斎の言うとおり、は堕胎を断固拒否した。
その上、勝手に病院から出てどこかへ行ってしまったという。の同期達にも尋ねてみたがを知る人間はおらず、斎の透先眼でも探したが、結界を張っているのか駄目だった。
「・・・里から出ることは、ないと思うんだけど。」
斎は困ったような顔で病室の前のベンチに腰掛けているイタチを見下ろす。
「そう、ですか。」
はそれ程遠くには行ってないはずだ。
どこかの宿にいるのか、それとも本当にもう木の葉の里から出たのか、真相は全く分からないが、の答えは変わらず、死んでも、子供と心中することになっても堕胎しないと言うことなのだろう。
イタチとしても、を探して、どうしたいのか、自分でも分からなかった。
「まぁ、急に何かってことはないと思うけど、」
斎はイタチを慰めるように言って、彼の隣に腰を下ろす。
検査入院であり、子供のチャクラは徐々に増える。要するにの容態は急変すると言うよりは、徐々に悪化すると考えた方が良いのだ。
「僕が聞くのも複雑なんだけど、どうする気?」
「・・・どうしたら良いと思います?」
イタチももうどうして良いか分からなかった。
はお腹の子供と心中しても良いと思っている。は母親で、そうすることが可能だ。でも、なら、残される自分はどうしたら良いのだ。
にお腹の子供とともに去られれば、どうしたら良い。
一緒に死ねとでも言うのだろうか。否、そうするしか無いだろう。と子どものどちらもを一度に失って、イタチは到底生きていける気がしなかった。
が死ぬかも知れないと分かった幼いあの日、それに最後まで抗い続けたのは、諦めきれなかったのは本人でも誰でも無くイタチなのだから。
「辛いね。」
斎は驚くほど短い言葉で表現したが、まさにその通りだった。
「綱手様が、を失うこと前提なら延命措置を無理矢理とって、帝王切開が出来ないかって、言ってるけど。」
「どっちみち、は失うってことですか。」
イタチは自分を嘲るようにふっと笑った。
当たり前の、と自分と、子供の未来を願っただけのつもりだった。だが、それはイタチが実際考えていたよりもずっと重たい。手の届かない遠い未来だった。
「子供がすべてではないとも、言えるよ。」
斎には一人娘のがいるが、もともと無理だと思っていた子供だった。
斎は蒼一族が重ねた近親結婚のせいで、精子欠乏症でほぼ無精子状態。自然妊娠はほぼ不可能だと言われていた。だが結婚から1年後、偶然なのか奇跡なのか、出来たのがだった。
妻の蒼雪は炎一族の宗主であり、跡取りは必要な状態だった。
彼は彼なりに苦しんだし、子供が出来なかったときのことも一通り考えた。
「子供のいない夫婦もいる。月並みかも知れないけど、そういう幸せもある。でも、が今の状態ではそれを受け入れないだろうね。」
子供がすべてではないけれど、もう妊娠してしまった今、はその子供を一番に考えるだろう。
堕胎など絶対にしない。
ならば綱手の言ったという、延命措置をぎりぎりまでとって、帝王切開が一番現実的な案となる。ただし、の躯は覚悟しなければならない。
イタチはのチャクラを、命を賭けて肩代わりするほど、を大切にしている。
生まれるかどうかわからない不確定な子供の確率を高めるために、を犠牲にすることを、どこかで受け入れられないのは、十分に理解できることだった。
「兄貴、ナルトから連絡があって、はナルトの家にいるそうだ。」
サスケが綱手と共にやってきて、イタチに口早に告げる。
「ナルトの家に?」
どうやらはナルトの家に駆け込んだらしい。
誰か同期の家だろうと思っていたがまさにその通りだったようだ。
ナルトは確かにと似ているところがあるので、の言い分に一応は納得し、協力しているのだ。道理で斎の透先眼でも見つからないはずである。
とナルトがタッグを組めば、大抵の捜索は無効化できる。
「あぁ。体調は良さそうで、しばらくはイタチや家族には会いたくないと言ってると。無理矢理来たら怒ると言われたが・・・」
頭が痛いのか額を押さえながらどうする?と綱手はイタチに問うた。どうすると先ほどから皆に聞かれているが、どうすれば良いのかなんて分かるはずもない。
イタチはこれでもかと言うほど大きなため息をつく。
「オレが話をして、聞いてくるさ。どうせ今日、ナルトんちに行くって話だったんだ。」
サスケは腰に手を当てて、小さく嘆息する。
「話さなくて良い。」
「兄貴?」
「おまえの申し出はありがたいが、話しても話さなくても、の答えは変わらない。必要なのは、俺の覚悟だけだ。」
イタチとて本当は分かっている。の気持ちも。
の気持ちは何を言っても変わらないし、どうしようもない。ならばその話をわざわざしての怒りを買ったり、関係を悪くしても仕方のないことだ。
だから、必要なのはイタチの覚悟だ。
子供だけが助かるかも知れない。も助かるかも知れない。でも、と子供を両方失うかも知れない。その不安定さ、すべての結論を迎える覚悟をすることだ。
覚悟をして、辛くてもの隣で笑っていること。
それがイタチに求められる覚悟だ。
「・・・イタチ」
斎はそっとイタチの背中を叩く。
も辛いだろうが、イタチも辛いに決まっている。同じように自分の子供だ。
「子供の命を一番に考える方法をとれば、は無事では済まない。子供は、どちらにしても厳しい。それでもはそれを望むか。」
綱手は白い病院の天井を見上げて、息をつく。
が命を賭けたとしても、子供が助かるかどうかは半々といった所だろう。
綱手にとってもは直弟子であり、蒼雪の出産の時に自信を取り上げたのも綱手だ。は綱手にとって娘のようなもので、本当に可愛いと思っている。
そのに、子供のためとはいえ自分が引導を渡すことになるとは、思いもしなかった。
「はナルトの所の方が、気楽かも知れないな。」
イタチは自分でも何となく自分の欠点が理解できていた。
ナルトは基本的に暗い気分が長続きしない。底抜けに明るいところがあり、の体調が悪くても明るい話題を提供できる。
イタチは真面目すぎて、どうしてもが苦しんでいるとそれ以外のことを話すことを躊躇ってしまう。悲しみばかりを顔に出してしまう。
体調が悪いには、それは辛いかも知れない。
「そういうことも、覚悟しないといけないね。」
斎も苦笑して見せる。彼もまたナルトと同じように、体調が悪いの前でも明るく笑って見せられる。
その強さを持て、と言うことだ。
「これから、2ヶ月、本当に戦いだぞ。」
綱手は自分の腰に手を当てて息を吐く。
の子供のチャクラは増え続け、は徐々に体調を悪化させていく。子供は成長する、はそれに比例するように体調が悪くなる。
2ヶ月なんとかが持たなければ、まず帝王切開をすることも出来ない。
もし帝王切開が出来たとしても、の体力は手術に耐えきれず、そのまま死んでしまう可能性だって高い。
「家族も含めて、それを支える、それを見ても笑えるだけの度胸と覚悟をつけろってことかよ。」
サスケは綱手に吐き捨てるように言って、視線をイタチに向ける。
たった2ヶ月。されど2ヶ月で二人の命が決まる。それが自分の妻と子供のこととなれば、あまりに話が違うだろう。
弱りゆくを見て笑い続けることが出来るか。
自分の命をや子供のために捨てる覚悟はイタチにもある。けれど二人を失う覚悟もしなければならない。
それは彼にとってもあまりに酷なことだった。