10歳を超える頃にはのチャクラはの体が支える量を完全に超えており、一週間のうち、本当に床から起き上がれるのは既に2日を下回っていた。

 だが、それすらも徐々に悪化。

 イタチが炎一族邸に家出をした半年後には、ほぼ寝たきりの状態で、肺が弱り空気をうまく吸うことすら出来ず呼吸器を手放すことが出来なくなった。




「・・・、もう、手の施しようがない。」




 青白宮が言ったのはがまったく起き上がれず、熱が下がらなくなって一週間もたった頃だった。

 術式や呪印などで押さえられるだけチャクラを押さえてももう限界で、の体は既にその術式や呪印にすら耐えられなくなっていた。




「駄目、か。」




 自来也も大きなため息をついて、封印式の巻物を閉じる。

 もう既にのチャクラは飽和状態で、自分の体で支えられる状態ではない。封印式もの体に封印するのでは、今は根本的な解決になり得なかった。





、」




 イタチは小さく白いの手を握りしめる。

 は、とが苦しそうな呼吸を繰り返しながらも、イタチを見ると一瞬ふわりと淡い笑みを浮かべた。もう、言われていることが分かっていないのだろう。

 もしくは、死を覚悟しているのか。

 母親の蒼雪は御簾の向こう、簀子のところで蹲っている。

 娘の前では泣くまいと明るく微笑み、気丈に振る舞っていたが、自分の一族が行った血族婚によってが莫大なチャクラを持って生まれてきてしまったため、蒼雪は酷く自分のことを責めていた。

 耐えきれなくなったのだろう。声もなく、肩をふるわせている。




「・・・そっか。」




 父親の斎は、ぐっと唇を噛んで、現実をどうにか受け入れようとしていた。




、」




 苦しげに息を吐く娘の額をそっと撫でる。




「・・・、」




 は父親を呼ぼうとしたが、結局声は自分のままならぬ呼吸にかき消され、空気が漏れるだけで、声にはならなかった。

 斎の、と同じ紺色の瞳が揺れる。は父を呼べないのを理解して、紺色の瞳で斎を窺う。




「うん。」




 斎は娘の手前笑って見せたが、その表情は悲痛で、そっとの額に口づける。




「愛してるよ。」




 涙が出ていないのが不思議なほど、震えるような声だった。

 イタチがぼんやりと彼を見ていると、斎はの頭をもう一度撫でてから、重い腰を上げて御簾の外へと出て行った。

 を知る人々に連絡をするためだろう。




「・・・、?」




 イタチは酷く現実味のない声で、を呼ぶ。

 すると紺色の瞳はイタチを写して、僅かに細められた。ここにはまだいる。それが数日後にはものになって、失われるというのか。心がこの体から離れていくとでも言うのだろうか。

 死はイタチにとって当たり前で、イタチ自身も人の命を奪ってきた。

 しかし、目の前にいる争いと無関係の少女が、自分と一番近しい少女があの屍と同じものになるというのが、どうしても信じられなかったし、恐怖だった。




、絶対、絶対、逝くなよ。」




 ぎゅっと強く、の細い手を握りしめる。




「お願い、だからっ、」




 こんなこと願ったところで、多分が耐えられるのはほんの少しの間だ。けれど言わずにはいられなかった。

 なんだって良い、どんな方法だって良い、を繋ぎ止めたい。

 そう思ったのはいつのことだったか。




「イタチ、おまえも少し、休め。」




 自来也がイタチを気遣い、肩を叩く。

 ここ数週間、イタチはにつきっきりで、任務すらも休んで傍にいた。昼夜問わずで、暇さえあれば本を読みながらの傍にいる。

 は幼い頃からイタチに一番に懐いていた。

 イタチもそれをとても嬉しく思っていたのを自来也も知っているから、イタチの辛さは家族と同じだろう。




「・・・時間がないから、良いです。」





 イタチは素っ気なく答えて、隈のある目のままを見た。そしての手から自分の手をそっと離し、近くにあった唐櫃をひっくり返す。

 中にあるのは大量の本だが、その本にはどれも系統としては似たような題名が書いてあった。




「おまえ、何やっとる!」




 自来也ががっとイタチの肩を掴む。

 たくさんの本はどれも希少なものばかりで、下手をすれば禁書に近いようなものまである。炎一族の能力に関するものもあるが、ほとんどは命を長らえるための方法と、人柱力と、その封印式が記されているうずまき一族が書いた書物の2つの系統しかなかった。




