検査のため入院して1日目、イタチとサスケ、の両親である蒼雪と斎、そしてうちはのミコトとフガクが揃って、しかも綱手に呼び出された。
「・・・よく、考えろよ。」
綱手は最初にそう前置きをして、全員に同じ紙を渡した。
「なんだ、これ。」
サスケは眉を寄せてそのチャートを見つめる。算術の、比例グラフのようだった。横の線が月日であることはすぐに分かり、一番左端は10ヶ月と書かれている。
だが縦の軸がなんなのかがよく分からず、兄の顔を見上げれば、イタチの顔は真っ青だった。斎と蒼雪も呆然とした表情でそのグラフを見ている。
の両親である蒼雪と斎、そしてイタチはこのグラフを食い入るように、見つめたことがあった。何度となく、涙と共に。
「これ、なんだ?」
サスケは綱手に目を向ける。綱手はイタチをじっと見て、悲しそうに目を閉じた。
「これは、チャクラの成長予想表だ。」
ある程度の年齢まで、チャクラは成長する。その予想表である。
「・・・?誰のだ?」
サスケは綱手のさす意図が分からず、首を傾げる。
横の軸の端は10ヶ月、サスケにはこのチャクラの成長予想が何を意味するのか変わらなかったが、イタチは既に理解していた。
「まさか、子供が・・・?」
「そうだ。」
綱手はイタチの危惧に悲しそうに目尻を下げて頷いた。
「とおまえの子供は、莫大なチャクラを持っとる。」
は莫大なチャクラを持って生まれてきた。それは自身が歴代の宗主の中でも莫大なチャクラを持っていたと同時に、鳳凰という化け物まで躯に飼っていたからだ。
たまに鳳凰を持つ宗主は生まれるが、は元々莫大なチャクラを持っていたため、鳳凰のチャクラまで躯が支えることが出来ず、成長に伴い自分のチャクラが大きくなるにつれて身体機能を圧迫し、最期には死に至るとされていた。
チャクラは確かに多ければ良いとされがちだが、過ぎれば躯の身体機能に重大な疾患を及ぼす。
今、は鳳凰のチャクラをイタチに封じることによって自分のチャクラだけを保持しているため、体調を崩すこともなく、チャクラを自分で支えている。
「が、今体調を崩してるのは、要するに・・・」
斎がやりきれないというような表情で目を細める。
「そうだ。が自分の子供の成長するチャクラを支えられないんだ。」
綱手が、一度も危惧しなかった事実だった。そのこと自体が迂闊だとしか言うことが出来ない。
は元もと大きなチャクラを持ちながら、大きなチャクラを支えられないほど体が弱かった。あるいは大きなチャクラを持ち続けていたから、体が弱かったのかも知れない。
そしての躯は、成長する子供のチャクラに徐々に耐えられなくなってきている。
「おまえとの子供のチャクラは、恐るべき速度で成長している。このまま行けば、イタチ、おまえが封印している鳳凰以上になる。」
綱手はグラフになっている予想図を示す。
「そして、おそらく、の躯はそれに耐えられない。」
10ヶ月、子供を腹の中に宿すことは、には出来ない。4ヶ月の今の時点では体のだるさと熱を訴えている。だが、これから腹の赤子のチャクラは何倍にも成長するだろう。の躯が耐えられるはずもない。
かつてはイタチが鳳凰を封印することで、のチャクラを肩代わりした。しかし、今回は誰にも封印することも出来ない。子供が生まれない限りは。
「子供は、助からないんですか?」
イタチは縋り付く思いで綱手に尋ねる。
母胎が死ねば、当然子供も死ぬだろう。綱手はイタチの悲しそうな表情に口を開いたが、言いにくかったのだろう、言葉が出ず、目を伏せる。
「わからん。どこまでの躯が耐えられるか、」
10ヶ月は不可能だが、帝王切開という手もある。だが、は帝王切開できるほど子供が成長するまで、成長し続ける子供のチャクラに耐えられるだろうか。
