赤い天鵞絨の敷かれた七段の上に、人形が飾られている。沢山の美しい人形は圧巻だ。

 それは炎一族宗主の一人娘であるのためにあつらえられた特注品で、調度品と共に一際美しく、高価なものだ。だがはそれをよく分かっていない。




「兄さん、が変なもの食べてる。」




 サスケがぎょっとした顔でを見て、ひな壇を出すため、人形などを置いているイタチの服の袖を引っ張って、訴える。




「・・・」




 三人官女の段に本物の菱餅が置かれていたのだが、焼いて食べなければ固いそれをは何やら口に含んでむしゃむしゃしていた。




・・・」





 イタチは呆れと同時にの口から菱餅を取り上げる。




「あーっ!」




 は抗議の声を上げるが、正直この固い菱餅を子供の小さな口でむしゃむしゃしていても決して美味しくなかっただろう。

 ただ、取り上げられたのが不満だっただけの話だ。




「あー、じゃない。これはそのままじゃ食べられないものだ。」




 イタチは真っ当な意見をに説明したが、よくわからないのか、は納得していないようだった。

 幼いながらは食べ物に目がない。

 4歳にもなればいろいろな物事のルールを覚え、同い年のサスケならばこの固い菱餅を絶対に口に入れようとしないだろうが、はどうにも発達が遅いところがある。

 のんびりしており、菱形が食べられるのか食べられないのか、よく分からなかったのだろう。




「むーー!!」




 取り上げられたことが不満なはまだイタチが手に持っている菱餅をじーっとみて、手を伸ばしてくる。




「代わりにあめ玉をやるから。な。」




 イタチはポケットから大きなあめ玉を出し、それをの口に放り込む。

 小さな口にはあまりに不釣り合いな大きな飴玉だったので、は口をもこもこさせて、少し変な顔をしたが、すぐに機嫌を直した。

 単純なことである。




「あらあら、そのお口はどうしたんです?」



 の母の蒼雪がやってきて、の顔を見て不釣り合いに膨らんだ頬に首を傾げる。




「あー、あ。」




 があめーと元気よく答え途端、ぽろっと口から大きな飴玉が落ちた。口からこぼれたそれは、ころんと、の着物の上に落ちる。


 やると思った・・・。

 イタチは額に手を当てる。は年の割に鈍くさいため、食べ方も非常に汚く、ぼたぼた落とす。ましてや大きな飴玉だ。

 先ほどから口の中でもこもこさせていたし、その上話そうとすれば口からこぼれるに決まっている。




「あややや、」




 はそれを手でむんずと掴んで、もう一度口の中に入れる。




「あらまぁ、」



 一度落としたものを口に戻したに驚いたが、まぁ落ちたのも自分の着物の上であり、汚いと言っても糸くずぐらいのものだろう。すぐにお腹を壊すこともあるまい。

 蒼雪は気にしないことにした。




、」



 イタチは微妙な顔で名を呼んでの方を見る。するとがまた口を開いてイタチに返事をしようとした。



「いや、もう話さなくて良い。」




 の口を自分の手で押さえて、イタチはため息をつく。次はもう少し小さな飴玉を持ってこようと心に決めた。

 ついでに飴玉で汚れたの手をそのあたりにあった手ぬぐいで拭いて、サスケを見ると、勝手に盆の上にのっていたあられを食べていた。



「サスケ!」

「えーだめなの?」




 サスケは不満そうにイタチを振り返る。

 比較的塩味の聞いたそれは、甘いもの嫌いのサスケにとってもなかなか魅力的なものだっただろうが、一応許可ぐらいは取るべきだ。




「まぁ良いですわよ。はチョコレートでコーティングしてある奴しか、食べませんから。」




 蒼雪はあっさりとサスケの行動を容認する。サスケは嬉しそうに「ありがとーございます。」と礼儀正しく頭を下げて、ぱくぱくとあられを口に運ぶ。

 は甘いものが好きだ。

 だから、サスケとは逆にあられはあまり好きではないが、チョコレートなどでコーティングしてある、あられの中でも何個かしか入っていないそれだけはよく食べた。




「おまえ、遠慮を知れ。」




 イタチは呆れて自分の弟を見つめるが、弟の手は全く止まりそうになかった。



「うゆ、うぐ、ばり、」



 はもこもこと不自由そうに口を動かしていたが、がり、と嫌な音がした。




「・・・?」




 嫌な音に、イタチはの前に膝をつき、と目線を合わせる。の口はまだもこもこしているが、今の音は嫌な感じがした。

 サスケもあられを食べる手を止めて、の動向を見守っている。蒼雪も同じだ。



、あーん。」

「あー、」




 イタチが口を開くまねをすれば、もそれに伴って口を開く。すると、今度は3分の一ぐらいに割られた飴が口の中からぽろっと出てきた。塊が三つほどとその欠片、ついでに白いものがぽろっとの口から落ちてきた。




「・・・え?」




 飴玉は大きな緑色をしていたはずだ。イタチはの着物の上に落ちた白いものを見て、ぎょっとした。



「あら、」



 蒼雪が口元を袖で押さえて、灰青色の瞳を丸くする。

 それは明らかに、の乳歯だった。イタチの顔色がさぁっと変わる。




「あ、歯がぬけた。」




 サスケも状況を理解したのか、のんびりと言って、の着物に落ちた歯を拾い上げる。白くて小さな歯は、まだ乳歯だ。

 はまだ口を開いており、どうやら奥歯の少し手前の歯が折れたらしい。

 もしかすると成長の遅いは、歯の成長も遅く、まだ固いものを噛むには乳歯が弱かったのかも知れない。

 そう蒼雪は冷静に考えたが、イタチはそうではなかったようだ。



「・・・びょ、病院!え、外科?し、歯科?!」



 やっと現実を理解したイタチは慌ててを抱えて立ち上がる。




「い、イタチさん!大丈夫ですわ!落ち着いて!!」



 日頃のイタチとは思えない気の動転ぶりに、蒼雪はイタチを止めようとするが、イタチには通じない。



「ひ、ひとまず、し、歯科へ、」




 震える声でそう言って、イタチが屋敷の外へと駆けだしたのは数十秒後のことだった。

ひな祭り

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