5週目からのつわりの悪化は顕著で、一週間で酷い状態となった。





「大丈夫か?」

「う、うん。」





 はぁ、とトイレから出てきたばかりのは吐息を漏らしてぐったりとトイレの横に座り込んだ。





「・・・」




 疲れたという声すらも出ない。

 吐くのも体力のいる作業だ。胸あたりが吐いたせいか、むかむか痛むが、それでも我慢せざる得ない状況だ。

 血も吐くようになっており、体重自体も既に2週間で10キロ落ちた。食べないといけないと分かっていても全く食べられる状態ではなく、食べても吐く。




「ん、ぅ、」





 柱に掴まるようにして立とうとするが、体力が限界なのか、足に力が入らない。喉にまだ不快感が残っているようで、それだけでまたえづきそうになった。





「部屋に戻るか。」





 イタチはが立てないと分かったのか優しくそう言って、をそっと抱き上げた。

 イタチの腕が温かくて、先ほどもトイレまで連れてきてもらったのには申し訳ない気持ちで一杯で、涙が出てきた。





「何を泣くんだ。泣かなくて良い、ほら、な。」





 イタチはをそっと布団に下ろし、を抱きしめたまま座って背中を撫でてくれた。





「レモン水、飲めそうか。」





 やっと吐き気も落ち着いてくれば、それを待っていたかのようにサスケが心配そうな顔でやってきて、に水を手渡す。

 食事は赤ちゃんのためにまんべんなくとサクラに言われたが、既に食べられるものすらなく、脱水症状にならないように、ひとまず水分補給がやっとで、水分も栄養のため牛乳とか言おうものならあっさり吐いた。

 生水も何か嫌な気がして吐くのだが、レモン水だけは喉を通ってくれる。





「う、ん。」





 はふらふらする手で何とか受け取って、口に含む。吐いた時の不快感を流していく冷たい水は心地よかった。

 体を冷やすが、冷たい水でないと飲めないため、言っていられない。

 のつわりはどうやらかなり酷い方らしい。

 の母である蒼雪もイタチの母ミコトもそんなこともなかったらしいのだが、ここ一週間ほどはほとんど食事が出来ず、食べても吐いてしまう。つわりの酷い人になるとこういうこともあるそうで、サクラはひとまず水だけは飲むようにと言っていた。

 ところが水もなかなか喉を通らない時も多い。水ですら吐き気がこみ上げてくる瞬間があるのだ。

 そのため2日に一度はイタチかサスケに着いて来てもらって病院に行き、点を打ってもらうという状態だ。




「ごめん、」





 子供のためにもきちんと食べなければならないし、美味しいご飯を気をつけてサスケやイタチが作ってくれているのに、ちゃんと食べられない自分が情けなくて、震える声ではイタチとサスケに謝る。




「気にすんな。仕方ねぇだろ。」




 サスケも流石にを責める言葉があるはずもなく、そっとの頭を優しく撫でた。

 がどれだけ努力してもどうしようもないことは、すぐに見て分かる。つわりは気持ちの持ちようだと言ったものもいたのだが、の状況はどう見てもそんな軽いものには見えなかった。

 悪阻は病では無いと言われるが、明らかに病よりも辛そうで、サスケもどうしたらよいかわからない。

 それには動けるなら絶対に動く。

 今の状況を見れば、誰もが気持ちの持ちようではどうにもならないものだと、分かっただろう。





「そんなに泣かなくて良い。仕方ないことだ。」

「・・・だ、って、」





 イタチが慰めてくれるが、は自分が情けなくて涙が止まらなかった。

 妊娠が分かって任務がなくなったため、一番家にいられる時間が多いのはだ。なのに何も出来ない。の実家である炎一族邸なので、家事などは侍女達がやってくれるが、ただ家にいるのにろくに動くことすら出来ず、レモン水のレモン一つ、買いに行ってもらわなければならない自分が情けなかった。

