「・・・ごめんなさい・・・」




 真っ青な表情と消え入りそうな声で、帰って来るなりはそう言った。

 あまりにの表情が曇っており、深刻な顔だったので、イタチはショックも何もかも吹っ飛んだ。

 と言うか自分が受けていたショックなんて、の受けたショックに比べれば些細だったのかも知れない。




「い、嫌だったん、じゃ、なくて、ただ、びっくりして、・・・ごめ、」




 言いながらくしゃりと表情を歪めて、紺色の大きな瞳に涙をいっぱいためる。

 なんでこんな深刻な顔をしているんだろうと、イタチはの前に膝をついての顔をのぞき込む。




「泣かなくて良い。どうしたんだ。」

「わ、わたし、逃げて、さ、サクラに・・・」

「サクラに?」

「イタチ、びっくり・・、したと思うって、」




 言われて、とは声にならない嗚咽を漏らした。

 よく聞いてみると、どうやら逃げてきたに、サクラが“突然逃げてきたら、イタチさんは自分が怖がられて、怖さのあまり逃げたと思って、びっくりしたし傷ついたと思うよ。”と言ったらしい。

 は怖くてどうしたら良いか分からなくてサクラに愚痴りに行ったのだろうが、そのことを聞いて慌てたのだろう。

 多分そこまで考えていなかった。

 で、イタチの心境を慮っていたたまれなかったのだ。




「ほら、そんなに泣くんじゃない。」




 イタチはそっとの白い頬に伝う涙を拭う。

 比較的は他人の立場に立ってものを考えられる優しい性質を持っている。イタチもそれが好きで、傍にいる。

 はイタチに何でも話さなくなったけれど、精神性が変わったわけではないのだ。




「ご、ごめんね、本当に、ごめんなさい、」

「良いよ。俺も少し焦りすぎてたんだ、きっと。」




 の涙を親指で拭いながら、イタチも笑って額をつきあわせる。

 ももう15歳で、イタチなどは20歳で、確かに恋人同士だから、こういうことをしてもおかしくない年齢だ。

 けれど病弱で家にばかりいたは少し成長が遅いところがある。




「そ、そんなこと、ないよ、」

「でも、は怖かったんだろ?」

「そ、それは、そうだ、けど、サクラ、早くないって、言ってたもん。」




 どうやらサクラがイタチをフォローしたらしい。

 サクラは相変わらずぐっじょぶだな、とイタチは心の中で思いながら、の頬を優しく撫でる。




「こ、こわい、けど、いや、じゃない。」 




 は俯いてそう言ったが、恥ずかしかったのだろう、顔を真っ赤にしてイタチの手に自分の手を重ねる。




「それは、俺は良いのか?悪いのか?」




 イタチはの言葉に納得したし、安心したが、正直どうしたら良いのか分からなかった。

 嫌じゃないなら、しても良いのかも知れない。でも、怖いと逃げられるのはこちらも傷つくし、はどう思っているのだろう。

 もう少し待って欲しいのか、それとも、怖くても良いと思っているのか。




「う、」




 はストレートな質問に肩を揺らして、ますます頬を染めた。そして躊躇いがちに口を開いて、小さく頷く。

 それは、良いと言うことなのだろう。




、」




 イタチはの細い体を抱きしめると、壁に押しつけるようにして口づけた。

 は驚きに目を見開いたが、しばらくすると目を閉じ、昨晩のような酷い怯えや、緊張は見せず、素直に応じてみせる。

 イタチは昨晩のことが尾を引いていないことを確認して、舌を差し入れる。




「ふっ、ぁ、」




 息継ぎの合間に、が悩ましげな声を上げ、うっすらと目を開く。

 涙の幕に覆われ、ゆらゆらと揺れる紺色の瞳は酷く扇情的で、イタチの方がどうして良いか分からなくなる。

 もう少し自分は冷静だといつも思うのに、の前ではそんなこと考えられないくらいかき乱される。


 理性が激情にかき消されるのは忍としては絶対にあってはならないことで嫌悪感すらある。

 けれどに対して感じる激情や、本能は決して嫌いではなく、むしろ自分をかき乱す感情がたまらなく心地よかった。




「ぁ、」




 は膝に力が入らなくなったのか、そのままずるずると壁に背中を預けたままへたり込む。

 それでもやめられず、二人で今の畳の上に座り込んで、でも時間が一瞬でも惜しくて舌を絡め合う。




「はっ、た、ち、」




 唇はそのままに、の着物の帯をといていく。

 手探りだし、焦っているのか、なかなかうまく帯が解けなかったが、一本の紐を外せば簡単に緩んだ。

 帯が緩めば着物などはだけるのは簡単で、壁から今度は畳の上にずり落ちて二人で転がる。

 白い肌は吸い付くように滑らかで、傷もなくて、幼い頃とは違う柔らかな膨らみも、小さかったけれど、ぞくりとした。




、」




 唇を離して、額を合わせる。目の前にあるのは紺色の大きな瞳だ。

 肩を揺らして呼吸をしながら、目を合わせるのが恥ずかしいのか、は所在なさげに、ふわふわと視線をさまよわせていた。




、」




 もう一度名前を呼ぶと、おずおずとこちらを見上げてくる。




「俺で良いのか?」




 確認するように尋ねる。

 意に沿わないことはしたくない、大切にしたいと思う気持ちは、昔も今も変わっていないから、もう一度確認する。




「・・・イタチしか、考えたこと、ないよ。」




 本当に小さい、聞こえるか聞こえないかの、すねたような、子供のような呟きだった。




「ありがとう。」




 それに心が満たされるような思いがして、イタチは笑う。

 の言葉にショックを受ける時もある。彼女の言葉は一番痛い。でもその反面、彼女の言葉は簡単にイタチを幸せにする。




「イタチ、好きだよ。」



 はイタチを見上げて、落ちてきたイタチの黒い髪をそっと掻き上げて、恥ずかしそうに口を開いた。 




「愛してるよ。」




 優しい響きの言葉にイタチは目を閉じて聞き入っていたが、そっとの耳元に唇を寄せる。




「ん、俺もだ。愛してる。」




 そう言って、の耳たぶを軽く口に含む。




「ひゃっ!」




 驚いてが声を上げ、肩を竦めたが、前のように怖いと泣くことはない。

 それを確認して、イタチはの肌を手でまさぐって、着物をはだけさせていく。は身をすくませたが、もう否定の言葉は口に出さなかった。




「うぅ、すごく、恥ずかしい、顔から火が出そう。」




 の太ももを撫でた時、まだ着物を脱がされているだけで余裕があるのか、泣きそうな顔では言った。

 その緊張感のない言葉に笑いながらも、初めてなんてこんなもので良いのかも知れないとイタチも思った。


普遍 ( 変わらないもの 変わらないこと )