病院へと行く許可が出たミコトとフガクがの見舞いに訪れたのは、が入院したその日だった。
「あ」
サスケは病室のの隣で読んでいた本から顔を上げる。
「・・・」
ミコトとフガクは、ベッドの上に座っているの姿を見て、ぎょっとした。
患者用の白い服は、体の線が目立つ。元々太っているというわけではなかったが、柔らかだった頬はこけ、鎖骨も浮き出ており、手も骨と皮だけ。
最期ににあったのは2週間前、つわりが始まって少しの頃だったが、たった2週間ではがりがりに痩せていた。
噂では聞いていたが、あまりの状態にミコトとフガクは言葉を失う。
「あ、こんにちは。」
は相変わらず間延びしたのんびりした声音で挨拶をして、フガクとミコトに席を勧める。は座っているが、背中にはクッションが沢山挟まれていた。
「大丈夫なのか?」
フガクは心配そうにに歩み寄る。日頃は口数の少ないフガクは、つわりなど皆が通る道だと思っていたが、流石に異常事態だと思ったらしい。
「はい。今日入院して朝から点滴4本受けたら、ちょっと吐き気が楽になりました。」
は力のない声で返して、淡く笑う。
「大丈夫じゃねぇだろ。今日も朝から血吐くわ、水も飲み込めないわ、そりゃ酷かったからな。救急に運ばれたくせに。」
サスケはの言葉を訂正する。
病院に朝から行く予定だったが、早朝に既に体調が悪くトイレに入り浸りで、今度は鮮血を吐いたため、イタチによって朝から救急に運び込まれたのだ。
今はイタチも任務でいないが、それからサスケがつきっきりだ。
「でも、今は久々に少しだけ体調良いよ。」
「少しだけ、だろ。」
サスケはの軽い調子に言い返しながらも少し安心する。昨日までは言い返す気力もないほどに布団の上に転がっているだけという感じだった。動くのは吐き気がしてトイレに駆け込む時だけだが、それも難しい状態だった。
点滴を何本も打って、少しだけ回復したらしい。と言っても点滴の針がそもそも入らず、慌てに慌てたのだが。
「そんなに酷いなんて、」
ミコトはの傍により、の背中を撫でて、その手がこわばる。背骨が明らかに手に触って分かるほど、痩せきっていた。
はあまり顔が痩せるタイプではないので分からなかったのだが、触ればすぐにその異様さが分かった。
「い、いつまで、入院なの?」
ミコトは平静を必死で装って、尋ねる。
「うん。わかんないけど、この感じで調子が良いから、1週間くらいしたら、家に戻ろうかって。」
は明るい表情で言うが、サスケの表情は晴れない。
おそらくそれは難しいと分かっているのだろう。が今、体調が良いからと言ってそれに安心できないほどに今まで体調が悪かったのだ。
「イタチは、どうすると言っている。」
フガクが何とも言えない複雑そうな顔でサスケに尋ねる。
「兄貴?今日は夕方に帰ってきて、泊まるって言ってる。明日は夜に任務で出るから、俺が泊まるつもりだ。」
イタチは今日の夕方に任務から戻ってくるが、また明日の夜は任務に出る予定で不在になるため、暇なサスケが病院に泊まる予定だ。
「そんな心配しなくても大丈夫だよ。」
はサスケに目を丸くして、首を振る。
「せっかくわたしがいないんだから、夜ゆっくり眠りなきゃだめだよ。」
の体調が悪く、つわりも酷くて夜中でもトイレに吐きに行くため、イタチがいない時はサスケがと一緒の部屋で眠っていた。が入院するとなれば、少しはイタチとサスケも休めるだろうと思っていたが、毎日彼らが見舞いに訪れていては意味がない。
「駄目だよじゃねぇ。それにおまえ、立てなくなってるだろ。」
サスケはを睨んで、言う。
は既に自分で立つことが出来ないほどに弱り切っている。トイレに行くのにすら、ナースコールをしなければいけない状態なのだ。
「でも、イタチたちも休んだ方が良いよ。ね。」
「ね。じゃねぇ。それに、こんなの数ヶ月の話だろ。」
イタチとサスケが頑張ると言っても、どうせつわりは数ヶ月、子供が生まれるまでも8ヶ月。終わりの見えない戦いではない。
その先に子供がいると思えば、イタチとサスケはいくらでも明るくなれた。
むしろ衰弱していくを傍で見ていなければ、そのまま死んでしまうのではないかと不安でたまらない。
「何かあってからでは困る。だから、くれぐれも養生しなさい。」
フガクはの肩を叩いて心配そうな顔で言う。
「イタチにもサスケにも、頼りなさい。できる限り。家族なのだから。」
フガクにとっても、の子供は孫に当たる。心配するのは当然のことだ。
一族という枠組みが大きすぎて、家族を守るという当たり前のことを、フガクはどこかで忘れかけていたのかも知れない。
斎は昔、クーデターの前にフガクに言った。
―――――――――――――僕はただ子供たちに当たり前のものをあげたいんです
目の前にあるものが当たり前すぎて、それが一番大切であると言うことを、フガクは忘れていたのかも知れない。
「、大丈夫か?・・・え。」
イタチが病室をノックもなしに開いて、自分の両親の姿に目を丸くして硬直する。どうやら両親がの見舞いに訪れると何も聞いていなかったらしい。
「お帰り、ついでにお疲れ、兄貴。」
任務から帰ってきたばかりであろうイタチに、サスケは慰めともつかない言葉をかける。
イタチは暗部で、軟禁中のミコトやフガクを監視する任務は、暗部の役目である。部署が違うとはいえ、イタチの担当上忍であった斎は暗部の親玉であり、ミコトとフガクの外出許可ぐらい、知っているのが当然だ。
多分、両親に会うのをクーデター事件から避けているイタチに対する、斎のささやかな嫌がらせなんだろう。
「おかえりー、ちょっと元気になったよ。」
「そうか。顔色が良さそうで良かった。」
は朝より驚くほど元気で、イタチはほっと安堵する。
「しばらく、暗部のみんなが任務を変わってくれるそうだ。」
イタチはのベッドに座って、笑う。
「えぇ?!」
「が入院したと聞いたらサイとヤマトさん、あとカカシさんが全部任務を変わってくれた。」
任務中も実は気になって気になって仕方がなかったのだ。私情を挟んではならないと気を張るのだが、どうしてもふと考えてしまう。
昨日サイに任務の時、の容態を聞かれて入院が決まったと言ったのだ。
最初はヤマトやカカシも、つわりは妊婦として普通の話だと思っていたが、流石に2週間ものを食べられず10キロ体重が落ちたと聞けば異常事態だとわかる。
で、サイがヤマトやカカシ、他の暗部の人間と話し合いをし、少なくとも一ヶ月はイタチの任務を肩代わりすると言うことになった。
暗部所属の女性達も最初はたいしたことは無いと思っていたようだが、10キロ体重が落ちた話に絶句したそうだ。が元々小柄で細かったためもあるだろう。
「え。でもわたし体調良くなってきたよ。」
点滴で少し復活しているは、そんな必要ないと言うが、たった一日良いだけの話だ。
「あぁ、俺もそうであることを願ってるがな。」
イタチはの背中を強く撫でて、息を吐く。
きっとと同期の忍達も、カカシやヤマトも、の容態を楽観視したいのは事実だ。が無事であることを、一番に願っている。だが、実際にはそれ程良くないことを、サクラからの報告でイタチはよく知っていた。
無事であることだけを祈っている