豆が並んでいるのをは不思議そうな目でじっと見つめる。そしてその白く小さな手を伸ばした。
「駄目だぞ。これはまだ食べては。」
そんなを、イタチが止めた。
ますに入っている豆は、夕刻の節分のために斎が持ってきたものだ。注意されたは幼い故か、よくわからず、少しむっとした顔をしたが手を引っ込めた。
まだ4歳のに理屈を理解しろという方が無理だろう。
「にいさん、まだだめなの?」
理屈が分かっていても不満を示しているのが、隣にいるイタチの弟サスケである。
この節分の日に両親は弟を家において、任務がないイタチに面倒を見るように言ったのだ。イタチは明日一緒の任務であるのを良いことに、担当上忍である斎の家で泊まる予定だったので抗議したが、父母はともに明日まで帰ってこないらしい。
結果斎の家にサスケをおんぶして来ることになったのだ。
「おまたせー」
少し高くて間の抜けた斎の声が響いて、寿司やら食事と共に焼き鰯を持ってやってきた。
「いつきさん。まめ、たべていい?」
途端サスケが声を上げる。イタチはもう何度止めたか分からず言う気もなくしてこめかみを押さえたが、がまたますの豆に手を出したので、それを一応無言で止めておいた。
「なに?ふたりとも豆食べたいの?固いよ。」
「おれ、まめすき。」
斎は訝しげに困った顔をして見せたが、サスケの答えに少し呆れてを見る。どうやらはサスケがほしがるのにつられておいしいと思っているらしい。
病弱であるためはあまり外に出ない。そのため、同い年のサスケよりも少し成長が遅く、幼くのんびりしていた。多分節分自体もよく分かっていないのだろう。
「ひとまず、これは先に庭にまくんだよ。鬼は外―って。」
「おにはそと?」
が拙く尋ねる。
「あぁ、福は内ってな。幸せはうち、悪いことは外ってことだ。」
イタチが付け足すと、わかったのかわかっていないのか、は大きく頷いて見せた。
「ちなみにね。神社の青鬼姫宮のところでは、鬼はうちーって言うんだよ。」
斎がに笑って教える。
青鬼(せいきの)姫宮はの母親、蒼雪の異母姉の一人で、近くにある鳳凰神社の斎宮だ。盲目の彼女は結婚しておらず、神社に行くと良く相手をしてくれる上、行事ごとの際はよく屋敷にもやってくるので、にとっては優しい叔母の一人だった。
ちなみに蒼雪には異母兄弟があまりにも多いため、がよく会うのは年が近い緋闇姫宮、白炎使いの青白宮、斎宮の青鬼姫宮の三人くらいだった。
他は結婚して出て行った人もいるし、行方知れずの人もいる。全部で6人いた、と言う話だから、半分はどこかへ行っていることになる。
「おにはよいの?おばうえ、だいじょうぶ?」
鬼は悪いものだと言うことは、なんとなくわかるのか、は叔母を心配する。
「うん。鬼は神様って言う考え方もあるんだ。」
「ふぅん。じゃーおにはうちー」
は豆を掴んで、外に放り投げる。
「投げてる向きは、外なんだがな。」
イタチは頭をかきながらに言うが、よく分かっていないらしい。
「なぁ、にいさん。食べちゃだめなの?」
まだ大豆が気になるらしく、サスケが訴える。
「もう勝手にしろ。」
いい加減イタチもその質問に答えるのに飽き飽きしてきて、思わず素っ気なく返すと、サスケは気にせず豆を食べ始めた。
よほどお腹がすいていたらしい。
「あー食べちゃった。」
斎は笑いながら、「おにはうちー」のかけ声のまま豆を外に投げているを抱き上げて、御簾の中に入る。
「さて、お寿司食べようよ。」
太い巻き寿司が並べられている。なかなかおいしそうで、イタチもじっと寿司を見てしまった。
「これはなぁに?」
魚を見ながら、がイタチに問う。
「これはいわしだぞ。鰯。」
「いわし。…にぼし?」
「…まぁ同じ魚だったか?」
よく覚えていない。は少し人より成長が遅いが、記憶力は良い。思考回路は他の子供より遅いのだが、覚えていることは多かった。
「にぼし。すき。」
「ぜんぜんあじちがうと思う。」
サスケがの拙い言葉に反論する。確かに乾ききったにぼしと、普通のあじの塩焼きでは話も食感も随分と違うことだろうが、にはそのあたりがよく分からないらしい。
サスケの抗議も気にしていないようだった。
「おにはうち。」
いただきますの代わりとでも言うようにはもう一度言って、寿司にかぶりつく。ただなにぶん太い巻き寿司の欠片であるため、食べ方が悪く、ぼろぼろと膝の上に中の具が落ちた。
「…、ちょっと気をつけろ。」
「うー?」
は米粒でべたべたになった手で寿司の欠片を拾い上げる。斎はそれを無視した。今手を洗いに行かせても、また食べ終わるまでに米粒を手にへばりつけるだろう。洗いに行くだけ時間の無駄だ。
だが、細かい性格のイタチは、の所行を放っておけなかったのだろう。仕方がなく近くにあった手ぬぐいでの手を拭う。
「細かいなぁ…イタチ。」
本当に、親の斎よりもに甲斐甲斐しいのだ。
「、なんかどんくさい。」
サスケはの食べ方を見てぽつりと零した。
サスケはが自分と同い年であることを知っている。そのため自分と比べてそう思ったのだろう。
「まぁ、ちょっと年の割には鈍くさいかな…。」
親の斎も流石にそう思っている。
よく遅生まれの子にはあるらしいが、同じ学年とは言えはサスケよりも3ヶ月年上だから、それは良いわけにはならない。これが忍者アカデミーに入るまでに是正されるのか。
ちょっと斎自身も不安だったが、そういうことは気にしないことにしている。
生きていてくれるだけで良い。体の弱いに対して親が望むのは早い成長ではなく、ただ生きていてくれることだけだ。
「まぁ、僕からしてみれば鬼は外だけどね。」
斎は戯れるように豆を掴んで、それを軽く放り投げる。
節分には、一年の無病息災を祈る意味もある。娘が体が弱いことを考えれば、鬼が神かどうか確証がとれないうちは、やっぱり鬼には外にいてもらわなければ困るような気がした。
節分
( 2月 )