「案外イタチって根に持つタイプだったんだね。」




 の父・斎はころころと笑いながら、とそっくりの明るい笑みを浮かべる。




「ブラコンだから許すのかなーとか思ってたけど、案外そうでもないンだね。」

「・・・」




 サスケは渋い顔で彼を見上げて黙り込むしかない。

 斎はサスケが里に戻ってきてからも変わっていなかった。

 マダラとの戦いの折、色々と怪我もしたし、倒れたりもしたそうだが、それでも今の彼がかつての彼と見た目は変わったようには全く見えない。

 そして彼はイタチが尊敬する価値のある、確固とした意志の持ち主であることを、既にサスケは疑っていなかった。

 その穏やかさも、奔放さも、本当はすべてを理解していても言わないことも、かつて焦っていたサスケにとっては苛立ちの対象であったが、今は度量の大きさの表れだと言うことを理解している。

 ただ彼のサボり癖はどうしても真面目なサスケには許せないが。




「これ、書類だ。」




 まとめてサスケは彼の前に出す。

 綺麗にまとめてあるその書類は、とサクラと戦った時の始末書に近いものだった。元々サスケが書くということになっていたが、怪我で入院などしていたため、遅くなってしまっていた。




「あぁ、ん。ありがと。」




 斎はそれを受け取り、中見も確認せず、隣の書類の山に置く。

 というか、既に部屋の机は未処理の書類ですべて埋まっていて、斎が判子を押すためのスペースしか残っていない。




「・・・書類、片付いたのか。」




 イタチと新旧七班メンバーは、明日から温泉に行く。

 同じ時期に良い機会だと休みを取ったのが、斎と蒼雪である。

 相変わらず仲睦まじいの両親は、子供が自立したことを良いこととみて、同じように風の国近くの保養地に、風の国のエビゾウ、この間仲良くなった雷影などと一緒に行くらしい。

 だから明後日には仕事納めとなるはずなのだが、どう見てもこの書類は終わる量ではなさそうだった。高く積み上がった書類は優に斎の座高を超えている上、机を埋め尽くしている。




「え?無理じゃないかな。」




 斎は手を広げて、お手上げといったポーズをとってみせる。




「だってー、そもそもなんか煩雑な仕事増えたんだもん。僕には無理だよ。」




 暁の台頭と忍界大戦の細かい処理は、未だ残党狩りと煩雑な書類という形で残っている。

 特に暗部の親玉である斎は煩雑な書類がどっさりと任せられてしまい、もともと苦手な彼は全く手をつけていないようだった。




「・・・斎様、あんまりやらないとイタチを呼びますよ。」




 扉を開いてやってきたヤマトが、諫めるように斎に言う。




「えーだって、こんなの無理だって。無理。」

「わかりました。イタチ様様ですね。ちょっとそこの、イタチを呼んできてくれないか。」




 ヤマトの判断は速く、斎の答えを受けて、外にいた見張りの忍に声をかける。




「のーーーさんきゅーー・・・」




 斎は机に突っ伏していやがったが、後の祭りだ。



「・・・なんでそんなにやらないんだ。あんた。」



 斎は馬鹿ではない。やる気になればかなり有能な人物だ。

 それは忍としての技量と、上層部からの評価、そして人望が物語っている。日頃から真面目にやっていればこれほど困らないだろう。他者と比べれば彼は遙かに有能なはずだ。有事の際は必ず前に出て、誰よりも良い働きをする。

 なのに、平時のサボり癖が極めて酷い。




「僕昔から駄目なんだよ。宿題はやらないか、夏休みの最後、ってか最後どころか提出日の朝に必死にやって間に合わないタイプなのー。」

「・・・最悪だな。」

「こんなにいっぱいやる気しないじゃん。どこからやるのさー。」 




 それはためてためてためまくるからだろう・・・・とサスケは思ったが、その間にイタチがばたばたと走ってやってきた。



「イタチ、まただよ。全然やってくれないんだ。」




 ヤマトは困ったようにイタチに言う。イタチはぎょっとした顔で未処理の書類の山を確認すると斎の机の前に腰に手を当てて仁王立ちした。




「先生、これはなんですか・・・。」

「えー、書類の山。」

「貴方、明後日から休みとるんですよね。」

「とるよー。絶対とる。」

「じゃあ、やれ。」

「やだーー」



 まるで宿題をやれと言う母親と嫌がる子供のような会話に、一瞬沈黙が落ちる。




「・・・わかりました。じゃあ休みはなしですね。」




 柔らかな微笑みを浮かべて、イタチは宣言する。




「やだよ。絶対行くよ。」

「行かせません。雪さんに言っておきます。」

「いやいやいや、絶対行くよ。」

「暗部全員の名にかけて、行かせませんよ。」

「え?」




 斎は小首を傾げて、ふっと気配を感じて自分の後ろにある大きな窓の方を見る。

 面姿の暗部の忍の顔が窓目から2つ、じっと斎の方を見ている。斎が壁の方を見ると、そこにも一人、天井に二人、別の窓に三人、ついでに、扉の所には10人くらいの暗部の忍がじっと同じように面のまま斎を見ている。




「え?ちょっ・・・」




 あまりの事態に、斎は右の唇の端を上げてひくりとさせる。




「いつも逃げてばっかりとはいきませんよ。」




 イタチの満面の笑みが酷く怖い。

 サスケはそれを見て、この三年間、兄も成長したのだなと理解する。

 3年前までも彼は斎の副官であったが、いつも斎に逃げられてばかりで、後処理を自分でしていた。逃げることへの警戒はしていたようだが、いつもうまく逃げられていたのだ。

 どうやらここ3年で、逃がさない方法を考えたようだ。




「うーー。」




 渋々、斎は書類に嫌そうな顔で手をつける。イタチは隣で仁王立ちして見張っている。



「本当にイタチ様様だよ。」




 ヤマトはあっさりとそう言って、サスケを見た。




「もう斎様が暗部に来て、20年?いや、もっとかな・・・になるんだけど、斎様をここまで使いこなしたのはイタチだけだよ。」




 彼のサボり癖は、暗部の平の頃からのもので、全く変わっていなかった。

 今まではサボろうが何しようが誰も言う人間がおらず、挙げ句逃げられてばかりで、イタチが彼の弟子になってから、朝に定刻通りたたき起こすようになっただけでもありがたかったが、最近では斎に書類をさせる方法まで覚えた。

 これは里内では大きな快挙である。

 今までこれをなしえた人間は誰もいなかった。四代目火影ですらも。




「おかげでイタチの人望はうなぎ登りさ。」




 比較的暗部は一筋縄ではなかったが、最近ではイタチが斎への対抗のために暗部全員に協力を求める方針を打ち出したことによって、イタチは逆に暗部の平から分隊長まで皆と関わる機会が増えた。

 元々根は真面目で優秀なイタチだが、人とコミニケーションをとるのが苦手で、だからこそいろいろもめることも多かったのだ。

 そう言ったコミニケーションの欠如が生み出す勘違いは、イタチと直接関わることによって、大方は簡単に解けた。




「いろいろ大変なんだな。暗部も。」




 サスケはイタチに怒鳴られ、不平不満を言いながらも書類をしている斎を眺めながら、成長って大切だなと思った。




操縦力 (人を操るちから)