炎一族邸に久々に二人で訪れると、斎はあっさりと言った。
「何?二人で。子供でも出来たの?」
相変わらず、言うまでもなく鋭い人だな、とイタチは思ったが、何やら出鼻を挫かれた気がして、あまり気分は良くなかった。
それが顔に出ていたのだろう。
斎は苦笑した顔で手をひらひらさせた。
「ごめんごめん。なんかそんな気がしたから。で、何ヶ月だったの?」
何も言わずとも、子供が出来たこと自体は疑っていないらしい。
まぁ、任務などで顔を合わせるというのにわざわざ二人で屋敷を訪れれば、勘くぐるのも当然のことかも知れない。
「1ヶ月半くらいでした。」
イタチが素っ気なく答えると、斎は笑いながらがばっと娘のに抱きついた。
「ち、父上っ」
は恥ずかしがって父の手から逃れようとする。
「おめでとー。良かったね。」
だが、斎はお構いなしにの頭をぐしゃぐしゃにし、もののついでというように同じようにイタチの頭を撫でてから、寝殿の方へと招いた。
寝殿にはの母・蒼雪が任務から戻っており、簀子で秋の月を見ながら寛いでいるところだった。
「あら、今日は帰ってくる予定でしたっけ?」
扇で自分を扇ぎながら、彼女はゆったりと尋ねる。
「あのねー、が妊娠したらしいよ。」
斎は蒼雪に笑いながら報告する。
「あら、早い。」
一言、蒼雪は感想を漏らして、イタチとにも同じように簀子の所に座るように簀子を扇子で二つほど叩いて勧める。
イタチはすぐに簀子の板張りに座ったが、斎はのために座布団を引っ張ってきて、そこには座った。
妊娠しているに板張りの床は秋口とは言え、冷えるといけない。
「そうですか。40なる前におばあちゃんですか。」
しみじみと蒼雪は扇で口元を隠していたが、複雑そうな表情で娘を見据える。
蒼雪も出産は17,8歳であったため、今のと同じ年頃。イタチの両親などよりは一回り若いため、まだ30代半ばだ。
おばあちゃんと言われるにはまだまだ早い年頃だが、に子供が生まれればおばあちゃんである。
イタチには分からないが、確かに複雑な気分かも知れない。
まぁそれを言ってしまえば、サスケも17歳にして“おじさん”になるわけだが。
「ひとまず、おめでとう。」
蒼雪は艶やかに微笑んで、改めてとイタチに祝福の言葉を述べる。
「これから不安なこともあるだろうけど、いつでも僕たちに頼って良いからね。」
斎もいたずらっぽく笑って、若い二人の初めての子供を祝福した。
「ありがとうございます。」
イタチは義父母でもあるふたりの祝福に改めて頭を下げてから、を見る。相変わらずは不安そうで、淡く笑っていたけれど無理もしているようだった。
「そうですわ。せっかくわたしもいることですし、なんでも聞くのですよ。最初の妊娠は不安な物ですわ。」
蒼雪は娘を励ますようにそう言っての肩を叩く。
「そうそ。雪なんて家出してたから、僕に当たりっぱなしだったんだよ。」
斎はけらけらと軽い笑いで暴露する。
「貴方がわたしが妊娠中で悪阻も気持ち悪いのに、目の前でこれ見よがしにケーキを食べたりしたからでしょう?」
「・・・先生。」
蒼雪の反論に、イタチは思わず斎に冷たい目を向ける。
悪阻でものが食べられないと苦しんでいる女性を前にして、ケーキを一人だけ食べるというのは流石に配慮に欠ける。
ただ、斎なら十分にやっただろうとイタチも思えた。
「まぁ、そんなことはさすがに俺はやりませんけど、」
イタチはの様子を確認するように窺ってから、斎を見上げる。
「なに?水くさいなー、いつでも頼ってよ息子よ−。」
冗談のように手を広げて斎は笑って、話を促す。その仕草が酷く子供っぽくて、イタチは思わず笑いながら、の背中を軽く叩いた。
「え、と。あの、イタチとサスケがいない時、おうちに帰ってきて、良い?」
は蒼雪と斎におずおずと尋ねる。
正直わざわざの実家に報告に来た原因は、要するに助けてくれませんかと言うことだった。妊娠と言われても男のイタチにはぴんと来ないし、イタチの両親であるフガクとミコトは未だに軟禁中の身だ。
ましてやの両親は斎と蒼雪なので、妊娠したとなれば頻繁に実家に帰りたいと思うことだろう。
