サクラはの体重その他のデータを見て、が点滴をしている間にイタチとサスケを部屋の外へと呼び出した。
「ひとまず、明日悪いですけど入院で。」
「やっぱそんなに、悪いのか?」
サスケは元々妊婦にどの程度のつわりがあるかなど、しか知らない。こんなに酷い状態で自分の母は良く子どもを二人も産んだなと感動しそうになっていたサスケだったが、サクラとイタチの表情は曇ったままだ。
「・・・あそこまで酷いのは、多分相当少ないぞ。」
イタチは自分の母がサスケを産んだ時を5歳だったため覚えている。
ほかにも紅など妊娠した女性を何人か見てきたが、あそこまで酷いつわりは見たことがなかった。
「いない、ってことはないけど、まぁ、20人に一人もいないわね。」
サクラは医者であるため何人も妊婦を見てきたが、今までの経験でほどの酷いのは数人だ。
「体重が、10キロマイナス。、元々そんなに太ってないから、赤ちゃんはもちろんだけど母胎の方も、心配かな。」
は子供のことばかりを心配しているが、このままでは下手をすれば共倒れだ。
これ以上体重が減れば子供云々の前に、の生命維持の方が問題になってくる。赤子はまた身ごもることが出来るが、が死ねばその可能性すらすべてなくなることになる。
「今のところ、子供の心拍はしっかりしてます。でも、あれだけ痩せれば時間の問題とも、言えます。」
母親の生命維持の問題になれば、母胎は勝手に子供を殺す。それは自然の摂理だ。特にまだ2ヶ月たっていない流産はある意味で自然淘汰だと言われることもある。
「こんなこと言いたかないし、残酷かも知れないけど、子供の方は今回は駄目だって言う、覚悟はしていてくださいね。」
サクラはイタチを見上げて、はっきりとした口調で言った。
「・・・それは、堕ろした方が良い、ってことか?」
イタチは少し目尻を下げて、サクラに尋ねる。
イタチ自身も、の体が弱り切っていることは分かっていた。元々は体がそれ程強いわけではない。元々チャクラが莫大であったため、今はイタチが肩代わりしてチャクラはないが、その時に劣化した身体機能がすべて戻ったわけではない。そのため、風邪を引くことはよくあった。
そのに、妊娠自体が難しいかもしれない、というのは考えたことがない事実ではない。それでもとの子供が欲しいと思ったのは、イタチが浅慮だったからだ。
がこんな風に酷い状況になった今ではそう思わずにはいられなかった。
「それは、絶対にイタチさんの口から言わないでください。」
サクラは、少し怒ったように強い口調で言う。
「は、今、子供のことばかり心配してる。ちょっとノイローゼかって言うくらい、子供のことを心配してる。だから、」
が口にするのは自分が血を吐いたことや、痩せたことではない。子供が死んでしまったらどうしよう、そればかりを口にして、自分の体がどういった状況にあるかはどうでも良いと思うほどに、必死だ。
そして、子供を受け入れられない自分の体を嘆いている。
「だが、取り返しがつかなくなってからでは、」
「それを決めるのはです。自分の体を犠牲にしても産むのか、産まないのか、それを決めるのは悪いですけど、男じゃない。」
サクラははっきりとイタチに言い返した。
確かにがこのまま命を落とすことは、10キロも体重が減り、まだ7週目で一般的につわりが止まるまでにまだまだ時間があることを考えれば、十分あり得る話だ。
だが、体を犠牲にするのも命を賭けるのもであり、イタチではない。
その選択はがすべきものであり、イタチが何か言うものではないのだ。
「は自分が辛くても、子供のことばかり言ってます。あの子に、今、その話をすることは酷以外の何ものでもありません。」
今のはおそらく、自分の体のために堕胎しろと言っても受け入れないだろう。最期まで抵抗するはずだ。
