は病室で母親からすべての話を聞き、堕胎を勧められたが、呆然とした面持ちながら首を横に振った。
「・・やだ、やだよ、」
蒼雪から逃れるように、はその幼い容姿に不釣り合いに膨らんだずるずるとベッドの上で後ずさりをする。
「生きてる、生きてるよ・・・」
はお腹を撫でて、何度も繰り返す。
「宮、貴方の躯は子供のチャクラに耐えることが出来ないのです。だから。」
「でも、でも生きてるもん!」
は何度蒼雪やミコトが説得しても、頷きはしなかった。むしろ態度を硬化させ、二人から距離をとろうとする。
白炎の蝶がぱたぱたと鱗粉をまき散らし、と他の面々の間に割り込むように舞う。
「まだ、まだ生きてる、生きてるもん、」
は紺色の瞳に涙をためて、自分の目尻を手で拭うが、ぽたぽたとこぼれ落ちていく。辛い悪阻にも耐えてきたにとって、仮にが子供のチャクラに耐えられなくて死んでしまうとしても、母の死によってお腹の子供が死を迎えるとしても、今生きている子供を自分のために殺すなんてこと、できっこなかった。
「・・・斎、貴方も何か言って頂戴・・・。」
蒼雪が拒むを見て、縋るように斎に目を向ける。
「・・・僕には何も言えないよ。」
斎は蒼雪の懇願に、首を横に振った。が出す答えなど、もう決まっている。受け入れるはずが無いのだから、言っても無駄だと言うことだけは、斎も理解できていた。
しかし、父親のその態度が、に現実を強く突きつける。
「うそ、じゃ、ないんだ・・・」
母が堕胎を進めるのも、助かりようが無いという話も、すべては真実なのだ。
「イタチ、イタチも何か言ってよ!」
は扉の近くで黙り込むイタチに、助けを求めるように叫ぶ。彼は眉を寄せ、拳を握りしめて、何も言わない。の言葉に応えない。
イタチもどこかでの堕胎を納得しているのだ。
自分のいない場所で決められた決断に、は紺色の瞳を丸くしたが、それでも到底には納得出来るものではなかった。
「出て、いって、」
は震える声音を絞り出す。
「出て行って!」
今は堕胎を受け入れた誰の顔も見たくなかった。
白炎の蝶がを守るように鱗粉を散らす。これ以上、近づくなら親でも夫であっても攻撃するぞと言う、警告を込めて。
「・・・」
イタチは蒼雪がに説明している間も、一言も言葉を発さなかった。しかし、悲しそうな漆黒の目にを映し、息を吐く。
「俺にも、何が正しいのか。よくわからない。」
事実を受け入れられないのは、イタチも一緒だ。
子供が成長すればチャクラも大きくなる。チャクラが大きくなればは耐えられず、命を落とすだろう。が命を落とせば、胎児も死ぬ。だから、胎児を先に殺して、を生かす。
だが、今、まだ子供は生きて、元気に成長している。
どうせ死する子供を、母胎のために先に殺すことが、正しいことなのか。きっと答えとしては正しいのだろう。
ただ、自分の子供だ。
「・・・綱手様は、おまえがもたないと言っていた。もし、手術をするなら、早いほうが良いと。」
堕胎は早ければ早いほど母胎の負担は少ない。
もう4ヶ月に入っているため、決断を早くしなければ中絶できる状態を越してしまう。
たった後2ヶ月だ。早産でも良いのなら、6ヶ月で出産することが出来る。でも、その二ヶ月がにとっては長すぎる。
「本当に、すまない。」
イタチは涙を堪えるように、唇を噛んだ。
子供が最初、欲しかったのはではなくイタチだ。愛しい人との子供が欲しくてたまらなくて、安易に子供を作ってしまった。こんなことになるなど、思いもしなかったのだ。
イタチの浅慮だ。
「・・・そんなこと、言わないで、まだ、まだ、生きてるの。」
