「あぁ、子供、か。」





 帰ってきたイタチにサスケが今日の病院での検査結果を言うと、あっさりと納得した。

 にとっては青天の霹靂だったらしい。だがサスケには十分結婚から二ヶ月だしあり得ることだと思っていたし、イタチはなおさら予想通りのことだったらしい。





「そうか、何ヶ月だった?」

「一ヶ月。」

「まぁ、そんなもんだな。」




 身に覚えがあるらしい。イタチは納得して自分の荷物を放り出し、靴を脱いで玄関に上がってから、荷物を持ち直して靴を靴箱に片付けた。





は?」

「んー、なんか、落ち込んでるってか。不安がってるというか。」





 サスケはかりかりと頭を掻いて、ため息をつくしかなかった。は病院から帰った後から、ぼけーっとしている。

 サクラも心配していたが、初めての妊娠はにとって喜びと言うよりは不安一杯の事態らしい。任務もしばらくお休みになってしまったと言うこともあり、やることもなくぼんやりとしている。料理も手がつかないらしく、が当番だったというのに魚を丸々全部焦がして、サスケが台所から追い出した。




「そうか、にとっては早かったか。」




 イタチは玄関から廊下を通って行く道すがら、苦笑して見せた。





「なんだ、兄貴もわかってたんじゃねぇか。」





 17歳での妊娠は、早い。

 結婚したのは2ヶ月前で、社会的に問題がないのは分かるが、もう少し待ってやっても良かったのではないかと、サスケは思う。

 それはサスケがと同い年だからと言うのもあるだろう。

 多分、サスケでも今自分に子供が出来たと言われれば、十分戸惑う。も同じ気持ちだと言われれば、容易に納得出来ることだった。





「そうだな。でも俺は嬉しいよ。」




 サスケが少し自分より背の高いイタチを見上げると、彼は漏れる笑みを隠しきれないらしく、完全ににやけていた。





「きも、」

「実の兄に向かってその発言は酷いだろう。」



 サスケの歯に衣着せぬ物言いにイタチは肩を竦めて傷ついたふりをしたが、相変わらず口元が笑っている。

 気色悪いなとサスケは自分の兄のにやけ顔を見たが、イタチにとっては2歳から知っている15年来の思い人だ。

 嬉しくてたまらないのだろう。

 彼はサスケより5つ年上で、今年22歳になるはずだから、年齢としては普通だ。別に早くもない。普通の感覚なのかも知れないが、やはりこういう時には年齢差を考えさせられる。

 イタチはもう、十分に大人なのだ。





「オレは飯の用意をしとくぞ。」




 サスケは軽く言って、の部屋の襖を指さす。夫婦で話す時間も必要だという心遣いだ。イタチは頷いて、廊下に面したの部屋の襖に声を掛けてから、襖を開けた。





?」





 廊下に面して4つの部屋があるこの家を借りたのは、とイタチが結婚してからだ。そのうち一つはの、一つはイタチの、そして一つはサスケの部屋で、もう一つの部屋は台所だ。

 廊下の一番手前がの部屋、隣がイタチの部屋で、襖で仕切られている。





「おかえり。」




 少し元気のないの声が響いて、イタチを迎える。イタチは隣の自分の部屋の襖を開けてそちらに自分の荷物を放り込んでから、文机に向かっているの傍に改めて膝をついた。

 の文机の上には、サクラからもらってきたエコー写真がある。




「これが、子供か?」






 イタチは文机からエコー写真を取り上げて、電灯にかざす。

 モノクロで、ノイズだらけの写真の中にある、黒い空間の中の白い点、それがとイタチの子供の今の姿だ。





「イタチ・・・」





 は不安そうに目尻を下げて、今にも泣きそうな顔でイタチを見上げていた。




「どうした?」

「だって・・・」





 消え入りそうな声音で、は呟くように言葉を紡いだが続きはとけていく。




「サスケから子供のことは聞いた。」

「・・・うん。」

「おいで。」





 イタチはの体を座った体勢のまま、引き寄せる。はイタチの胸元に倒れ込むように抱きしめられ、体から力を抜く。





「どうした?」





 優しくの背中を撫でながら、イタチは尋ねる。




「うん。なんか、怖くて。」




 うまく言葉には出来ない。子供がお腹にいることに嫌悪感があるわけではないけれど、何か不安なのだ。自分のお腹に子供がいると言うことが未知の領域だからか、それとも別の理由があるのかはにはわからない。




「そうか。男の俺には分からないが、俺は嬉しいよ。」




 の手触りの良い髪に手を絡めながら、隠しきれない笑みを漏らす。がイタチを窺うようにのぞき込んでくるが、こみ上げてくる喜びを隠すことは不可能だ。




「ありがとう、。」




 額にイタチはそっと、祝福するように口づける。





「・・・イタチは、嬉しい?」

「もちろんだ。」




 この日をどんなに望んだか、本当に分からない。




「本当?」

「本当に決まってる。おまえと俺の子供だ。ずっと欲しかった。」




 と、自分の生きた証。愛情の証。

 それがのお腹の中にいるというのは、どれほどに幸せなことだろうか。心が満たされるような喜びだ。

 イタチはそっとの柔らかな頬を撫でる。

 はイタチのあまりの喜びように少し驚いた顔をしていたが、恥ずかしそうに頬を染めて、「だったら、良いの。」とイタチの肩に頬を寄せる。




「イタチが、喜んでくれたら、わたしも嬉しい。」





 イタチの喜びに、なんとなく子供がいるという、幸せなことだという実感がわいたのだろう。は少し安堵した様子を見せて、イタチの腕に体を預けてくる。

 戸惑うを見れば、イタチにも少し早かったかなとを可哀想に思う気持ちが芽生えるが、喜びに比べたら些細な感情だった。

 のお腹には膨らみはまだ見えないが、それでも確かに自分の子供が宿っているのだ。

 夫として、これほどの喜びがあるだろうか。




「夕飯が終わったら、サスケも含めて、病院に来なさいって、サクラが言ってた。」

「そうか。わかった。」




 イタチはから少し体を離し、立ち上がってから、に手をさしのべる。

 気兼ねして見に来ないが、サスケが夕飯の用意をして首を長くして待っていることだろう。あまり遅くなれば嫌みを言われるに決まっている。




「明日と明後日休みだから、斎先生にも言いに行かないとな。」




 暗部で長期任務に出ていたイタチは、明日から二日間休みだ。今日帰ってくるのは夕方になってしまったが、良いタイミングだったかも知れない。




「うちはのおじちゃまと、おばちゃまにもね。」




 は律儀に言う。

 最近反逆罪の罪を恩赦によって少しゆるめられ、幽閉という形でうちは邸に住んでいる自分の両親に、イタチは会っていない。だが、はここ数年頻繁に通っていた。

 少しぐらい顔を見に行っても良いかも知れないなと、イタチはなんだか前向きな気分になった。


安心感 ( すべてを知りながら 見守る 優しい人 )