結局胃潰瘍で倒れたイタチと、妊娠中で入院しているの病室は一緒になった。





「イタチ、決めた?」






 はイタチの手元の本をのぞき込んでから、イタチを見上げる。





「そうだな・・・」





 イタチはふむと顎に手を当てて悩む。

 いくつか案は思い浮かんだが、それが自分で納得出来るものかと言われるとどこか迷うところがある。

 イタチは隣に自分にもたれかかるようにして座っているに漢字辞書を開いてみせる。

 既にの腕力はほぼなく、躯を自分で支えられないため、イタチがいろいろな手助けをすることとなっていた。

 暗部の皆からも、胃潰瘍の件と妻のあまりにも悪い状況を知り、イタチは長期休暇を与えられた。

 の体調は既に同期や暗部にも知れ渡っており、毎日誰かが見舞いに来ていたが、それ以外の時間、イタチとは二人だけで久々の逢瀬を楽しむことが出来た。





「重い?」





 が嬉しそうに笑って尋ねてくる。






「ちょっと重いかな。」






 冗談めかしに答えて、イタチはの大きいお腹を撫でた。

 の体調とは裏腹に、腹の子供は元気に成長している。あと少しで帝王切開が出来る程度になるそうで、の躯が壊れるのが先か、子供の成長が先かと言った、瀬戸際に既に来ていた。

 イタチはそれに気づかないふりをして、の肩を抱き寄せる。






「子供の名前、決めた?」






 は名付けのことを書いた、イタチが読んでいる本を軽く叩く。





「そうだな。男なら、稜智かな。」

「いず、ち?」





 イタチに響きの似た名前だ。





「稜は神の名前にも使われているくらい清らかな字で、威力がすごい、とか、鋭いとか言う意味に使われる。」

「智は知識とか?」

「そうだな。」





 の父・斎の一族は予言を司る清廉潔白な一族とされる。普通は1文字訓読みの名前が多いのだが、漢字2文字、だがその漢字にはこだわってみた。

 ついでに3文字の名前をつけるのは、比較的うちは一族に多い。

 要するに折衷案と言うことだ。






「いずち、うん。良い名前だね。」





 は1つ頷いて、でも、と続ける。





「でも、女の子だったらどうするの?」

「斎先生もも男だと言っただろう?」

「思うって話だよ。」

「二人の勘が揃って外れるなんてことはないと思うぞ。」





 イタチもよく知ることだが、も斎も予言の一族の血筋だからか勘が鋭い。

 二人揃って男の子だと思うと言う限りは、まぁ9割の確率で男の子だと思って間違いないだろう。





「女だったら、そこは責任をとって斎先生とに決めてもらおう。」

「えー、それないよー。」





 は頬を膨らませた。子供の名前なんて一朝一夕で思い浮かぶものではないし、それで名前をつけては可哀想だ。

 だが、言われてしまえば仕方がない。






「・・・わかった、自分の勘を信じるよ。」





 はそう一言言って、またイタチにもたれる。

 細い手は全く動かず、躯は少し熱っぽい。徐々にの躯は子供のチャクラという異質なものに耐えられず、壊れ始めている。

 笑ってはいるが、一日に点を何本も打って栄養補給をしなければならないほど、食事も自分では出来なくなっていた。

 痩せた躯に、大きくなった腹だけが酷く不釣り合いにすら見える。






「赤ちゃん、見たいなぁ。」





 夢を見るような現実味のない声音で、は呟く。

 もうとっくに、自分の躯のことを覚悟しているは、心のどこかで子供を自分の手で抱くことを諦めているようだった。

 躯がもう持たないことを知っているのだ。 

 心臓が弱ってきているらしく、帝王切開の手術自体に耐えられるかどうか、怪しいと綱手も言っていた。

 だが、イタチはそれも考えないことにしていた。

 考えれば、の前で笑えなくなる。意識するなと一生懸命心の中で繰り返して、できる限りが心配しないように、といられる時間を大切にすることだけを考える。

 それが今のイタチに出来ることだった。





「父上に似て強くてハンサムに生まれるんだよ。」





 は体調が悪くて真っ青な顔をしていても、どんなにやつれていても、自分のお腹を撫でる時は酷く満たされた顔をしている。

 最近では腹を触るイタチでも分かるほどに、赤子は動くようになっている。

 チャクラの成長は異常なほど早いが、それだけに元気らしい。良く動く子供らしく、綱手も子供の方は大丈夫そうだと言っていた。





「少し眠るか?」





 今日は少し起きている時間が長いと心配になってイタチがの顔をのぞき込むと、は少し考えて首を振った。






「うぅん、大丈夫。それにイタチといるの楽しいから。」

「どうせ泊まり込みだからいつでもいるぞ。」

「うん。でもイタチといたいから。」





 はふにゃっと崩れるような笑みを浮かべる。

 熱があるのか少し熱い躯はいつもよりずっと重たく、手先は冷たい気がした。は縋るようにそのままイタチの腕に頬を寄せる。





「そういえば夕方にはナルトが来ると連絡があったぞ。」

「え?そうなの?毎日来なくて良いのに。」

「ナルトは優しいからな。」






 帝王切開が2週間後と日程が決まってから、ナルトは毎日のようにの元を訪れている。

 それまでも2日に一度は必ず来ていた。任務で疲れている日もあるだろうし、無理はしなくて良いというのだが、ナルト曰く、「何かあっても後悔しねぇようにって思うんだ」だ、そうだ。 

 の体調は日々悪化の一途をたどっており、帝王切開で無事に済むなんて、誰も思えない。

 だからこそ、ナルトは毎日の元を訪れるのだろう。

 に何かあって、その全日に会いに言っていなければ自分が絶対後悔すると、ナルトは豪語していた。

 の同期や知り合い、友人達も皆、頻繁にの元を訪れる。誰もが危ないことは分かっているが、口に出さず、ただ楽しい話だけをして帰って行くのだ。


 またね、と次会う約束だけを口にして。


 それはきっと、ナルトと同じ気持ちだからだろう。笑って、またねと言う。そしても同じように笑って返すのだ。


 またね、と。





「きっとナルトは赤ちゃんの良いお兄ちゃんになってくれるよ。面倒見良さそうだもん。」






 は紺色の瞳を細めて、お腹を撫でながら笑う。






「確かにな。ここだけの話、ナルトはあれで面倒見も良いし、なんだかんだ言ってもナルトとサスケを見ていると、ナルトの方がお兄さんって感じがする。」






 サスケは自己中心的に行動するところが多々あるが、ナルトは包容力もあり、他人を慮れるし、あれでかなり面倒見が良い。

 同期の中でまとめ役となっているのも、その面倒見の良さ故だろう。

 頼られるとどうしても手を貸してしまうと言うお人好しな部分も、人から好かれる彼の魅力の一つだ。





「サスケに子供をよろしくねっていったら、俺も俺もって言ってくれたんだよ。だから赤ちゃんには二人のお兄さんがいるんだよ。」





 火影候補のナルトと、本当の叔父にあたるけれど若すぎておじさんと呼ばれたくない自称『お兄さん』のサスケがいれば、赤子も確かに心強いかも知れない。

 イタチは笑いながら、の細くなった躯を抱きしめた。