正直心臓が飛び出そうなくらい早く脈打っている。

 落ち着かずに腰を動かすと、セミダブルのベッドがぎしりと鳴って、それにすら肩を震わせてしまう。

 薄い長襦袢姿のまま、は長い紺色の髪をタオルで拭いた。




「ドライヤー、使わなかったのか?」




 風呂場からイタチが濡れた髪をタオルで拭きながら、やってくる。




「え、あ、う、うん。」




 自分でも声がうわずったのが分かった。

 そういえば髪にドライヤーをかけるのすら忘れていたが、今からドライヤーを取りに行くこと自体、変だ。

 どうしようと思っていると、イタチは怪訝そうな顔をしたが、「そうか。」と言って、の隣に座った。

 イタチがセミダブルのベッドの上に座れば、重みでぎしりとまたベッドが鳴って、は彼の顔を見ることも出来ずに自分の首に掛かったバスタオルをぎゅっと握りしめてしまう。




「・・・おまえ、」




 イタチは苦笑して、相変わらず適当に自分の髪をタオルで拭いている。

 彼は別段緊張していないようだ。

 それを感じて、自分だけが酷く怯えている気がして、情けなくて、申し訳なくて、けれど鼓動は相変わらずおかしくなるんじゃ無いかと言うくらい早く、どうしたら良いか分からなかった。

 14歳にもなれば、女友達の話から、恋人同士で何をするかくらいは知っている。

 それは病弱であまり外に出なかったも例外ではなく、恋人がいるのでなおさらそう言ったことを想像しなかったわけではない。

 だから、覚悟はしていたつもりだったが、実際いざことになると今にも逃げたい気持ちばかりだった。




「ひとまず、」





 イタチは大きく息を吐き、がしりとの首に掛かっているタオルを掴む。




「髪を拭け。髪を。」




 無理矢理を後ろ向けにし、のタオルをとっての髪をタオルで丁寧に包んでいく。

 当たり前のようなイタチの態度に驚きながらも、やはり首筋に当たる自分の髪やタオルがくすぐったくて、むずむずする。

 大体髪が乾いたところで、イタチが後ろから腰に手を回して抱きしめてきた。

 少し油断をしていたこともあり、思わず体が跳ね上がる。




「そんなに怖がるなよ。」




 が怖がっていることになど、とっくに気づいていたらしい。

 大きな手がお腹あたりに当たっていて、その温かさを認識した途端に肩を竦めたが、はうっすらと目を開いた。




「ち、ちが、」

「嘘。怖がってる。」




 後ろから耳元を吐息がくすぐるのを感じ、いたたまれない心地になった。




「緊張しすぎだ。」




 イタチはに回していた腕を放すと、自分の首に掛かっていたタオルとのタオルをそのあたりに放り投げた。

 はこわごわとイタチの方を振り向く。

 彼はそのあたりに置いてあったベッドサイドの本を片付けていた。あまりにいつも通りの様子には逆にどう声をかけたら良いか分からなかった。




「嫌なら今度にしよう。」




 イタチは苦笑混じりに、本を本棚にしまいながら言った。




「え?」




 は予想外の言葉に、ぽかんとしてしまう。




「別に怖がらせたいわけじゃないしな。二人暮らしになったからって、すぐにしなくちゃいけないことじゃない。」




 イタチはあっさりと言って、本をきちんと順番通りにしまい終えてから、ベッドの方へとやってくる。

 そして目をぱちくりさせているを見て、くしゃりとの頭を撫でた。




「で、でも、」




 わたし、もう15歳になるよ。とは思わず本音が出そうになっていた。

 イタチは20歳で、より5歳も年上で、皆口をそろえて普通なら手を出していても十分におかしくないと言う。

 けれど炎一族邸で同居してからも、彼がに手を出したことはなかった。

 キスなどは普通にするし、抱きついたりもするが、両親同居だったせいか、一度もイタチがを抱いたことはなかった。

 二人暮らしをすればそういうこともあるのだろうと覚悟をしていたは、逆に何とも言えない気分になった。

 確かにイタチの言葉に安心したのも事実だったが、落胆もある。

 何でだろうという気持ちも大きくて、どうしたら良いのか、なんと言えば良いのか、よくわからなかった。

 イタチはの言葉に、そっとに手を伸ばしたかと思うと、とんとそのままの肩を押した。




「へ・・?」




 状況について行けず、そのまま後ろ向きには倒れる。

 あまり柔らかくはない安物のセミダブルベッドは、ぎっとスプリングの音をさせてを受け止め、またもう一度大きく鳴る。

 イタチが倒れたの上に乗る。は下からイタチを見上げて、「ぁ、」と現実味のない声音を上げた。

 下から彼の顔を見上げるから、影がかかって表情は暗い。




「・・・え?」




 がいまいち目の前のことについて行けないでいると、イタチの手がの腰元にある長襦袢の紐をといた。

 大きな手が首筋から大きな肩の線をなぞって、長襦袢の襟元をくつろげていく。




「ゃ、」




 手の感触を意識した途端に、小さく悲鳴を上げ、肩を竦めてはきつく目を閉じた。

 の様子に気づいてか、気づかずか、イタチは相変わらず無表情のまま、肩を通ってわきあたりに手が滑っていく。

 胸に触られた時、の体が大きくはねた。




「や、いた、」




 怖くて体が震え出すのが分かった。

 けれど見上げたイタチは無表情でただを見下ろしていて、手は止まらない。




「や・・・ふっ、」




 拒絶の言葉を口にしようと口を開こうとすれば、そのまま唇を重ねられて、言葉すらも奪われる。

 舌が絡められ、ベッドに押さえつけられているため唇から逃れることも出来ず、イタチの肩を押すと、その手はイタチの手に捕らえられ、そのままベッドに押さえつけられた。

 はその手から逃れようと力を込めたが、びくともしない。

 の決して大きくない胸を大きな手がたどるよう撫でて、頂を指が軽く撫でたのが分かって、涙がこみ上げてくる。




「ぇ、ぁ、」




 口付けの苦しさと、涙が溢れてきて、呼吸が不規則になり、ひっ、と変な嗚咽を漏らせば、やっとイタチがはっとした様子で手を離した。




「い、」




 いたちと呼ぼうとしたが、鼻をすすって声がうまく出ない。




「・・・悪い。」




 イタチはばつが悪そうに眉を寄せて、の上からどく。

 そしていつも通り、の頭を撫でようと手を伸ばしたが、はその大きな手が怖くて、瞬間的にぎゅっと目をつぶってしまった。

 一瞬の頭をイタチの手が掠った気がしたが、が恐る恐る目を開けた時、イタチはベッドから立ち上がっていた。




「怖がらなくて良い、今日は俺は隣で寝るから。」




 隣には予備の布団と小さな居間がある。一瞬イタチが傷ついたような顔をしているのはにも分かったが、にもどうして良いか分からなかった。





不安 ( 安定性のないこと )