誰の目から見ても、の病状の悪化は当然のことだった。
の躯の成長は、莫大なチャクラによって圧迫されているため当然ながら遅い。なのにチャクラだけは躯とは違って順調に成長してくれる。
の躯はそれでなくとも生きるぎりぎりの路線を彷徨っていたというのに、徐々に成長の遅い躯と、順調に成長し続けるチャクラとの均衡が破れていく。
元々、理解していた終わりだった。
「あぁ、なんで、」
斎は空を見上げて、そう呟くことしか出来なかった。
の住まう東の対屋の御簾の外は忌々しいほどの青い空だというのに、子ども達のはしゃぐ声が聞こえるのに。
「は、」
急いでやってきたカカシが、斎に尋ねる。のことを幼い頃から知り、頻繁に屋敷を訪れていたカカシは、の危篤を聞くと任務そっちのけですぐにやってきた。
「こっちだよ。」
の住まう東の対屋は人が沢山いるが、皆一様に沈んだ表情をしており、の病状の深刻さを物語っていた。
御簾の中では声を上げることも出来ず、息苦しさに肩を揺らしている。
顔色は驚くほどに白いけれど、呼吸器がつけられ、呼吸のたびに呼吸器のプラスチックが曇り、が生きていることを知らせる。
ここ数日、様々な手段を講じたがまったく意味をなさず、それどころかの躯は食事すら受け付けなくなって、状況は悪くなる一方だ。
人工呼吸器の硝子が、の呼吸に伴って白く染まり、そして白が消える。吐息に含まれる水分の関係だが、その呼吸の色にすら一喜一憂する。
あぁ、生きてると安心して、次の呼吸があるのかと不安になる。
「、」
の枕元にいるイタチは強く強く、小さな手を握りしめた。今は、そうする以外に方法がない。
「どのぐらい、悪いんですか。」
カカシは直接青白宮に尋ねる。彼は医師であり、一番の寿命をよく理解しているだろう。
「あと、1,2日、もたないかな。」
青白宮はの様子をこまめに確認しながら、やってきたカカシに首を振る。
「どうにか、ならないの?」
斎がすがるように彼に尋ねるが、青白宮も苦しげに否と答えた。
もう、限界なのだ。
年の割に小さなの躯は、もう大きすぎるチャクラに耐えられない。それは事実上の寿命の宣告でもある。
「そう、か。」
斎はどうすることも出来ず、を見下ろした。
幼い頃から、体の弱い子どもだった。斎と蒼雪の一族が長らく続けた近親婚の結果、娘のは生まれながら莫大なチャクラとそれ故の内臓疾患を患って生まれてきた。
チャクラが彼女の身体機能を押しつぶし、体調を崩す。
成長すら阻害するため、年の割に小さな躯。それでも一週間に数日体調を崩す程度ですんでいたは、しかし今年に入ってから一週間の半分以上を床に伏せって過ごすようになっていた。
最初からわかりきっていた結末。
けれど、到底受け入れられるものではない。
「・・・・、」
イタチがに呼びかける。声に反応してか、瞼が震えて紺色の瞳がうっすら開かれる。
「ぁ、ぃ、たち、」
嬉しそうに、の荒い息を吐く唇が弧を描く。
「苦しいか、」
こちらの方が泣きそうになりながら、イタチはに尋ねる。苦しいと答えられても、どうすることも出来ないというのに。
はイタチの顔をじっと見ていたが、小さく声を上げた。
「うぅ・・・っん。・・・くるし、ない。」
苦しくないよ。
何度も苦しそうに息をしながら、は答えて、笑う。大丈夫だと、笑う。
いつも、そうだ。
「・・・先生、貴方、知ってますよね。」
イタチが斎を振り返って、ぎろりと斎を睨む。
「・・・」
「先生っ!」
声を荒げる弟子に、斎は視線をそらすしかなかった。
先ほどまでここにいた自来也が話してしまったのだろう。を助ける唯一の方法をこともあろうにイタチに。
を助ける方法は、一つしかない。
誰かが、の持つ鳳凰のチャクラを肩代わりしてやること。が持つ鳳凰の莫大なチャクラを他人に封印し、のチャクラを半減させるというものだ。
は莫大なチャクラ故に体調を崩しているのであり、チャクラさえなくなれば普通の人間だ。
しかし、この術には二つのリスクが伴う。
まず、と形質変化が同じ術者がのチャクラに干渉し、のチャクラで封印式を行う必要があること。そして鳳凰は生きているため抵抗が予想されることだ。
斎や蒼雪は性質が違うから出来ないが、イタチは風と炎のと同じ性質変化を持つ。
性質が同じであったとしても、あくまで別の人間のチャクラだ。
それにのチャクラは血継限界・鳳凰扇のたまものでもある。意志を持つ血継限界のチャクラが、イタチを敵と判断して殺すことだって考えられるのだ。
実際に炎一族で何人かはそれに挑戦し、命を落としている。
斎はその術式を知っている。だが、決断を下せない。
娘は可愛い。
愛しい妻との間に出来た一人娘だ。可愛くないはずがない。それでも、同じくらい弟子のイタチのことも想っている。例えイタチがそれを望んでいようとも、簡単に決断できることではない。
「先生!」
イタチはまっすぐな目を斎に向け、訴える。
今しなければ、が死んでしまう。
失った命は、どれ程後悔しようとも、決して戻りはしない。 決断しなくてはならない。けれど、斎は首を縦には振らない。
ふれない。
「イタチ、簡単に決断して良いことじゃ、ないんだ。君も、死ぬかも知れないんだよ。」
斎にとってイタチも、も命よりも大切な存在だ。
の鳳凰にイタチが対抗しきれなければ、既に限界まで来ておりチャクラを自分の体で支えることを出来ないはもとより、愛しい自分の弟子まで失う可能性がある。
だけではなく、同時にイタチを失うこともありえるのだ。
そんな決断を、師である斎は安易にすることが出来ない。
「じゃあ、が死んでいくのを見てろって言うんですか!?」
イタチがとうとう声を荒げて、斎を睨み付ける。
「が死んだら、世界中のどこを回っても、を生き返らせる方法を探してやる!」
無邪気に笑って、泣いて、
がそうやって優しい世界をイタチにくれるから、イタチは今まで頑張ってこれた。様々なものを愛することが出来た。
なのに、はこうやって小さな部屋の中で死んでいこうとしている。放っておくことなんて、できっこない。
「先生!」
決断を迫るイタチの声は酷く鋭い。斎はそれにきつく目をつぶって、すべての思いを振り払うように、へとただ手を伸ばした。
「どちらも、本当に、本当に、愛してるんだよ。」
まるでへの言い訳のようだ。娘と弟子を、どちらも選べない、同じくらい大切に思っている自分の、言い訳を、それでもは嬉しそうに許すのだ。
「・・・ぅ、ん。わた、し、もぉ、」
一番苦しくて、今にも死にそうなは、ふわっと幸せそうに柔らかい声音で、きれぎれに父親に返す。
カカシはそれがの本心だと知るからこそ、涙が出るほどに悲しかった。
冷
( つめたい )