仕方ないことではあったが
、頼りすぎた面があることも事実だ。

 イタチは命令ならば基本的に従順にこなすため文句を言わなかったのだが、斎はかなり頭に来て
いたようだ。


 斎はいつも穏やかで、表面的にはほとんど怒らない。

 ただ内面ではイタチを酷使する里の上層部に怒っていたのだ。

 小さな反抗の一部である。

 誰も本気の斎に勝てない。



 火影はたまった書類を見て机に突っ伏すしかなかった。



( なやむこと 悩まされること )