「結局、里帰りって言うか、もう、実家住まいで良いんじゃない?」 




 斎は、塗籠の中に自分の大量の本を持ち込むべく、本棚を東の対屋に運び入れているイタチとサスケに小首を傾げて言った。




「・・・やっぱりそうですかね。」





 イタチも何となくそんな気分がしていたので、棚を塗籠の中に配置しながら小さく息を吐いた。

 結局妊娠で任務がなくなったは、暇や寂しさもあってほとんど実家である炎一族邸に戻ることになっていた。

 結婚を機に大きな家を借りていたイタチとだったが、が家にいないなら炎一族邸にイタチが帰ることも増え、同居のサスケもと一緒に炎一族邸にいることが増えた。そのため、本を家に取りに戻るのも面倒になり、が住まう炎一族邸の東の対屋に本棚を配置してそこに本を入れようという話になったのだ。





「もう引っ越してきちゃいなよ。面倒でしょう?」





 斎は棚を運んでいる男二人に、座布団の上にちょこんと座っているを見ながら言う。






「でも流石に申し訳ないと言うか・・・。」

「否、うちに家出してきて居候してた君が今更言う台詞じゃないでしょ。」

「・・それ言われると痛いですね、」





 イタチはと二人暮らしをする前、担当上忍である斎を頼って家でした際この炎一族邸に居候して3年も住んでいた過去がある。

 なので、正直イタチの“申し訳ない”はと結婚して義理の息子となった今では本当に今更だ。




「でもサスケの部屋ないよ。」






 は斎を見上げて、サスケを示す。

 基本的に寝殿造りである炎一族邸の東の対屋は広いが、部屋と言えるのは塗籠だけだ。塗籠は基本的に物置と化しているので、サスケが寝る間はない。

 母屋はだだっ広い空間で、天井が高い一階建ての寝殿造りでは、仕切りは几帳と壁代くらいのもので、どちらも言ってしまえば布なので、プライバシーはないに等しい。近代的な木の葉の家で暮らしてきたサスケには厳しいものがあるかも知れない。

 妊娠中で間違いなく何もないが、それでも少し厳しいだろう。





「じゃあ北の対屋使えば良いんじゃない?」

「でも、あそこ母上の物置でしょ?」

「塗籠だけでしょ?使ってるのって。」

「でもあそこって宗主の正妻が住むとこでしょ?なんか微妙じゃない?」

「そーんな古い話をどうしてが気にしてるのか僕は不思議だよ。」




 斎はにあっさりと言う。

 炎一族邸には寝殿を囲み、北、西、東の対屋がそれぞれある。寝殿は基本的に宗主の部屋というわけだが、現在は蒼雪と斎が共に使っており、西は蒼雪の母の風雪御前が、東の対屋はが使っている。

 北の対屋は宗主の正妻が住まう場所だったが、現在宗主は女の蒼雪であり、ほぼ蒼雪は寝殿で生活をするため、北の対屋は物置と化していた。




「どうする?プライバシーの侵害か、慣例の崩壊か、おまえの好きな方を選んだら良いぞ。」




 イタチは気のない様子で弟のサスケを振り返って軽く問う。

 要するにイタチとが暮らす東の対屋で布きれ一枚先にイタチ達が暮らすし、覗かれる可能性があるというプライバシーの侵害を容認するか、男で全く関係ないのに元々宗主の妃が住まう北の対屋を使わせてもらうか。




「・・・究極の二択だな。」




 サスケは渋い顔で斎やを見るが、完全にサスケの答えを待っている。

 身元引受人がイタチとであり、まだ保護観察中であるサスケが二人から離れて暮らすことも出来なければ、アパートを借りることも出来ない。




「わかった・・・プライバシーの侵害で。」




 サスケは仕方なく、大きなため息をと共に納得する。今まで宗主の正妻が住まっていたところに住むなど、恐ろしくて出来ない。幽霊が出ても嫌だ。




「来週の水曜日ぐらいに引っ越しするか。」




 イタチは弟の決断を受け入れ、本棚に入れる段ボールを塗籠に運び込む。斎は手伝うこともなく柱にもたれてイタチとサスケが本を棚にしまっていくのをぼんやりと見ていたが、が手伝おうと段ボールを引きずるのを見て、慌てた。




