「で、サスケはあれからすっごく不機嫌なの。でね・・・」



 コンクリートの薄暗い部屋に、の明るい声が反響する。それはこの場所には酷く不釣り合いで、けれど、光のように明るい声音だった。



「そうなの?でもサスケはいつでも怖い顔をしてるでしょう?」



 イタチの母ミコトは柔らかに微笑む。

 と彼女の前には鉄格子があり、鉄格子の向こうは小さな部屋で生活空間になっているが、壁にはチャクラを封じる呪印がいっぱいに描かれていると同時に、ミコト達にもそういう忍具がはめられている。

 こここは地下数百メートルの元にある、犯罪者用の地下牢だった。

 うちは一族の人間の多くが、あの反乱を起こしたという一件以降、ここに留められ、服役している。 



「怪我は、大丈夫なの?」

「うん。綱手様が治療してくださったし、わたしはチャクラも多いから大丈夫だったの。サスケもちょっと大けがだったけど・・・」

「サスケは良いのよ。男の子なんだから、ちょっとくらい。・・・そう。それは良かった。」 



 ミコトは胸をなで下ろす。

 話していたのはこの間のナルトとサスケ、とサクラがタッグを組んでやった本気の模擬戦の話だ。

 牢にいるミコト達はサスケが帰ってきて、一度面会もしているが、それでも里の状況は分からないし、基本的に忍界大戦のことも、サスケが大きなことを起こしたことに関しても、何も知らされていない。

 が話すこと以外は。



「それにしても、本当に私たちのことは気にしなくても大丈夫なのよ?怪我とかをしたなら、なおさらね。」



 困ったようにミコトはに言う。



「うぅん。大丈夫。もうなおっているから。」



 はミコトの気遣いに微笑んで首を振った。

 3年前から、一週間に一度くらいのペースではここに来ている。ミコトも最初も何をしに来たのかと思ったが、勝手に今日はイタチとこんなことをした、あんなことをした、ついでにイタチは元気だと話して帰って行くのだ。

 他のうちは一族のものも収監されているから、そう言った人物に罵られることもあったが、はこの三年間、ここに来るのを絶対にやめなかった。

 単調な生活を送っているミコトや後ろに控えているフガクにとって、息子達の動向が聞ける、僅かなりとも外の状況が聞けるのはありがたいことだったため、少しずつと話すようになった。

 不思議な話だ。

 普通に暮らしている時、は東宮で、炎一族では敬われ、うちは一族としてもどう扱って良いか分からず、イタチの恋人であるのにミコトもフガクもまともに彼女の話を聞いたことが無かった。

 なのに、このような状況になって毎週訪ねてきてくれるのは一番希薄な関係であっただ。



「本当に、ごめんなさいね。」



 ミコトはしみじみと言って、を見据える。

 柔らかな紺色の瞳の少女は、ここ数年で上忍になったと言う。だがミコトから見れば幼い頃から見てきた小さな少女のままだ。

 器用ではないが、本当に優しく、無邪気で、素直な子。全く昔から変わっていない。

 だからこそ、ミコトはに対して申し訳ない気持ちと、感謝でいっぱいだった。

 イタチも、そして里に帰ってきたサスケもほとんどここを訪れることはない。多分ミコトや、特にフガクのことを心のどこかでまだ許せていないのだろう。

 でも、にはそう言った心境は全くないらしい。

 イタチやサスケに対しても細かい葛藤はあったと思うし、炎一族とうちは一族の関係を考えれば、なおさらだ。

 だが、がそう言ったことを表に出したことはなく、人生に一点の曇りもないようにいつも朗らかに笑う。

 それが虚構であることを、ミコトも理解していた。

 彼女は病で辛い時もいつも笑っていた。それは心配する家族達のために笑っていただけで、本当に笑いたかったわけではないだろう。

 うちは一族やミコト、フガクのことでもは傷つかなかったわけではない。

 の父親の斎もそうだが、本当に二人とも聡い。よく人の感情の機微を見抜き、逆にそのことが本人達に精神的な負担をかける。

 だからこそ、自分に出来ることが何なのかをよく知っているのだ。ミコトやフガクにしてあげられることを、精一杯してあげたいと思うから、こうして話しに来て、笑う。

 悲しい顔をしても、何の意味もないから笑うのだ。



「ん?大丈夫だよ。それに、最近はお休みも多くて、嬉しいし。」



 は笑って手を叩いて、ミコトに言った。



「そういえば、温泉に、いくんだっけ?」

「うん。温泉。イタチと、サスケと、ナルトとサクラ、あとカカシさんとか、サイとか、ヤマトさんも来るって。」

「随分大勢なのね。」

「うん。新旧七班プラスイタチで慰労会をしようってことになったの。」

「なるほど。」



 サスケが里を抜けてからのいきさつはミコトも何となく聞いているし、毎週来ていたが突然来なくなり、次の週には足を引きずりながら大けがと共に来たと言うこともあった。

 そう言った戦争は最近終わったようで、サスケやイタチの細かい近況もその中には含まれていた。



「ちなみに今回のサクラとわたしの旅費は、サスケとナルトが持つの。勝ったから。」

「イタチが出すんじゃないの?」

「その予定だったけど、サスケが持つことになったの。」



 最初から模擬戦の決めごとだった。の清々しい表情にミコトも思わず笑ってしまう。代わりにサスケとナルトは渋い顔をしていることだろう。



「ちょっと可哀想だから、半分はお金、出そうかなって思っているけど・・・。」

「駄目よ。ルールはルールでしょ?それに当然だわ。だって今、サスケは貴方たちのアパートにいるんでしょ?」

「うん。居間にいて、ちょっと小さい、けど。」

「小さくても泊めてもらって、身元引受人にまでなってもらってるんだもの。当然だわ。ちょっとくらい。」



 ミコトがからりと言うと、は目をぱちくりさせた。



「・・・そうかな。」

「そうよ。」



 男で、苦労ばかりかけたのだ。少しぐらいの出費はサスケとて目をつぶるべきである。そうミコトは息子に言いたかった。

 それにサスケもイタチも、この小柄な少女に迷惑をかけまくっていることは、簡単に想像できる。



「何か言うことありますか?」



 ミコトが柔らかに笑いながら、後ろで話を聞いていたフガクに目を向ける。

 いつもフガクはの話を聞いて楽しんではいるが、それ程口を挟まない。やはり息子ばかりで女であるへの接し方がよく分からないらしいのだ。

 未だにそれは変わっていない。



「最近まだ寒い。防寒はしっかり風邪を引かぬよう。あとくれぐれも気をつけて。」



 フガクは不機嫌そうな顔でぼそぼそと言う。

 もうそろそろ春も近くそれ程寒くはないが、は熱に強いが寒さにはめっきり弱く、冬時期になると着込みまくり、挙げ句の果てにはすぐに風邪を引くようになる。

 それはフガクとてよく知っていることだった。



「はい。気をつけます。」



 はそんなフガクの表情にも気にしたそぶりはなく、頷く。そして立ち上がって牢を後にしていった。

 後ろ姿を見送っていると、フガクが背後でぽつりと呟く。



「・・・やはり娘の方が可愛いな。」



 ミコトは吹き出すしかなかった。




傍観者