が昏睡状態に陥ったのは、帝王切開の予定を1週間後に控えた温かい日だった。

 朝は調子が良いと言って少し口から飲み物を飲んだが、昼には呼吸が苦しいと言いだし、呼吸器をつけてしばらくすると、夕方には意識不明になった。





「・・・すぐに帝王切開で子供を出す。」





 綱手は渋い顔でイタチとの両親である斎、蒼雪に告げた。

 集中治療室のガラスの向こうで、青白い顔をして横たわるは痩せていて、お腹だけが大きく、呼吸器を曇らせる白い吐息と機械の音だけが彼女を生きていると知らせる。





「もう、してやれることはないのか。」





 イタチは自分の両手を合わせて、大きな息をつく。





「そうだ。後は私達の仕事だ。」





 綱手はイタチの肩を叩き、いつもの強い声音で言った。




「頑張ります。」




 サクラは気合いを入れて、ぐっと拳を握る。




「宮をお願いします。」






 泣きはらした目の蒼雪が、唇をかみしめたまま縋るような目を綱手に向ける。






「当たり前だ。あの子は私の弟子だ。ここまで来て、死なせはせん。」

「はは。心強いですね。」





 斎は明るい声音でそう言って、蒼雪の肩を抱き、病室の外の廊下に出る。イタチはなかなか動ける気分ではなかったが、斎に背中を押されて廊下に出た。





は!?」





 イタチが外に出た途端、掴みかかるような勢いでサスケがイタチに尋ねる。

 その後ろにはナルトやシカマル、ヒナタなどの同期達が皆集まってきていた。皆が揃って同じような目でイタチを見ている。

 が昏睡状態に陥ったことを聞いて、集まってきたのだろう。





「今から帝王切開ってことになる。夜明けまでには。」





 子供が生まれるだろう。そしてが生きられるかどうか、この夜を越えられるかどうかで決まる。

 イタチがそう言うと、サスケは酷く狼狽えた様子を見せた。

 の友人達も同じで、ヒナタは口元を押さえ、泣くのを堪えるように肩を震わせる。覚悟が出来ないのは皆一緒だ。





「・・・子供は大丈夫なのか?」





 ナルトがおずおずとイタチに尋ねる。





「なんとか。おそらく子供は成長も早いし、何とかなるだろうと。」





 綱手の話では、子供の成長は非常に早いらしい。

 が子供の成長のためにと帝王切開を遅らせ続けたおかげで、子供は十分に成長しており、無事に彼女の腹から出ることが出来れば自発呼吸も出来るだろうと予測されていた。





、がんばったんだな。」





 ナルトはが子供を生かすために自分が死んでも良い、と一生懸命努力していたことを知っている。

 少なくともの努力は報われている。





「・・・は、かなり危ない状態だ。」





 イタチは深刻な表情のまま、ナルトに告げる。





「すぐに手術に入る。だから。」





 もしもが手術中に急変すれば、友人達にとっても永遠の別れになる。友人達も、意識がなくてもに言いたいことがあるだろう。会っておきたいはずだ。





「ん。わかったてばよ。」





 ナルトは一つ頷いて、集中治療室へと入っていく。





「わかりました。」





 ヒナタはもう涙を堪えきれず涙をぼろぼろとこぼして、何度も頷いてナルトに続いた。





・・・」




 いのも最初は何とか堪えていたが、の姿を見るともう耐えきれなくなったのか、集中治療室の扉を一歩入ったところで進めなくなった。





「いの。来い。」





 シカマルが泣き崩れてしまったいのを外へと連れ出す。

 はいつも袖の長い着物を着ていたが、今は手術のためか短い半袖の白い服を着ていて、腕の細さがあまりにも目立つ。

 その中でやはり大きなお腹ばかりが薄くて白い服から見えていた。

 青白い顔に生気はなく、いつもの幼げに笑う彼女はそこにはいなくて、本当に人形のようにすら見えた。





、はやく戻って来いよ。早くしねえと一楽のラーメンの特別券きれちまう。」




 ナルトはの手を握りながら、優しく目を細める。





「んで、早く生まれて来いよ。まってんぞ。」





 は同期の中では一番最初に子供を産むことになった。

 それは他の人よりも酷く苦難の道となったが、全員にとって新鮮な体験となると同時に、全員がまだ結婚しておらず実家住まいだと言うこともあり、おそらくいろいろな面で手伝うことが出来るだろう。

 皆、子供の誕生を待っている。





、頑張れ。」





 サスケは言葉少なに、の腹を撫でた。それ以外言葉が見つからなかったのだろう。それでもとんと、蹴り返してくる胎動を感じた途端、サスケは俯いて足早に部屋を出て行った。





「・・・あぁ、」





 の母親である蒼雪は、集中治療室に入ろうとしたが、結局廊下の端に蹲ってしまう。





「雪、座ろう。」





 斎は穏やかな声音でそう言って、彼女を支えながら廊下の椅子へと誘導する。

 泣きはらした目の蒼雪はコードにつながれる娘の姿に堪えきれなかったのだ。

 元々、の体が弱いのは蒼雪の一族である炎が繰り返してきた近親婚の結果だった。そのため昔から蒼雪はの体が弱いことを自分のせいだと責めてきた。

 彼女にとって、の苦しみは悲しみ以外の何ものでもない。





「・・・」





 サクラは点をつなぎかえたり、コードを整えたりと急いで用意をしながら、の様子を確認する。

 片手を自分の子供を感じられるようにとでも言うように大きな腹の上にのせたは、酷く穏やかな表情をしていた。

 決して良い状態ではないし、顔色も青白いが、目をつぶる彼女は酷く満足げだ。





「絶対に、」





 子供をその腕で抱くのだと、サクラは言った。

 は精一杯子供を生かすために自分の躯を犠牲にして頑張った。できる限りのことはしたのだから、後は自分たちの腕の見せ所だとサクラは思う。





「頑張って頂戴ね。」





 サクラはの腹の中にいる子供に言う。

 や斎の予想では男の子だと言う彼の成長は早い。だからこそ、サクラや綱手はこの赤子の生命力にかけて、帝王切開を早めることに決めたのだ。

 子供を出して、封じてあるのチャクラを元に戻す。

 帝王切開は子供のチャクラに当てられて身体機能が弱り切っているの躯にとって大きな重荷だ。




「イタチさん、時間です。」





 サクラはじっとの傍での顔を見守っていたイタチを見上げて、時間を告げる。厳しい手術になることは、彼とて理解しているだろう。

 下手をすれば今生の別れになる。





、愛してるよ。」





 イタチはの額に口づけて、呟く。





「ふたりとも、愛してるよ。」




 子供も、も愛している。

 ふたりと紡ぐ未来を想像したからこそ、イタチは子供を作った。どちらもかけがえのないものなのだ。失いたくなどない。





「子供が生まれたら、一緒にたくさんのものを見よう。」





 当たり前の夢を見た。

 と自分と、子供がともにいる、共に歩ける、ただそれだけの当たり前の夢を見た。

 それが叶えられる幸運を、あとは祈るしかなかった。