小さな言葉を積み重ねて、小さな温もりを、触れ合いを積み重ねて、そうして過ごすこと。たったそれだけの些細なことが、叶わないことを知った。知っていた。

 持ちすぎた力は、身を滅ぼしていく。




「ぁ、ぅ。」





 小さな嗚咽が桜色の唇から漏れる。苦しい、そうがつぶやく前に、意識の方が溶けて、ふらふらと手を彷徨わせていると、手を強く握られた。




?」




 熱はここ数週間ずっと続いているし、呼吸もままならず、ここ一週間ほどは呼吸器を手放せない状態が続いており、でも自分がかなり危ないことが分かっていた。




「苦しいか、」




 表情をゆがめてイタチがたずねてくるから、は思わず首を振った。大丈夫と、苦しさのあまり、言おうとした言葉が声にならない。

 幼いころからろくに外にも出られず、屋敷の中だけで暮らしてきた。

 11年間、床に伏せったり、起きたり、また体調を崩したり・・・・その繰り返し。

 幼い頃はまだ外に出て遊んだりすることをたまには出来たが、今は外に出るどころか寝台から出ることの方が減ってしまった。

 毎日、起きる発作と闘う日々。

 だから、苦しいのも平気だ。慣れているから。イタチが悲しそうな顔をするほど、は苦しいとは思っていない。

 今年に入ってから、熱を出して倒れることが多くなった。 どうして体が弱いのか、つらいのか、よくわからないけれど、病状が悪化していることだけは幼いにも自分で理解していた。


 死ぬ、ってことなのだろう。


 けれど幼いには死ぬということがどういうことなのかよくわからない。苦しくなくなって、それでよいのではないだろうか。

 何もなくなって、どこに行くのか。

 何もわからないし、怖いと思うほどは人に死に触れたことがなかったし、理解もしていなかった。

 でも、大人たちは違うのだろう。

 イタチも、父や母も、自分を見るとひどく痛そうな顔をする。大丈夫だといっても、それは変わらない。

 悲しそうな顔をしないで。

 それだけだった。

 苦しい息を静かに吐き出す。浅く、速くなっていく呼吸。苦しいな、と思いはしても、慣れているから目を閉じる。





「宮、」




 優しい母の声が、柔らかに響く。

 目を開けてみると、母は泣いたのか酷い目をしていた。目元を擦ったのだろう真っ赤ではれぼったい目は、いつもは二重なのに一重になっている。

 灰青色の優しい瞳。




「愛してるわ。世界の誰よりも本当に、貴方は。私の一番愛しい娘。」




 細い手が、優しくの寝乱れた紺色の長い髪を優しく梳いて、頬を撫でていく。温かくて、くすぐったくて少し恥ずかしいような感じ。

 は優しくて、美人な母親が大好きだった。

 他人には苛烈だという話だったが、母はいつもに優しく、宗主と次期跡取りなんて関係忘れてしまうくらい、普通の母子だった。





、ごめんね。」




 父が悲しそうな顔で、の頭を撫でる。

 優しい、自分と同じ紺色の瞳が、は大好きだった。困った父で、なんだか子供っぽくて、がお菓子をほしがっても、大人のくせに譲ってくれなかった。

 明るくて、ちょっと困った、でも優しい父親。

 にとってなんの不満もない両親だった。優しくて温かい家庭がにはあって、優しい家族に恵まれて、愛おしくて本当に大切で。

 ごめんね、なんて、謝る必要はないのだ。は満たされているし、悲しい顔はしないで欲しかった。




、」




 イタチの押し殺したような声が聞こえる。

 大丈夫だよ。だから、そんな泣きそうな顔をしないで。

 言いたくてもうまく声が出ない。

 イタチが手を握ってくれる。温かい。瞼を閉じた暗闇の中で、優しい温もりが心を癒す。何も怖くはないんだよ。暗闇に飲まれるように眠たくなるのは、怖くない。

 あまりにも慣れすぎて、多分、怖さすらも忘れてしまったのだけれど、何となく今日、はイタチの手を握り替えした。

 もう少しイタチといたい。

 もうちょっと、もうちょっとだけ。




「・・・ぃ、」




 そっと握りかえすと、酷く強い力が手に込められた。イタチの思いのようで、は目を閉じたまま彼の顔を見ることが出来なかったが、嬉しくて自然と口元に笑みが浮かぶ。

 温かいなぁ、イタチの手は。

 がうっすらとそう思っていると、イタチとは違う大きな手が、の胸あたりにとん、と当てられた。自来也が確認するようにイタチの表情を窺う。




「後悔はないのか?」




 カカシがの周りを囲む術式を確認しながら、イタチに問う。




「あるわけないじゃないですか。」




 イタチは笑みすら浮かべて、カカシに言った。

 いつもイタチを支え続けてくれたのは、だ。

 確かには力もなければ、外に出ることも出来ないような、ほんとうに弱くて頼りない存在だが、イタチに沢山の優しさを与えてくれた。温もりを与えてくれた。

 初めて人を殺した日、血で汚れた手を握って温かいと笑ってくれた。

 大好きだと、なんの見返りも求めない、本当に純粋な思いをくれた。




「それに、ひとりでは、が寂しい。」




 目を閉じて苦しい息を吐いているの額に、そっと祝福でも与えるようにイタチは口付けをする。

 は寂しがり屋だ。

 両親が任務で忙しいため一度もそのことを口にしたりはしなかったが、ひとりぼっちをとても嫌がる。

 幼い頃からの両親以上にのことを見てきたイタチは、そのことをよく知っている。



「一緒だ。」




 苦しそうなの耳元で、イタチは優しく囁く。それはこの場に似合わぬほど、優しく、柔らかい声音だった。




「良いか、イタチ良く聞け。鳳凰に会ったら、そいつを適当にいなして、まずのチャクラを支配下におけ。そしてそののチャクラで、鳳凰のチャクラを自分の方に引っ張れ。良いな。」




 自来也は緊張した面持ちで、イタチの方を振り向いて、の胸元に当てた手にチャクラを込める。

 周囲には既に術式なのか、文字が沢山かかれ、その周りはもしの鳳凰が暴走した時のためにと、の母蒼雪が結界を張っている。





「おまえの写輪眼なら、どうにか見えるはずだ。」





 イタチは大きく息を吐き、の手を握ったまま、仰向けに転がろうとして、ふっと顔を上げる。




「先生、」




 酷く心配そうな、絶望的に悲しそうで、泣きそうな、何とも言えない表情で、斎はイタチを娘をじっと見ていた。最後まで、彼はイタチと自分の娘、どちらも大切で、だからどちらも選べなかった。

 斎は当然弟子のイタチの形質変化を知っていた。

 のチャクラを封じることが出来るかも知れないと知りつつも、イタチが大切だからとずっと悩み、その術すらも秘密にしていたのだ。

 彼の心労はいかほどだったか、イタチが推測するにはあまりある。

 だから、




「絶対、と一緒に戻りますから。」




 どちらも大切で、たまらないほど大切にしたいと思った気持ちは痛いほど分かる。だから、下手な慰めもいらない。


 イタチはの隣に仰向けに横たわり、天井を見上げる。





「用意は、良いか?」





 カカシが今度はイタチの額に自分の手をあてる。




「えぇ、もちろんです。」




 イタチは静かに目を閉じて、ただ、この場所にと共に帰ってくることを心から願った。

( ともに、あろう )