 また、定期検診に行けばつわりの軽い妊婦さんがいる。はぐったりとイタチに抱えられるような状態で、日頃も全く動けず寝たきりのようなのに、彼女たちは元気そうで、自分が酷くふがいなくてどうしたら良いか分からなくなった。

 サクラは気にしなくて良いと言っていたが、苦しさを抱えて家でじっとしているしかなく、自分の体の何かがおかしいのだろうかとどうしても自分を責めてしまう。





「ごめ、うぅ、」





 自分でほとんど動けなくて寝たきりなことも、点についてきてもらわなければならないことも、申し訳なくて、申し訳なくて、その気持ちが止まらなくて、どうすれば良いか分からなかった。




、そんな風に思わなくて良い。おまえが一番辛いんだから、な。」





 イタチは強くの背中を撫でて、泣くを慰める。

 夜中に吐き気がして眠れなくて、トイレに立ちたいけれどふらふらして一度部屋から出たところで倒れたため、トイレに行く時は夜中にイタチを起こさなければならない。

 明日任務がある時でも、嫌な顔一つせず起きてくれる彼の優しさと、どうにもならない自分の体調に対する情けなさに、はもうどうしようもなくなっていた。




「あか、ちゃん、大丈夫かなぁ・・わたし、ごめ、」





 まだ子供がどういった状態なのか、感じられることはほとんどない。ただ、どんどん体重が減っていることは自分でも分かっていたし、点の量も増えていて、来週もこの状態が続くようであれば入院とはっきり言われている。

 二日に一度病院に行って、子供の心拍があることを神に感謝する日々だ。

 この一週間だけで体重は6キロ減った。

 どうやって頑張ったら良いのか、自分の体が駄目なのか、にはなすすべもないことだったが、それでも自分が悪いのだと思わずにはいられなかった。

 人によっては食べて、吐いてを繰り返すべきだという人がいたが、は既に吐き過ぎと咳で喉まで切れており、血を吐くのでそれどころではなかった。





「明日はサクラが家に来てくれると言っていた。」





 イタチはの背中を撫でながら、泣くに言う。

 他の妊婦を見るのが辛いという泣き言を言っているとサクラに相談すると、一般的につわりは2ヶ月そこそこだと言われるので、サクラが休みの日はが病院に行くのではなく、サクラが炎一族邸に来てくれると言ってくれた。





「で、も、わるい、よ。」





 涙ながらにそういえば、イタチはそっとの額に口づけた。





「気にしなくて良い。おまえは他人に気を遣いすぎだ。辛いときぐらい、頼ったら良い。」




 サクラとてを心配しているのだ。

 の同期の全員がそうだった。毎日のように誰かがの見舞いに訪れ、食事が出来ないと分かると気を紛らさせるために本を持ってきたり、子供用の人形を持ってきたり、ひとまず甲斐甲斐しく世話をしている。

 点にはイタチとサスケのどちらかが必ずつきそうようにしているが、もしも用事があるときはいつでもにつきそうと同期の全員が口をそろえて言っていた。

 毎日のように痩せていくを心配しているのは、何もイタチだけではない。




「・・・うぅ、」 




 は自分のお腹を押さえる。

 痩せた体、未だにお腹の張る感触はあるが、それでも膨らみと言うべきものは何もない。でもこの中には子供がいるという。

 検診の時のサクラの表情から、自分の状態は相当酷く、赤ちゃんの心拍が止まっていても不思議ではないのだと、自身何となく分かっていた。

 流産も普通に考えられる事態なのだ。




「・・・、おね、がいだよ。」




 鼓動を止めないで、まだ体から出ようとしないで。

 はままならない自分の体で願うしかない。お腹に子供がいるのならば、はどんなに辛くても我慢できると言える。

 だから、お願いだからと心の中で何度も繰り返すことしか、にはもう出来なかった。
願い事