春先、炎一族邸の広大な庭の一角にある見事な桜の木に花が咲いたので、イタチの両親も集めて花見をしたことがあった。




「うー、」




 は不思議そうに広大な庭にある池の鯉を見ている。

 今日は体調が良さそうで、同い年のサスケが遊びに来ていることもあり、楽しそうに庭を駆け回っていた。




、あぶないよ。」




 サスケがの手を引っ張って、池の縁から離そうとする。

 サスケはが年の割に非常に鈍くさいことをよく知っているため、に何かあっては一大事だと思ったのだ。




「あかー」




 だが、はサスケに呼ばれても池の中をふわふわと優雅に泳ぐ鯉の方に気をとられており、まったく池の縁から離れない。




、」




 イタチは仕方なくを抱き上げ、小さく息を吐いた。




「危ないから池の端に寄るな。サスケ、おまえもだぞ。」




 こちらの池はそれ程深くはないが、庭にはもう一つ大きな池があり、そちらの方は簡単な船が浮かべられるほど深い。

 浅かろうと顔をつけるだけの深さがあれば、4歳児には十分危険である。風呂で溺れて死んだ子供もいる。気をつけるに越したことはないだろう。




「父上の所に戻るぞ。」




 イタチはを片手に抱いたまま、サスケに手をさしのべる。




「あ、そっか。ごはん、たべないとね。」




 せっかく花見に来たのだ。

 炎一族邸の女中が腕によりをかけて作った食事は、木の葉ではかなり物珍しい昔風のもので、サスケは随分と楽しみにしていた。




「そうだな。斎先生が、巻き寿司を作るって言っていたしな。」

「まきずしって、前にいさんがもってかえってきた、あれ?」

「そうだ。斎先生の巻き寿司は絶品だからな。」




 斎はイタチの担当上忍だ。の父でもある。

 彼は料理がかなり得意で、一度斎が持ってきている弁当に入って煎る巻き寿司をイタチはねだってもらったのだが、これがまた美味しかった。

 聞いてみると、斎が作ったという。

 あまりにイタチがほしがるので、機会があると作ってくれるようになり、それをたまに家に持って帰ることもあったため、サスケも知っている。




「やったぁ、あれ、美味しいよね。しいたけとかんぴょうの味がおいしいよね。」




 サスケも好物で、楽しそうにイタチとつないだ手を揺らしながら、ゆっくりと庭を歩いてくる。




「あらあら、こちらですわよ。」




 芝生の上、桜の木の下にシートをしいて、の母、蒼雪が穏やかに微笑む。

 長く柔らかに波打つ銀色の髪に灰青色の瞳の美女である彼女は、鮮やかな緋色の花の文様の入った着物を着ていて、それが酷く美しかった。

 ただ、桜の方が霞みそうな強さがあるが。

 桜は少し丘になったところの一番上に堂々と生えていた。




「はーえ、ま。」




 は母を見てイタチの腕でもぞもぞとし出す。イタチは軽く笑ってを芝生の上に下ろす。すると間髪入れず蒼雪の方へと駆けだした。

 が、



「あぅっ!」




 が芝生に足を取られて、何とも言えない奇声を上げてべちゃっと転んだ。




「あらあら、」



 蒼雪は口元を袖で押さえてから立ち上がり、の方へと歩み寄る。驚いて動けなかったのか、は泣きもわめきもしなかったが、もぞっと動いてゆっくりと顔を上げる。




「まぁ、大丈夫ですの?」



 蒼雪はを抱え上げ、立たせる。まだ自分に起こったことがよく分かっていないのか、は目をまん丸にして、びっくりした顔のままだ。




「宮?」




 あまりに反応が鈍いので、蒼雪はの服についた泥を払いながら、の顔をのぞき込む。するとやっと何が起こったのか分かったのだろう。




「ひっ、ぇえ、えぅ、」




 やっと泣き声を上げて母親に手を伸ばした。蒼雪も娘を抱き上げてシートの所に戻る。



「・・・どんくさぁ、」



 サスケはぽそっと言う。




「言ってやるな。」




 イタチは弟の頭を軽くはたいたが、否定はしなかった。




「立派な桜ね・・・」



 イタチとサスケの母であるミコトは頭上の桜を見上げてしみじみと言う。

 樹齢数百年という八重桜は大きく、うねうねと幹が波打っており、古さを感じさせるが毎年変わらず見事な花を咲かせる。

 何百年も、イタチたちが死んだ後もそうやってここにあり続けるのだろう。




「さくらー」




 は蒼雪から下ろされ、桜の花びらを追っている。




「美味しいご飯はこっちだよー。」




 斎がにこにこと笑って、重箱を指さしている。その隣ではイタチの父のフガクがおちょこで酒をあおいでいた。彼の頬は少し赤い。

 フガクはそれ程酒に弱いわけではないが、斎はざるだ。

 また乗せられて明日二日酔いなんてことにならなければ良いが、とイタチは思いながら、サスケを連れて重箱の近くに座った。




「やった、まきずしだ。」




 サスケは嬉しそうに言って、切り分けられたそれを、楽しそうに手に取った。




、おまえも来い!」



 イタチが声を張り上げて言うが、は花の方に気をとられているようで、まったく気づかない。

 困ったなと思いながらも、大丈夫だろうとイタチは自分も巻き寿司を手にとって食べることにした。

 お腹がすけば食べ物に目のないのことだ、すぐに戻ってくるだろう。

 は相変わらずふわふわと舞う桜の花びらを追っている。

 足取りが危ういな、と思っていると、またこけた。今度は大人達が話し込んでいることもあり誰も気づかず、イタチも場所が遠かったし、芝生なのでたいしたことは無いだろう。

 助け起こさずじっと見ていると、は自分でむくりと起き上がり、ぺたんと尻餅をついた。

 泣きは、しない。





「あぅ、うー、」




 はあまり転んだことが自分で理解していないのか、体をふらふらと上下にゆらゆらさせていたが、変な勢いがついたのか、前向きにころんとでんぐり返しをするように一回回転した。

 芝生は勢いをつけやすかったのだろう。



「あれ?」



 サスケが顔を上げて、の変な行動に首を傾げる。

 ころん、ころんと、2回転もすれば、軽い体には変な勢いがつく。桜の木のある場所は丘になっているので、の姿が丘の反対側に消えた。




「・・・っ!?」




 イタチが慌てて立ち上がって、丘の裏側に行こうとした途端、ぼちゃん、と水音がした。

 流石に大人も含めて全員が、音の方に顔を向ける。




!!」




 イタチの悲鳴のような声が響いたのは、一瞬後のことだった。




花見をしよう