それをイタチの口から言うこと自体、の負担になる。
「俺には、何が出来る?」
今となってはもう、作らなければ良かったなんて後の祭りだ。苦しむを見ているのは本当に辛いことだが、イタチには本当に出来ることが少ない。
「支えてあげて下さい。めいっぱい甘やかして、できる限り傍にいてあげてください。」
サクラはのいる御簾の向こうを見つめる。最近ではやせすぎて、点滴が腕に入らなくなってきている。
はこのままではだめだと吐き気があるのに食べては吐くというのを繰り返したため、喉まで切れて血を吐くようにまでなっている。それでも、疲れたとは言っても、死にたいとか、妊娠しなければなんて言葉は一言も聞いたことが無い。
だから、イタチに出来るのは、本当にを支えることだけだ。
「サスケ君も、そう。絶対に、に否定的なことは言わないで。、本当に辛いんだからね。」
「言わない。見たら分かる。」
サスケはサクラの注意に頬を引きつらせる。
酷い不用意な言葉など、そもそも出てこないほどにの状態は酷い。2週間で10キロ痩せるというのは伊達ではなく、着物から覗く鎖骨は浮き出ており、手もがりがりだ。誰があの状態のに酷いことが言えようものか。
挙げ句トイレの隣の部屋でぐったりしていることも増えており、もう部屋からトイレに行く道のりすら辛いようだった。
「入院して丸々3日くらい、長い間点滴をすれば、少しは状況が好転すると思うんだけど・・・。」
サクラは軽くこめかみを押さえて、小さく息を吐く。
「すまないな。来てもらって。」
イタチは疲れている様子のサクラに、謝った。
とイタチにとって初めての子供なので、当然二人とも戸惑うことも多く、医者で友人で、女性でもあるサクラに頼る機会が増えてしまっている。
そのことをイタチも少し申し訳なく思っていた。
「良いんですよ。そんなこと。わたしもの子供抱きたいし。」
サクラは疲労は濃いようだが、表情は明るく、楽しそうに笑って見せる。
「そんな暗い顔してちゃ駄目ですよ。楽しい話、してあげなくちゃ。」
「そうだな。」
イタチの方も、案外のつわりのひどさに気圧されて、精神的にやられていたのかも知れない。
「そういう所は斎さんを見習わなきゃ駄目ですよ。あの人、つわりでぐったりのの隣で平気で子供は男と女、どっちかなって話してましたよ。」
サクラはの父である斎を思い出し、思わず笑う。
「も辛いけど、なんか楽しくて笑ってましたし。」
斎はが辛いのも十分理解しているだろう。だが、自分に出来ることがほとんどないことも分かっているのだ。
だから、せめて気分が紛れるようにと、娘にとって楽しい話をしていたのだろう。
イタチはが辛い顔をしていると真面目にどうしたら彼女の状態を助けられるだろうか、そして辛いのだから、こっちが笑っているのは申し訳ないと思ってしまうのだが、彼はそういう点で非常に賢く、あきらめも良い。
やはり斎にはという娘がおり、妻がつわりだった時も経験しているから、と言うのもあるかも知れないが。
イタチにはなかなかない神経である。サスケも同じだ。兄弟揃って真面目すぎるのかも知れない。
「ひとまず明日、朝から来てもらって一日点滴しますから。これで少しは好転すると良いんですけどね。」
サクラはのいる御簾の方を振り返って、心配そうに眉を寄せる。
「明日は俺がついてく。兄貴、朝から任務だろ。」
サスケはイタチの肩を軽く叩いて、イタチの顔をのぞき込んだ。
「あぁ、頼むぞ。」
イタチはこめかみを押さえて、目を細める。
自分に出来ないことが多いと言うのを目の当たりにすると、どうしても辛くて、このやりようのない焦燥と心配をどうして良いのか分からなくなる。でも、一番辛いのはなのだ。
自分がしっかりしなければと心に誓いながらも、揺らぐ心は止まらなかった。
信頼感情
( すべてを知りながら 見守る 優しい人 )