イタチが修行をしていた時、それを見ていたに猪が突っ込んできたのだ。はびっくりして動けなかったのだが、イタチは冷静にその猪を倒した。

 冬場の猪はおいしいという。ついでになかなか大きな猪だったのだ。





「ボタン鍋って、おいしいよね。」





 と言うの呟きに端を発し、イタチが調理方法も分からないのに猪を持ち帰ったのが今日の朝方のことだった。




「すごいねー。料理人さん。さばけるんだー。」




 は感心したように手を叩く。

 炎一族邸にいる料理人は、すばらしいことにその猪の血抜きをし、それをきちんと肉の状態にしてくれたのだ。流石に嫌な顔はしていたが、がはしゃいで誉めたため、悪い顔はしなかった。





「いやぁ、久々だよ〜猪なんて。」





 斎は弟子の成果ににこにこ笑いながら、鍋を見つめる。





「俺、猪って初めてだってばよ。」





 斎に好意で呼ばれたナルトはじっと肉をまじまじと見た。確かに食べる機会の多いものではあるまい。少し赤みが強く、脂身が真っ白な気がするが、それ以外言うほど違いは見えなかった。

 大きな鍋には湯気が上がっていて、昆布と鰹が浮かんでいる。だしを取るためだ。白菜やシメジなどのキノコ類、こんにゃく、ついでに白味噌と赤味噌も用意されて、なかなか本格的な出で立ちだ。




「…なんでオレまで呼ばれたんだ。」




 サスケはぽつりとそう言ったが、彼も久しぶりに食べるせいか、肉から目は離れていなかった。






「いやぁ、悪いですね斎さん。オレまで呼んでもらっちゃって。」






 カカシも笑いながら、円座の上に座っている。




「君、独身だろ?鍋ってひとりだと食べにくいからね。」




 元々カカシは暗部においては斎の直属の部下だったという。そのため、何かと仲が良く、斎はたびたびカカシに書類などの作成を押しつけていた。




「そうなんですよね。流石に一人鍋は寂しいんで。」

「とか言いつつ、僕は一人でも鍋してたけどね。食事だけはやめられないんだよね。」




 斎は肩を竦めてへらりと笑った。

 カカシは今独身だが、斎も昔は一人で暮らしていた。両親も二人とも早くになくしている。ただ、斎は食べ物に関してはなかなかうるさいところがあった。元々母親が料理好きだったのだという。

 妻の蒼雪と二人で住んでいた頃は、斎が料理を作っていたくらいだ。




「さて、昆布と鰹をだして、鍋を始めますか。」





 斎は網のついたお玉を持って昆布と鰹を湯の中から上げる。




「おだしをとって、味噌入れるの?」





 は不思議そうに鍋をのぞき込む。




「うん。まぁ今日は肉が多いからね…。」




 イタチは猪丸ごと一匹捕ってきたのだ。

 かなりの肉だったため、親戚の青白宮の家などにもお裾分けをしたが、それでも全員が食べるに十分な量の肉が残っている。




「食べ盛りさんが3人もいるから大丈夫だと信じてるよ。」

「おっしゃー食うぞ!」

「まだ出来てないけどね。」





 かけ声を上げるナルトを一言でいなして、斎はにこにこと笑う。




「はいはい。お豆腐はこちらですわ。」





 やっと任務から帰ってきたのか、まだ荷物を持ったままのの母・蒼雪が入ってきた柔らかに微笑む。手には豆腐。




「あれ?任務って明日までって言ってなかった?」

「休みをとってきましたの。火影をたきつけて。」




 蒼雪はふわりと柔らかな笑みを浮かべるが、ナルトとサスケはぽかんとした。イタチは聞かないふりである。

 と言うのもたびたび蒼雪の暴挙を目撃しているからだ。日頃穏やかだが、彼女は自分のしたいことに関しては絶対に譲らない。どんな手段を使っても、何を犠牲にしてもつかみ取るところがある。

 簡単なところで言うと、休日だ。彼女はとりたい時に、火影を脅して休みを取る。その姿をイタチはたびたび目撃していた。




「あぁ、ボタン鍋。私好きなんですよ。」




 どうしても食べたかったらしい。確かにボタン鍋は冬場の一時期しか食べることのない品だ。気持ちは分かるが、任務放棄はいかがなものか。






「…本当にって、性格にてねぇよな。」




 しみじみとナルトがを見て言う。

 は真面目だ、気も強くない。どちらかというと気弱だろう。対して両親である斎は遅刻魔として有名で、蒼雪は滅茶苦茶気が強い。




「似なくて良かったな。」




 イタチはの頭を撫でながら言って、鍋の様子を確認する。 

 蒼雪とはお嬢様育ちで、正直料理など全く出来ない。ナルトとサスケ、カカシはボタン鍋の作り方を知らないから、知っているのは作った経験のある斎と料理人から作り方を聞いたイタチだけだ。




「それにしてもおいしそうなにおいだね。」




 斎は楽しそうにお玉で鍋の中身をかき回す。




「そういえばカカシまでここに来るなんて珍しいですわね。」

「斎さんに呼ばれましてね。」

「あら、そうですの。」





 蒼雪は軽く小首を傾げてカカシを見る。





「まぁ娘の担当上忍ですしね。七班は優秀な方揃いだと聞いておりますけど、どうですの?」

「…それなりにって感じですかね。喧嘩も多いですし。」





 ちらりとカカシはナルトとサスケを一瞥する。二人は互いに互いのことを見て、ふんとそっぽを向いた。




「別に俺は喧嘩なんかしてねぇってばよ。」

「おまえがいつも突っかかってくるんだろうが。オレは関係ない。」

「なに!?サスケがわりいんだろ!いっつもいっつも!!」

「はぁ?おまえから喧嘩売ってくるからわるいんだろうが!?」



 ナルトとサスケは途端に言い合いを始める。カカシはそんな二人の様子にため息をついた。





「まぁ、いつもこんな感じでして。」

「あらそれは大変ですわね。」

「でも、とサクラは仲良しですよ。な、。」





 カカシは蒼雪を安心させるように言った。





「うん。サクラは優しいし強いよ。」

「そうですの。うまくいってて何よりですわね。」





 蒼雪は着物の袖で口元を隠しながら微笑んで、斎の方を見る。彼は鍋奉行をしながら聞いていたが、だしの味を確認し、一つ頷いた。





「もう食べても良いよ。」





 斎のかけ声と共に、サスケとナルトが同時に同じお玉に手を伸ばす。





「おい、これはオレのだ。」

「いいや、オレの前にあったから俺のだってばよ!」





 お玉の取り合いを初めた二人を横目に、イタチはの手元にあった椀を手に取る。




「俺がとろうか?」

「うん。」





 が頷けば、イタチがサスケの手にあったお玉を簡単に取り上げる。




「…こうしては生き抜いてるんだね。」





 斎はさらりと言う。は気が弱い、だが友人は皆気が強い。そうして彼女はより安全に、穏やかに生き抜いている。ある意味一番強いのはなのかも知れない。
ボタン鍋