二人暮らしを始めた頃は、大変だった。






「・・・何してるんですか?イタチさん。」



 とイタチのアパートの扉を開けたサクラはじっとイタチを見つめる。こじんまりしたアパートは玄関のすぐ先が台所だ。


「何って、料理だ。」




 真剣な顔で彼が見つめていたのは、物差しとほうれん草だった。




「あーイタチが料理してる。」




 呆然としているサクラをよそに、はとてとてと靴を脱いで部屋に入り、彼の隣に並ぶ。そして彼の近くにあった紙切れを手に取った。




「ほうれんそうの、ぽんず?」




 が読み上げた言葉に、そりゃほうれん草を湯がいてぽんずをかけるだけだから、料理と言わねぇよとサクラは突っ込みたくなったが、とイタチが真剣な顔なので、黙るしかない。




「これ、誰のレシピ?」




 はイタチに尋ねる。




「斎先生からだ。簡単にできるという話だったんだが。」




 どうやらの父、斎のレシピらしい。

 ほうれん草を湯がくそれだけをレシピと言うべきなのかも大きな疑問だが、彼は長らく一人暮らしをしていたと言うから、簡単なものを提示したのだろう。それでも初心者のイタチとにとってはハードルが高かったらしい。




「適当な幅にほうれん草を切るって書いてあるんだが、適当な幅ってどのくらいだと思う?」




 真剣にイタチはに尋ねる。物差しを凝視していたのは、そのためらしい。




「・・・どのくらいだったっけ?」




 は自分の食べていたほうれん草を思い出そうと懸命になる。

 だがじっと今まで当たり前のように食べていたほうれん草のサイズを考えたことなどそもそもないため、思い当たらなかったようだ。




「五センチ、くらいかな。」 




 至って適当な答えを返した。




「そうか。じゃあ五センチで。」




 二人ともきちんとしていそうで、案外適当だ。イタチも悩んでいた割にあっさりの意見を尊重し、物差しをまな板の上に置き、まるで初めて蛙を解剖する医学生のように慎重な手つきで包丁を握り、ほうれん草をきちんと五センチに切っていく。




「・・・・・・」




 なんだこのシュールな光景。




「斎先生も不親切だな。鍋の大きさとか、水の量とか、あ、あと塩の量のひとつまみって何グラムなんだ?」

「・・・?そうだね、お鍋?これで良いのかな?」




 イタチはいろいろ細かいが、は結構適当だ。あっさりとその辺にあった鍋をひっつかむ。そもそもこの家に今のところ鍋は一つしかないので、選択肢はないし、水の量など適当だ。だがイタチはきちんとはからないと気が済まないらしい。




「ほうれん草が265グラムだから。水は何グラムぐらいなんだ?」

「倍ぐらいかな?」

「じゃあ、530グラムで。」




 きちんと水の量まではかって、ガスコンロの上に鍋を置く。




「あれ?火がつかないぞ。」




 イタチは真剣な顔で今度はガスコンロをかしゃかしゃしている。どうやら押してから回すというそもそものガスコンロの発火構造理解していないらしい。




「なんか変な音とにおいがする。」

「ガスは出てるみたいなんだがな。」




 それってすごく危険ですよと思いながら、サクラは仕方がなくコンロに歩み寄った。




「良いですか?まず押してからまわすんです。」




 家にあったのもガスコンロであったため、サクラは使い方を知っている。と言うか常識として知っている。

 だが、とイタチは火がついたことに感動したらしい。




「すごいー。サクラすごい。」

「簡単に火がつくなんて、最近は便利なんだな。」




 とまったく的外れの感動を示した。




「・・・」




 こいつらは天才の皮を被った馬鹿か。

 サクラは思わず頭痛がした。日頃の忍びとしての才能など吹っ飛んだようなぼけっぷりである。二人が二人暮らしを始めたのは三日ほど前で、荷物を運び込んで、本格的にいろいろなものが使えるようになったのは、昨日だと聞いている。

 サクラは数ヶ月前に一人暮らしをはじめ、やはり慣れないこともありいろいろ大変だと思ったこともあったが、これほどに危なっかしくはなかったと思う。おそらく、二人とも家事について全く知識がないのだろう。




「ひとつまみって、何グラムぐらいだ?」

「じゃあ10グラムぐらいで。」

「じゃあ10グラム。」




 イタチもイタチできちんと量をはかるくせに、適当なの指示に従っている。




「ふたりとも、料理の経験は?」




 サクラはとイタチに尋ねる。すると二人はきょとんとした顔をしてサクラの顔を凝視し、ふたりして顔を見合わせた。




「ないよな。」

「ないね。」




 炎一族邸では基本的に侍女や女中が料理をするし、うちは一族では母がすべてをやっていた。と言うことで、やイタチが家事をすることは全くない。

 そのため、ろくに見たことすらなかった。




「沸騰したら入れるって、沸点を超えたのをどうやって理解するんだ?ついでに塩は一体いつ入れれば良いんだ。」

「水の温度計はないしねぇ。」




 真面目な顔をして言うイタチに、も真顔で困った顔をする。




「・・・・・」




 突っ込みどころが多すぎて一人で捌ききれない、とサクラは頭を抱える。




「ひとまず!沸点なんて適当に泡が出てきたらそれで良いから!」

「え?」

「ついでに湯がき終わった後に水で冷やさないといけないから、ざるとボールの中に水用意する!!」

「・・・?水はどのくらいいるんだ?」

「ほうれん草が入るぐらいだったらどれくらいでも良いから!!」




 動きの遅い二人に、サクラはてきぱきと指示していく。




「すまないな。まったく家事をやったことがなくて。」




 ボールに水を入れて用意しながら、イタチは申し訳なさそうにサクラに言う。

 彼は自分が家事能力が全くなく、明らかに常識レベルから欠落しているという自覚はあるらしい。ちなみには自覚すらもないのか、きょとんとして、「サクラって物知りだね。」といつもの調子だ。自分がおかしいという自覚すらない。

 20歳と15歳にもなって、これほどにものを知らないものだろうかとサクラは困るが、やはり特殊な一族で育ったと思っておこうと自分を慰める。

 何が偶然で、こんな非常識な二人が二人暮らしを始めることになったのか。

 インスタント食品ばかりを食べているナルトでももう少しましに料理が出来ることだろう。今彼は里にいないが。




「いったいどうやって暮らしていくんですか?」




 思わずサクラはそう素直に尋ねてしまった。




「・・・まぁどうにかなるんじゃないか?」




 イタチはあまり心配していないらしい。あっさりとそう言って、買ってきたのか近くにあった料理本を見る。だが分かるところは少ないのだろう、すぐに眉を寄せた。はと言うと、全く意味は分からないらしく、写真だけをただ見ているようで、すぐにイタチの隣から頁をめくろうと手を伸ばした。

 んな適当な、と思ったが、サクラはひとまず言わないことにした。



二人 ( 複数であること 二人 )