「何って、を助ける方法を探しているんでしょう?」




 淡々とイタチは自来也に返した。

 の病状が悪化の一途をたどり、それが目立ち始めた2年前から、イタチはを失う恐怖に抗いながらを助ける方法を探していた。

 1つは命を単純に長らえたり、肉体を莫大なチャクラに負けないくらい強固にする方法。

 もう一つはの問題そのものであるチャクラをいかにして封印、もしくは消滅させるかの封印式。

 誰かに特別話したことはないが、実は大蛇丸の死者を蘇らせる研究すらも探っていたことがある。

 ただが生きている現状では意味がないので、基礎知識として把握しただけで、実際の研究を行ったことはない。




「おまえ、どこまで知っとる・・・」





 自来也が諫めることもできず、尋ねる。




「・・・が自分と鳳凰の2つのチャクラを持っていること。白炎のチャクラは他人のチャクラを燃やす、あとは、に封印しても無理ってことですかね。」




 の問題は大幅に言って、3つだ。

 1つはが自分のチャクラの他に、もう一つ鳳凰と言われる化けもののチャクラを持っており、どちらもが莫大であること。

 二つ目は白炎使いの典型的な性質として、他者のチャクラを燃やす性質があるため、封印式も一瞬でとけてしまう。それは鳳凰も同じであると言うこと。

 そして最後の三つ目は、自身に封印するのが筋だが、に封印しても、相対量としての持つチャクラは変わらないため、全く意味がない。

 そのため、イタチが出した結論は1つだ。




「要するに、人柱力と同じ方法じゃないと、駄目ってことでしょう?」




 九尾など化け物を忍に封印する封印式。

 もちろん鳳凰のチャクラは白炎で、封印術をかける術者のチャクラを燃やすかも知れない。だが、もしもの鳳凰を誰か違う忍に封印することが出来れば、の持っているチャクラは相対量として半減し、が生きることが出来る可能性が出てくる。





「おまえ、ひとりでそこまで調べたのか?」




 自来也は驚愕の表情でイタチを見つめる。目の下に酷い隈のあるイタチは、自嘲するような笑みを浮かべた。




「だって、そうしないと、が死んでしまう。」




 暗部の禁書や、図書室の禁書。他国の禁書まで、暗部の任務のついでに莫大な書物を集め、解読し、そしてなんとかはじき出し、ここまで来た。

 ここまで来たけれど、





「でも、足りない。」





 イタチは震える声で首を振った。




「足りないんだ・・・、」




 表情を歪めて、の顔を見つめる。

 苦しそうなは目を閉じていて、息は荒く熱も高いというのに、顔は紙切れのように白い。もう余命は幾ばくもないだろう。

 あと、一週間、もたない。

 2年間死にものぐるいで方法を探してきたけれど、他人のチャクラを燃やす鳳凰の白炎をどうにかする方法が見つからない。

 封印式すらも分かったのに根本的な問題を解決することが出来ないのだ。




「おまえ、そこまで・・・」





 自来也はイタチの決意と悲しみに言葉を失う。

 本来なら禁術の本を他国から任務に関係なく奪ったり、勝手に見たりすることは、危険なことであるだけではなく、法律違反でもある。

 イタチは真面目で、ルールを誰よりも重んじる男だ。

 その彼がすべてをかなぐり捨てて禁術に手を出し、死にもの狂いで方法を探すほどに、を助けたいと願ったのだ。




「何もかも、足りない、足りないんだ。」




 イタチはそっと近くの本の背表紙をなぞる。それは二代目火影が行っていた穢土転生と呼ばれる実験的な忍術の記述の本だった。

 死者を蘇らせるそれは、禁術。

 アカデミー生でも知っている、忍術の中で一番の禁忌。死者を蘇らせるという、世界で一番汚れた方法。





、」





 イタチはの名前を呼び、の髪を優しく撫でる。

 同い年のイタチの弟サスケよりも、ずっと小さくて細い体。この屋敷からほとんど出ることも出来ず、当たり前の子供としての楽しみをまったく知らぬままに、チャクラを持ちすぎたが故に死んでいく。




「いっぱい、見たいもの、あるよな。」




 きっと地平線の向こうに見える夕日も、木の葉の賑やかで明るい町並みも、火影岩も、沢山の世界の綺麗なものを、は一度も見たことがない。

 屋敷にいて、ただ空を眺めて、たったそれだけで、幼いままに死んでいく。




「俺もおまえに、いっぱい見せたいものがあるんだよ。」




 イタチは震える声で、絞り出すように告げる。

 二年間、死にものぐるいでを救う方法を探してきた。

 を失うかも知れないという思いはいつでもあったけれど、それを振り払うように、それを考える時間すらも、方法を探すために費やした。

 一緒に見たい、たくさんのものがある。いつか別たれる日が来るとしても、こんなに早い別れは不条理すぎる。

 だから、イタチは必死で抗うことにしたのだ。



( あわれむ )