吐き気悪阻がなくなり、食事が食べられるようになった次の週から、は酷い体のだるさに悩まされることになった。
「ちゃん、大丈夫?」
ミコトは心配そうにの額に冷たい手ぬぐいを置く。
「うん。大丈夫。」
は笑って言うが、顔は赤い。
吐き気悪阻がなくなって食事も徐々に食べられるようになり、退院もしたので、一週間前にうちは邸に久しぶりに遊びに来ていたが、そこで体調を崩したのだ。
熱も高く体調も良くないため、は引き続きうちは邸に滞在している。
「こんなに熱が続くなんて、」
イタチは眉を寄せての枕元に座って、の髪をそっと撫でつける。
サクラがの血液を検査したが菌も見つかっておらず、一応子供に比較的害のない薬の処方もされたのだが、それも聞いた様子がない。
の高熱は原因不明、だった。
サクラが来て点などの処置を行っていったが、ここ一週間体調が整わないので、動かさない方が良いとイタチも釘を刺されたため、不本意ながらうちは邸で養生と言うことになっている。
は数週間前までの悪阻が酷く、体重が15キロ減ったのだ。
炎一族邸に戻っても良かったのだが、食事が出来るようになったばかりで、それからすぐに熱を出したため、動くことによってが目眩などに倒れ、子供が流れるのではないか、心拍が弱まるのではないかとサクラは心配しているのだ。
熱があっても食事が出来ているのが不幸中の幸いだ。
「ご飯、どうする?」
ミコトは躊躇いがちに尋ねる。するとは笑って「食べる」と答えた。
「頭だるいけど、食べないと、吐き気も少ないし。」
体はだるいが食べられないほどではない。はゆっくりと身を起こそうとする。イタチはすぐにそれを助けるべくの背中を支えた。
「そう。じゃあとってくるわ。」
ミコトは腰を上げ、襖を開いて廊下へと出て行く。
「無理はするなよ。」
イタチは最近これが口癖になるほど、に言うことになった。
幸いなことに、流産してもおかしくないと綱手に覚悟を促されるほど酷いの状況ながら、相変わらずの子供はの腹にしがみついている。酷い状態の体を抱えるにとって、それが唯一の希望だった。
「ありがとう。」
はイタチの腕に手を添えて、小さく笑って言う。
「今日は卵と鮭のおじやにしてみたんだけど。」
ミコトは小さな小鍋を持って、部屋へと戻ってきた。鍋のふたの間からは湯気と共に美味しそうなにおいが漏れてきていた。
「ちゃん、鮭好きでしょう?」
「好きー」
は嬉しそうに笑って、ミコトによそってもらったお椀を受け取る。薄桃色の身とほどよい油が浮いているおじやは、美味しそうだった。
「うちはのおばちゃまのご飯、美味しいよね。」
「・・・そうだな。」
がおじやを見ながらイタチに言うと、イタチは何とも言えない複雑な表情でそっぽを向いて答えた。
イタチは未だに数年前、木の葉に対してクーデターを起こした両親であるミコトとフガクを許していない。だから本当はがこの屋敷にいるのも、付き添いでイタチがうちは邸に泊まらなければいけないのも、かなり不本意なのだろう。
何となくイタチとうちはの両親との複雑な関係に気づいているは、ちらりとイタチを見上げる。
相変わらずイタチはミコトに対して何も言わない。ミコトも同じだ。同じ空間にいて、と会話することはあっても、お互いに言葉を交わすことはない。
元々の目から見ると希薄な家族ではあったが、それでも寂しい。
「いただきます。」
は手を合わせて、さじでおじやをすくう。
「イタチも食べる?」
「・・・あぁ、もらおうかな。」
イタチが言うと、ミコトはイタチにも同じようにおじやの入った椀を渡したが、相変わらず二人が言葉を交わすことはない。
ミコトもフガクもイタチと同じようにには優しいけれど、互いに声は掛けない。
今までは同じ場所にとどまることすらなかったので、ある意味がいることによってこうして隣同士でいること自体、進歩なのかも知れないが。
「でも、ちょっとおかしいわよね。こんなに高熱が続くのに、風邪でもなんでもないなんて。」
ミコトは少し考え込むようなそぶりを見せ、に言う。
「ちょっと精密検査に行った方が良いわ。悪阻じゃないんだから。」
「そ、そうなの、かな。」
「そうよ。ただの風邪で一週間も熱が下がらないなんて。」
「そういえば、サクラもその方が良いって、言ってたかな・・・。」
はふっと思い出す。
サクラも先日点にやってきた時、同じことを言っていた。これで熱が下がらないようなら、精密検査に入院だと。
「まぁ、でも、だるーいだけだし。たいしたことないよ。」
二週間前まであった悪阻に比べれば、吐くこともないしだるいと言ってもたかが知れている。熱が高いのもそれ程問題ではない。
「たいしたことだ。おまえの体は、子供の体でもあるんだ。無茶してくれるな。」
イタチはの頬に手を伸ばして、そっと撫でる。
はいつも自分の体を顧みない無茶をする。確かに一人の体ならある程度の無茶も出来るが、今、は一人ではない。二人分の命を抱えているのだ。
それを忘れないで欲しい。
「うん。早く出てくると良いのにな。」
はそっと自分のお腹を撫でながら、何度も言う。
「名前は、決めたの?」
ミコトは優しくに尋ねた。
「名前は先に決めておいた方が良いわよ。」
「でも、男の子か女の子かわからないよ?」
「どっちも考えておいたら良いじゃない。」
「そう、かなぁ。」
は一応納得して、イタチを見上げて小首を傾げる。
「何が良い?」
「突然言われてもな・・・。」
カタカナの名前をつけるか漢字の名前をつけるかすら思い浮かばない。
の父である斎の家は基本的に大抵は1文字、訓読みの名前をつけることが多く、もそれに乗っ取っている。の宮号は母である風雪に則って雪花姫宮とつけられたと聞いた。
要するに両親の一族の折衷案ということだ。
「漢字が良い?カタカナが良い?」
「じゃあ、の家に則って漢字にするか?」
「じゃあうちは一族に則って名前は三文字にする?」
うちは一族は、サスケやミコト、フガクを見て分かるとおり、基本カタカナ三文字が多い。の家に則って漢字の名前にするならば、うちは一族に則って名前の音は三文字が良い。ある程度形式を決めてしまわないと、名前など決まるわけもない。
適当な会話で、適当に形式を決めていく。
「明日から、一緒に漢字辞典でも眺めるか?」
イタチはに笑いかける。
の体調の悪さに気をとられていて、子供の名前なんてことは全く考えたこともなかった。
「そうだね。」
ミコトのおかげで楽しみなことが一つ増えたと、は柔らかに笑い返した。