ある程度の予測は出来ても確かなことは言えない。グラフは妊娠5ヶ月で、子供のチャクラはが耐えられるチャクラの量を超えると書かれている。
「封印するとか、そういう方法はないんですか?命を賭ければ、なにか方法が。」
ミコトが必死の形相で綱手に言う。
誰かが命を落とすほどの対価を払えば、様々な忍術があり、様々な方法がある。だが、こればかりはどうしようもない。
「と腹の子を切り離すことは出来ない。要するに、もしも産むならば、の生命力に賭けるしか無いと言うことだ。」
綱手は十分に分の悪い賭であることを理解していた。5ヶ月での耐えられるチャクラ量を超す。現在は4ヶ月。それでもは高熱を出し、体がだるいと訴えている。
子供が生まれる10ヶ月まであと6ヶ月、悪阻で15キロも体重が減り、未だ戻らない状態でどこまでが子供のチャクラに耐えられるのか。
帝王切開でどうにかなるのはせいぜい6、7ヶ月からだ。
「そんな・・・」
イタチはあまりの現実に、言葉を失う。昨日まで抱いていた、幸せな気持ちが一気に吹っ飛ぶに足る事実だった。
「月並みな話ですけど、母胎共に無事な確率って、どのくらいだと思います?」
斎は冷静に綱手に問う。娘のことだ。本人とてショックだろうが、綱手は冷静を装う彼に悲しい答えしか与えてやることは出来ない。
「・・・7,8ヶ月で子供を帝王切開するとしても、私にはがもつとは思えん。」
が耐えられるチャクラ量は6ヶ月まででぎりぎりだ。帝王切開できる7,8ヶ月まではそこから2ヶ月もある。子供の成長が早かったとしても、楽観視してもつと言うことの出来る時間ではなかった。
「もしも堕胎するなら、決断は早いほうが良い。」
もう4ヶ月半、堕胎するにはぎりぎりのラインだ。
どうせ子供が無理ならば、の躯がチャクラに食われる前に堕胎してしまう必要がある。イタチや家族にとっても、苦渋の選択になるだろう。
「にそれを話せと?」
イタチは泣きそうな表情で首を振った。
は子供を喜んでいた。15キロも体重が減るような吐き気と辛すぎる悪阻に耐えたのも子供のためだ。子供の顔を見るためだけに必死に頑張っていたのだ。
そのに、堕胎しろなどと、
「それは私から言いますわ。」
蒼雪が銀色の睫を伏せて、息を吐く。
「イタチさんからよりも、女の私がそれをに言うべきです。」
男であり、誰よりも子供を望んでいたイタチにへ伝えさせるのはあまりに悲しすぎる。
「・・・でも、それは無理だと思うよ。は死んでも堕胎しない。」
斎は首を振って、妻である蒼雪の肩を叩く。
「言うだけ無駄だよ。は頑固だ。」
が我が儘を言うことはほとんどないが、こうと決めたらてこでも動かない。は堕胎を間違いなく拒否するだろう。
「の命はないぞ。」
綱手は斎を睨むが、父親である斎にはがどうするかなんてすぐに想像がついた。それはイタチも同じ思いで、想像するだけで背筋が凍る。
「見ててごらん。決まってるよ。は子供と心中する道を選ぶよ。」
斎は日頃の軽さなどまるで無く、ぞっとしたように自分の躯を抱きしめて身震いをした。は、自分が死んでも、子供と心中することを選ぶだろう。娘の性格など、父親である斎がよく分かっている。
説得など無意味だ。は自分の躯が子供を支えられないのではないかと不安に思っていた。その上堕胎しなければ自分の命が危ないから、子供を殺せと言おうものなら、間違いなく自分も死ぬと言うはずだ。
無理矢理堕胎させても、罪悪感で生きていけない。はそこまで強くない。
「・・・どちらにしても、俺はを失う覚悟をしなければならないと言うことか。」
イタチは目を閉じて、唇を切れるほどに噛む。
子供と妻を同時に失う。これほどに早すぎる終わりを受け入れる覚悟など、あるはずもなかった。