はイタチの言葉を拒否するように、何度も首を振って懇願する。
「いなかったら、良かったなんて、そんなこと、言わないで・・・」
ぽたぽたと、シーツに涙がこぼれ落ちて、色が変わっていく。
「すまない。」
イタチももうどうして良いのか、を慰めれば良いのか、堕胎を勧めれば良いのか、それともこのままいれば良いのか、答えは早急に出さなければならないのに、まったく答えが出なかった。
「考えたくないだろうが、・・・考えて、ほしい。」
イタチはそう言って、病室を出る。それに続くように躊躇いがちながらミコトと蒼雪も外へと出て行った。
はその後ろ姿をぼやけた視界で見ながら、自分のお腹にそっと触れる。
自分の体はだるいけれど、大きなお腹はまだそこに自分の子供が存在すると教えてくれる。せっかくの命を、自分のために、殺す。
「でき、ないよ、」
最近、少しずつは子供の胎動を感じるようになってきた。前はお腹が膨らんできたことくらいしか分からなくて、変化は僅かだったのに、今では胎動だと分かるほどに。
ここに、生きているのだ。
例えが死ぬまでの短い命だったとしても、ここには確かに生きている子供がいる。
「しんどいのは、慣れてるよ。」
幼い頃から莫大なチャクラに悩まされ、それ故の身体機能の劣化や体調の悪さはいつものことで、実際にイタチのチャクラの半分を肩代わりしてもらう少し前からは死にかけていた。
体がだるくて体調が悪いのも、慣れっこだ。
人が動けないほど体調が悪くても、は慣れているので痛もうがなんだろうが、そこそこ動ける。
「どうせ、死んじゃうんなら、ふたりで一緒に行こう・・・。」
は涙を拭いて、ぽんと自分のお腹を軽く叩く。すると、とん、と胎動が答えるように返ってきたような気がした。
まず手始めに腕に刺さっている点を引き抜く。
そしてベッドから身を起こし、ロッカーに手を伸ばし、しまわれている自分の上着を取り出す。毛皮が裏にはられた羽織はそこら辺のコートよりもずっと暖かい。
ついでにちゃんとマフラーもして、出かける準備をする。
外はもう11月なので結構寒い。
そっとベッドの下の床に足をつける。体がだるく熱っぽいし、頭が重たいので一瞬ふらついたが、別に普通に歩くのに困ることもなさそうだった。
「よし、ひとまずどこに行こうか。」
よたよたしながら、ひとまずどこに行こうかと自分の鞄の中身を確認しながら考える。
幸い鞄の中には財布も入っており、使っていなかったお札が何枚か入っていた。通帳もあるし、しばらくは困ることはないだろう。
「お腹もすいたし、甘味屋に行きたいな。」
吐き気悪阻が終わってから、食欲は結構ある。
おはぎが食べたいと想像しているとそれが子供にも伝わったのか、お腹の中で子供が動く感じがあった。
「そっか、甘味が好きかぁ、」
はよしよしと自分のお腹を撫でる。
には年下の弟妹がいないし、宗家の令嬢であったため、年下の子供達と関わる機会は本当に少なかった。
犬猫も飼ったことがない。
だから返事をしてくれる自分に何よりも近い存在を思えば、自然と頬が緩んだ。
「うん。一緒だね。」
普通に考えれば、多分一緒に三途の川を渡ることになるんだろう。でも、ここにいるのがイタチと自分の子供だというのなら、それも悪くないと思う。
「なんか脂っこいもの食べたいな。一楽のラーメン屋さん行こうか。」
この病院から一楽は近い。
体もだるいしそれ程歩きたくないので、近場が一番だ。その後で近場の甘味屋さんに行っておやつを食べよう。最近は大食になっている。
どうせ死ぬなら美味しいものをいっぱい食べさせてあげようと、自分が食べるのにそんなつまらないことを考えた。