!重いもの持っちゃ駄目だって言われたでしょ?」

「え、だって、手伝いを・・・・」

「触るなと言っただろうが、」




 イタチも気づいて、の手から段ボールを取り上げる。

 イタチとサスケの忍術の本がほとんどであるため、巻物やら分厚い本やらひとまず重たい。だから妊娠中のが持つべきものではなかった。

 斎は自覚のない、まだ子供そのものの娘に少しあきれ顔をする。




「あのね。、気をつけなくちゃ駄目だって言われたでしょ?」

「だってそんなこと言ったらわたしがすることないよ。」




 は頬を膨らませて父親の足をぽんぽんと叩いた。

 家でもイタチとサスケに動くな、安静にしていろと言われ、挙げ句任務までなくなってしまったため暇で仕方がないのだ。




「贅沢言うんじゃないよ。羨ましい。良いじゃないだらだらしなよ。」




 最近任務や書類に終われている斎が羨望の眼差しをに向ける。




「心配だなぁ、本当にってば、子供なんだもん。」

「俺は貴方の書類がどうなっているのかの方が心配ですけどね。」




 イタチは本を棚に戻しながらさらりと言った。

 斎が書類をためまくるのは、暗部においては恒例行事で、いかにして期日通りに斎にやらせるかが、平和になり最近暇になった暗部の大きな課題だ。




「え?また父上書類してないの?」

「今週一週間はやってるところをみたことがないな。」

「ちょっ、や、やってるよっ、イタチが任務に出てたから、知らないだけだよ。」

「俺が任務に出て見張り役がいないからやってないんじゃないですかね、って邪推しただけです。」




 基本的にイタチが自分の担当上忍であった斎を見張ってやらせるのだが、今週イタチは任務で忙しかった上の妊娠騒ぎもあったため、斎に構っている暇もなかった。

 これを良い機会と、斎が書類を残しているような気がしていたのだ。

 おそらく、気だけではないとイタチは確信しているのだが。




「そういえばうちはのご両親の方に挨拶は行ったんだろうね。」




 斎はちらりとイタチを見てから、に問う。

 イタチがまだ両親のことを許していないのを斎はよく知っている。そのためとの結婚式の時も、斎が上層部に特例でうちはの両親に結婚式へと出席をさせてやってくれと行った時、彼は反対していた。





「うん。会ったよ。父上と母上がいない時はお邪魔させてもらうことになった。」




 は律儀に挨拶に行ったらしい。

 その上、斎や蒼雪、イタチやサスケが揃って任務に出て家にいない時不安なので、うちはの両親の所に実家帰りが出来るように挨拶をしたようだ。




「そう。良かったよ。仲良くね。」




 斎は娘の紺色の長い髪を、そっと撫でる。

 イタチはを大切に思っているため、がうちはの両親に会いに行くことに関して文句は言わないが、良く思っていないことは知っていた。また、サスケも両親に対しては複雑な思いがあり、兄に追随する形で、両親に会いに行こうとはしない。

 でも、イタチもサスケも、に行こうと言われると断れないのだ。

 斎はを律儀に育てて良かったと心から思う。





「それに、ミコトさんは二人も子供を産んでるから。頼りになると思うよ。」

「あ、そっか。二人もいるもんね。」





 はサスケとイタチを見て、こくりと頷く。二人は複雑そうな顔だ。




「いろいろと子育ての苦労話も聞けるかも知れないよ。」




 斎はクスクス笑いながら、に笑いかける。




「苦労話?」

「そ、男の子は結構色々困るらしいから。まぁ、は大人しくて可愛い子だったけどね。」




 を抱きしめて、斎は楽しそうに笑う。

 子供がいれば、隠れたエピソードの一つや二つはあるものだ。イタチとサスケは戦々恐々の心地で、いらないことを言う斎を睨んでいたのは、言うまでもない。




子育て