冬場に入り、が風邪を引いたのは2月に入った頃だった。



「45.3℃。今日は休みだな。」




 イタチはセミダブルのベッドで眠るを上布団からぽんぽんと叩き、体温計を読み上げた。




「うー、」 




 はベッドの中で唸っている。熱が高く、頭が痛いらしい。




「は?45.3℃?」




 サスケは隣からイタチの持っている体温計をのぞき込む。

 常識的に考えればそんな体温をしていたら死んでいる。兄の読み間違いだろうと思ったが、体温計が示している温度はまごうことなく45.3℃だった。



「・・・」

は火に強いぶん、体温も高いからな。」



 イタチはなれた様子で言って、近くに見える台所への棚から薬を探すべく、ベッドサイドから立ち上がった。

 サスケはそんな兄の背中をぼんやりと眺めた。

 サスケが里を離れていたこの3年ほどの間に、兄とは二人暮らしを始めていた。

 の実家を出ていたのは予想外だったが、結局紆余曲折の末、サスケは結局里に戻り、うちは一族の集落は立ち入り禁止になっており暮らすことも出来ず、途方に暮れたサスケにとってありがたかった。

 とはいえ、驚くほどに狭い家だ。

 セミダブルのベッドがある小さな寝室と隣に小さな居間。台所しかないアパートメントにサスケが滑り込んでしまったこともあり、結局サスケは小さな居間を使っている。



「俺は今日任務だが、おまえは休みか?」





 イタチは薬を探しながら、サスケに問う。



「休みに決まってんだろ。休みならな。」




 サスケは基本的にまだ里に信用されていない。

 改心した、と言っても正直上層部を手にかけた犯罪者でもあり、希少な血継限界がなければ、殺されていただろう。

 そのため、任務に出される時は友人であり、サスケが大切に思っていると上層部も認めている、サクラ、ナルトの誰かが隊長となる時だった。

 今日の任務はが隊長の予定だったから、が熱を出して休みならば自分も間違いなく休みだろう。



「じゃあ悪いが、おまえを頼むぞ。」



 イタチは今日、暗部の任務が入っている。

 内容はサスケ達には知らされていないが、暁の残党が相変わらずうろうろしていることもあり、それなりに彼は忙しくしている。



「あぁ、わかってる。」



 サスケは素っ気なく答えたが、当然のことだった。



「ないな。」



 イタチは薬が棚から見つからなかったのか、小さく息を吐いてもう一度の所に戻ってくる。

 は血継限界が特殊で、身体機能もまた常人とは少し違うため、市販の薬を使うのは非常に危険だ。

 そのため、置いてある薬では駄目だったらしい。



「俺がサクラを呼びに行こうか?」



 薬がないのならばイタチがまだ出かけない今のうちにサクラを呼んだ方が良いかとサスケは思ったが、イタチは首を振った。



「必要ない。俺はすぐに出るし、任務をもらいに行くついでに綱手様にの休みも言ってくる。綱手様から聞けば、サクラが飛んでくる。」

「そうか。なんだか恐ろしく仲良くなったんだな。」



 サスケがいない3年の間に姉妹弟子になっていたとサクラの絆は驚くほど深まったらしい。

 サスケであっても仮に生意気なことを少しでもに言おうものなら、サクラのパンチが飛んでくるほどだ。

 チームワークも恐ろしく良いため、二人は頼りになると年上の上忍たちは言っていたが、生意気なことを言うと大けがを負わされるからと最初に注意された。

 サクラが近距離とが長距離に特化していると言うことで、相性も極めて良いのだ。



「そうだな。俺もいろいろお世話になった。」



 イタチはとサクラの関係をうまく利用していたらしい。

 は結構自分の気持ちを隠しがちなのだが、それをサクラが聞き出し、イタチがそれを聞くことによっての感情を理解して対応するという絶妙なコンビネーションを見せていたと、サスケはサイから聞いた。

 そのためか、イタチとサクラはかなり仲が良くなっていた。

 正直サスケからしてみればそれにも驚いたものだ。



「それにしても、は大丈夫か?」



 サスケは数年間必死で修行したといはいえ、医療忍術はさっぱりなので、の顔を見ても辛そうなことしか分からない。

 息は荒く、熱そうなのに、顔色は驚くほどに白い。

 が自分の持つチャクラを押さえきれず、体調を崩していた昔を思い出して、サスケは漆黒の瞳をゆったりと細めた。

 幼い頃に戻ったような気分になる。何も知らず、楽しかった昔。



「まぁどうせ、最近はやりのインフルエンザだろう。」



 イタチはの額に張り付いた髪を撫で、大きくため息をつく。



「ナルトからのもらい物じゃないのか?・・・馬鹿は風邪引かないって言うのに、」



 サスケはふっと思い出す。

 先週、ナルトは突然ふらふらしながら任務にやってきた。

 彼は滅多に風邪を引かないため、熱というのが分からず、なんか今日は足下がおぼつかないし頭がなんか重たいと二日酔いみたいなことを言っていた。

 サクラの助言で熱を測ってみると38度を超す高熱。

 今年のインフルエンザは強力だという話は聞いていたので全員納得していたのだが、ナルトはと言うと自分が熱を出し、しかもそれが有名なインフルエンザだということに感動して綱手にまで自慢しに行っていた。

 そうしてインフルエンザウィルスを遠慮なくまき散らしたわけだ。



「馬鹿は風邪を引かないか・・・、そういえば俺は斎先生が風邪を引いたのを見たことがない・・・。」

「え?」

「もうかれこれ彼を知って15年以上になるが、一度もないな・・・。」

「マジでかよ。」



 イタチの話に、サスケはの父親である斎の顔を思い浮かべる。



「あれは違う意味で化け物だからな。」



 自分の師に対してだが、イタチの言葉は辛辣だ。

 里を抜けて3年もたてば、人は変わるもので、皺が増えたりするものだが、斎だけは昔と全く変わらぬ笑顔でサスケを迎えた。

 笑顔も変わらなかったが、顔も変わっていなかった。

 サスケの両親と違って年が一回りほども若く、童顔だというのは昔から思っていたが、斎は顔も性格も全く変わっておらず、サスケが帰ってからも何度も任務をサボって逃げていた。

 特にとイタチが二人暮らしをしてから、いつも朝にたたき起こすイタチがいなくなり、遠慮なく爆睡して遅刻するようになったそうだ。

 まともに上忍たちと共に任務に出るようになって初めて、イタチの気苦労が分かった気がした。



、俺はひとまず任務に行ってくるから、帰りにほしいものとかあるか?」



 イタチはの枕元を叩いて、に尋ねる。



「んー、真桑瓜が食べたい。」



 はうっすらと目を開けてふらふら視点をさまよわせたが、ぼんやりとした声音で言う。



「わかった。帰りに買ってくるよ。ただサスケが飯を作ってくれるだろうから、ちゃんと食えよ。」

「・・わかった。」



 体調を崩すとすぐに食が細くなるだ。

 風邪の回復方法はよく食べ、よく寝るというのが基本であるため、食が細くなるのは一番いけないことだ。



「なんか、小さい時みたいだね。」



 は上布団に顔を埋めながら、ぽつりと言う。

 イタチがの傍にいて、サスケが心配そうにを遠巻きに見ているのが、昔のうちは兄弟の立ち位置だった。



「確かにな。」



 イタチも同じことを思っていたのか、笑っての額に口づけた。


風邪姫