イタチが目を開けると、目の前にいたのは酷く取り乱した、狼狽えた表情をした斎だった。





「なんて、顔してるんですか。」




 長い間師弟として共に過ごしてきたが、途方に暮れたような、絶望したような紺色の瞳は見たこともないようなもので、イタチの方が驚く。





「良かったっ!」





 斎はイタチが目覚めたのを確認すると、安堵に表情を歪めて身を起こしたイタチをきつく抱きしめた。





「・・・は?」




 イタチは隣のを確認する。





「無事だよ・・・」





 斎は嬉しさと安堵の混じった声音で答えた。

 イタチが顔を隣に向けると、横たわるはイタチが眠った時の苦しそうな様子はまったくなく、ただ眠っているようだった。






「脈も呼吸も安定してるし。チャクラも半減。基本的には大丈夫だと思うよ。」





 の様子を確認した青白宮も、崩れ落ちそうなほどの脱力感をため息と共に吐き出した。今まで気を張っていたのは医師である青白宮も同じだ。

 手の尽くしようのない状態だと分かりつつも手を尽くそうとした努力と心労は並大抵ではない。





「よぅやった。どうなるかと。」




 自来也はふぅっと額の汗を拭いて、イタチの頭をくしゃくしゃ撫でる。




「・・・これで、俺はのチャクラを封印されたんですか?」





 実感がなく、イタチは首を傾げる。だが、腹の所を見れば渦のある封印式が描かれている。




「そうだ。ほらみて見ろ。」




 自来也はイタチの肩を指で示す。そこにいたのはいつもと共にいた白色の蝶々、白炎の分身だった。

 イタチはそれにそっと触れる。

 熱さは感じないが、イタチが指を動かすとそれにあわせるようにふわふわと舞って見せた。





「宮?」





 蒼雪が恐る恐ると言った様子で、を揺さぶる。




「・・・ん。ん?」




 は紺色の瞳をうっすらと開けていたが、目をぱちぱちして、母を見上げた。最初は事態を飲み込めていなかっただったが、深刻な母の顔を見上げて分かったのだろう。





「母上様。」

「・・・苦しく、ない?」





 答えに怯えるような震える声音で、蒼雪は尋ねる。





「うん。全然苦しくないよ。」




 はゆっくりと身を起こして、母親を見上げて笑う。

 チャクラを半分イタチに肩代わりしてもらったため、の体調不良はすでにない。しばらくは今までチャクラに押しつぶされた身体機能は回復しないだろうが、それもはまだ幼いため時間が解決するはずだ。





「本当に?」





 蒼雪はくしゃりと表情を歪めて、もう一度尋ねる。信じられないのだろう。





「うん。大丈夫だよ。」





 はいつもと同じふにゃっと崩れるような笑みで母に答える。

 すると耐えきれなくなったのか蒼雪はを抱きしめ、ぼろぼろと泣き出してしまった。






「・・・ごめん、ごめんなさい。本当に、私、」






 が生まれてから11年もの間、が体が弱いのは自分のせいだと、蒼雪は自分を責め続けた。

 元々は未熟児で、近親婚を重ねた炎一族の弊害か、生まれつきチャクラが多く、徐々に体調を崩し、死に至る。

 それを自分のせいだと、自分が強く産んでやれなかったせいだと責め続け、嘆き続けた蒼雪。





「ごめん、ごめんね。」






 イタチは号泣する蒼雪の姿を見て、彼女のやりきれない思いがよくわかった。それは斎も同じだっただろう。

 彼らとて諦めたかったわけではない。

 自分の子供のことだ。命をかけても助けてやりたかっただろう。

 だが、助けることが出来ないと理解し、娘との別れを覚悟するしかなかったのだ。方法がそれ以外にないがために、絶望に身を委ねるしかなかった。





「は、母上様、」





 は驚いた様子で母を心配そうに見上げる。

 今までここまで取り乱した母を見たことがなかったからだろう。彼女もの前では泣くまいと、気を張っていたはずだ。


 イタチは母子の姿を見ながら、柔らかな笑みを零す。





「ありがとう。イタチ。」 





 斎はと同じ崩れるような笑顔を浮かべて、イタチの頭を撫でた。

 紺色の瞳はと同じもので、彼もまたその愛情故にとイタチの命を天秤にかけることができなかった。だからイタチにのために命をかけてくれとは言えなかったし、悲しみに暮れることしか出来なかった。

 それは同時にイタチを自分の娘であると同じぐらい大切に思っていたと言うことだ。





「良いんですよ。俺が先生からもらったものを、にあげただけだから。」






 イタチに忍術を、生き方を教えたのは斎だった。

 父親と複雑な関係にあり、友人も少ないイタチにとって、何度斎が父であれば良かったと思ったか分からない。

 それは絶対に叶わないことだが、斎は娘のと同じだけの感情を血のつながりのない弟子のイタチにも向けてくれていると言うことだ。

 斎にその愛情を返すことはまだ出来ない。役に立つことが出来るのももっと先だろう。


 代わりに、に与えただけだ。

 そしてこれは、自分のためでもある。





「イタチ、」






 は嬉しそうに、イタチの名前を呼ぶ。柔らかな笑みからは既に苦しさは窺えず、いつもの無邪気さだけだ。





、」






 イタチは少ししびれの残る足での元へと歩み寄る。蒼雪に抱かれていたは、ゆっくりと離れてイタチへと手を伸ばして、笑う。





「イタチ、だっこ。」





 幼い頃から変わらない懇願に、自然に笑みが浮かぶ。





「またそれか。」





 イタチは呆れたように返しながら、の細い躯に手を伸ばして、思いっきり抱きしめる。

 腕の中にある細い躯は確かに小さいけれど、温もりが感じられる。冷たくはないし、息が荒いと言うこともない。


 そして、彼女の心は、この躯の中にある。





「もう、元気だよ。」

「・・・あぁ。」




 イタチは珍しくの言葉に素っ気なく応えて、腕の力を強めて目を閉じた。

 古めかしい香の匂いが着物から香る。慣れた薫りが腕の中にあることが奇跡であることを、イタチは痛いほどに理解した。

 覚悟しきれない死に震えた。

 何年もの間、その死を拒絶するために努力を重ね、心折れそうな日も、目の前に迫る喪失に頭がおかしくなりそうになる時もあった。

 それを超えて、ここに確かな命がある。






「イタチ?・・泣いてる、の?」





 は心配そうにイタチの背に手を回して、ぽんぽんと小さな手で二つ叩く。

 蒼雪と同じようにまた、イタチもの前では、泣かないと決めていた。一番苦しいのはだから、絶対に不安と絶望に震えても彼女の前では泣かないと。 





「ずっと、ここにいるよ。」




 が震える声音で答えるのを聞きながら、イタチはの髪に顔を埋めた。




( ふくらむ )