イタチでは分からないことも増えるだろうし、の負担軽減のためにも、実家にきちんと話して先に了承をとって置く必要はあった。
「いや、の家はいつでもうちだからね。いつでも帰っておいでよ。ふたりとも、ってか三人ともいつでも帰っておいで。」
あっさり、斎は娘の里帰りに同意した。そればかりか、旦那とその弟も一緒で良いという。
相変わらず話が早いと思いながら、イタチは少しほっとした。今はサスケもいるのでどういった受け取られ方をするだろうと心配していたが、斎は元々分かっていたのだろう。
もイタチも弟であるサスケに昔から甘い。
サスケを放り出して二人だけ妻の実家に帰るというのは、とイタチの望むところではなかった。
「まぁ、サスケとイタチ、二人いるけど、やっぱりいろいろ難しいこともあるだろうしね。可能なら、出産も里帰りしておいで。」
斎も体調が悪いこともあるだろうことは、斎も蒼雪がを出産した時によく分かっている。当時は色々忙しかったし、それでも友人達がよく支えてくれたが、やはり蒼雪も酷いマタニティーブルーで苛々していたし、不安になっていた。
蒼雪の友人であるミコトは妊娠中であったし、クシナも同じだったため、蒼雪は何となく仲間が多い気がして楽しめた部分もあったが、妊娠年齢が随分早いの友人にまだ妊娠経験のある人や、妊娠している人は少ない。
紅も去年女の子をもう産んでしまっている。
実家の方が気楽なことも多いだろうから、斎はが妊娠したら、帰ってきても良いと思っていた。
「でも、もうちょっとひとりで頑張ってみる。」
はイタチと二人暮らしをし始める少し前から、両親から自立したいと思っていたらしい。だから、一人で頑張ってみたいという思いが強いのだ。
「うん。それを僕は反対しないよ。でも無茶は禁物だからね。」
娘の成長を親の過保護で阻害しようという気は、斎にはない。ただ、無茶をする必要はないし、無茶をする時期ではない。
そのことは、も理解していなければならない。
「イタチも、わからないことは何でも聞いてくれて良いからね。困ったことはみんな聞いた方が良いよ。」
斎は年上らしい助言をする。
「・・・そうですね。」
イタチは顎に手を当てて、うん、と考え込む。だが、突然言われて思い浮かんだのは、戸惑いまくっていたサスケの困り顔だった。
「サスケ、大丈夫かな。」
も同じことを考えたのだろう、ぽつりとイタチに言う。
「え?なんですの?サスケくんの方がいろいろ困っていますの?」
蒼雪が二人が揃ってサスケを思い浮かべていることを不思議に思い、首を傾げる。
にとっては義弟に当たるサスケは、今とイタチの住んでいる家で同居している。彼は未だ犯罪者としての扱いから抜けておらず、任務も少ない。何かと任務に忙殺されがちのイタチを考えれば、当然が妊娠すればサスケが手助けするために深く関わることになるのは事実だ。
だが、実際に腹の子の父親ではないので、少し思いも寄らないところだった。
「うん。わたしも不安だけど・・・。」
「サスケは、ちょっと焦ってたな。」
とイタチは顔を見合わせてサスケのことを思い出す。
のんびりしたと、分かっているがマイペースのイタチに真面目なサスケは最近振り回されがちだ。まぁ必要なところだけ聞いて、いざとなったらサクラの連絡先は聞いているし、その時だと思ったイタチと違って、サスケはサクラの話もメモをとりながら聞くほど真剣だった。
本人曰く「何かあったらどうするんだよ!」だそうだ。その時はその時としか言えないだろう。
ちなみには半分くらい分かっていない。
「あはは、サスケ、心配性だからね。遠慮なくサスケも一緒につれておいで。」
斎はサスケを思い出して、の頭をくしゃりと撫でる。
紆余曲折あり、イタチやに対しても愛憎紙一重だったサスケは、現在完全にブラコンのシスコンである。申し訳なさも手伝って、何を言われてもイタチとに頭が上がらない。
イタチとはしっかりと繋がってお互いに納得している部分がある。
だがサスケとはそれぞれそこまでではないから、サスケとしては心配でやきもきするのだろうなと、斎は思った。
困惑