帝王切開が始まったのは午後4時だったが、それから1時間もたたぬうちに、赤子は腹から取り出された。
の予想通り小さくて色白の男の子だったが、未熟児のくせに自発呼吸をし、成長が早いのか、イタチが生まれてすぐに抱いても問題はなさそうだったので、すぐにイタチと対面することになった。
「男の子だ。」
綱手はイタチにそっと赤子を渡す。まだ白い布一枚、産湯につけられたばかりの赤子だ。白い頬は赤く色づき、漆黒の髪が濡れている。
綱手が赤子を連れて手術室から出てきた途端、歓声が上がった。
「良かった・・・。」
ヒナタが赤い目元を擦り、いのは安堵のあまり崩れ落ちるようにベンチに座る。
イタチは戸惑いながらも赤子が無事であることにほっとして、綱手から赤子を受け取る。小さいと思った赤子は、それでも酷く重たい気がした。
赤子はイタチが少し抱くと、そのまま保育器に入れられた。未熟児であるためいくつかコードなどがつながれたが、プラスチックの容器なので中をのぞき込むことは出来る。
「なんか、イタチ似?」
斎は保育器の中にいる初孫を見ながら、小首を傾げる。
「・・この子が、俺の子供・・・。」
何やら現実味がなくて、泣きじゃくる子供をイタチはじっと見つめた。
まだ目も開いておらず泣くだけの赤子。のお腹から出されたというのは、あまりに信じられない事実で、ただそっとイタチは保育器のプラスチックに触れる。
血のにおいがする。
「はチャクラを戻して、すぐに集中治療室だ。しばらく回復には時間がかかるだろう。」
一応一命は取り留めたと綱手はイタチの肩を叩く。
一度手術中に心臓が止まったは、それでも何とか持ち直した。どうやらの心臓は既にかなり弱っていたらしく、麻酔が多すぎたらしい。
赤子が取り出され、縫合して皆が安心した矢先だったので、綱手もサクラも慌てたが、何とか持ち直したのだ。
「ありがとうございます。本当に、」
イタチは綱手にお礼以外の言葉が見つからなかった。
初めてのことで戸惑いっぱなしのとイタチは結局、医師である綱手とサクラに支えられるところがあまりにも多かった。
「大丈夫だ。私は世界でも有数の医者だぞ。」
「ありがとうございます。」
心強い言葉に、イタチは頭を下げてから、泣いている保育器の中の我が子に目を向ける。
すると赤子はすぐに泣き止んだ。随分と聞き分けがよい子なのか、それとも未熟児であるため弱いのか、不安になったが、綱手は笑いながらぽんっと保育器を叩く。
「神の系譜の子供は、生命力が強いと言うが、その通りなのかも知れないな。健康そのものだ。」
確かに小さいが、それでも生きることに問題は全くないほど成長していることに、綱手は驚きを覚えた。
の躯は確かに限界だったろうが、子供が丈夫だったことが幸いしたとも言える。既に悪阻での体重が15キロ減った時に流産していても全くおかしくなかった。
「名前は結局何にしたんだ?」
「いずち、稜智です。」
「漢字か?」
「はい。いずち。鋭い知識とか言う意味で、」
「賢くなれってか。」
綱手はイタチが考えたであろう名前に小さく笑った。
こんな難しい漢字の名前をが考えることはまずないだろう。聞かなくてもイタチの発案だと分かるが、それにしてもイタチらしい。
「まぁ、おまえの子供だったら賢いだろう。名前負けにもなるまい。」
綱手はちらりと斎を見て笑いながらも、疲労の色が濃そうだった。
「綱手様、」
手術室の中から、シズネが出てきて綱手に声をかける。
「そうだな。あと5分くらい、が手術室から出てくるまで位は、保育器はここに置いておくから、見ていて良い。その後検査する。」
綱手はイタチにそう注意して、手術室に戻る。
をサクラに任せていたようだが心配になったのだろう。は綱手にとっても弟子に当たるので心配は当然だ。
もう既に縫合その他も終わっているが、後始末をしてから部屋に戻すのが基本だ。
とはいえ、しばらくは集中治療室である。
「黒髪だな。」
サスケは保育器の中をのぞき込んで呟く。
先ほど斎も言っていたが、何となく顔立ちがイタチに似ている気がする。
「親子三代同じ顔はないかぁ。残念。」
斎が肩を竦めて見せると、の同期達も緊張の糸が切れたのか吹き出した。
と父親の斎は顔がそっくりだ。これでの子供の顔が似だった場合、親子三代同じ顔で面白いと思っていたのだが、そううまくはいかないようだ。
「でも、イタチさん似ならハンサムじゃないのかな。」
チョウジがのんびりとイタチの顔を見て「良いな〜」とうらやましがる。容姿にコンプレックスのあるチョウジらしい台詞だ。
「うちは一族はみんな美形だもんねぇ。」
いのはイタチとサスケを交互に見てから、赤子に目を向ける。
「えぇ、でもちゃんに似ても、可愛いよ。それに斎さんも女の人にもてますよね。」
ヒナタは斎を見上げて言う。
確かにと斎の顔立ちはかっこいいとか、綺麗と言うよりも可愛い。父娘そろって童顔であるが、だからといってもてないとは限らない。
事実可愛らしい顔のくせにすらりと背が高い斎は、もてる。
「どっちでも良いんじゃねぇの?面倒くせぇ。」
シカマルは頭をかりかり掻いて、ベンチに座った。
いても立ってもいられなかったのは全員同じで、シカマルは壁に背中を預けて落ち着いたふりをしていたが、くわえた葉っぱは上下していたし、ヒナタは震えっぱなし、いのは頭を抱えて泣きっぱなしだった。
蒼雪は泣きすぎてトイレから出てこず、先ほど子供が生まれてが無事だという一報と共に倒れたので、兄の青白宮に連れられて炎一族邸に戻った。
当事者のイタチはそれに比べれば随分ましで、座ってじっと両手に握って額に当てていただけで、表面上の焦りは見えなかった。(当然心中穏やかではなかっただろう)
一番落ち着いていたのは斎で、冗談を言いながら暗くなる全員を宥めていた。
ちなみに最悪だったのはサスケとナルトで、ナルトは落ち着いていられず廊下を歩きまわり、苛々していたサスケと大げんかになり、殴り合いに発展したのだ。
本気の喧嘩を廊下で始めた二人は、我慢していたイタチの逆鱗に触れ、ぼこぼこにされるまでそれを続けた。
「名前は、稜智君、ですよね。」
ヒナタが笑ってイタチに尋ねる。先ほどの綱手との話を聞いていたのだろう。
「あぁ、いずち、稜智だよ。」
イタチが名前を呼ぶと、まだ目も開いていない赤子はくすぐったそうに保育器の中で身を捩った。真っ黒の、夜よりも深い漆黒の髪。と少し似た赤みのない消えた白い肌。
「はじめまして、稜智君。」
ヒナタは稜智に笑いかける。
「稜智、かぁ、そうだな。はじめましてだってばよ。稜智。待ってたってばよ。」
ナルトも同じように漆黒の髪の赤子に、声をかける。
全員が、待っていた命だ。
首を長くしてこの7ヶ月もの間、気をもみながらも全員が、彼が生まれることを楽しみに待っていた。
「あぁ、本当に、長かったさ。長い間、本当に会いたかった。」
イタチは赤子を改めて保育器の中にいる赤子に言う。
堕胎してしまわなければならないのではないかと、何度も思い悩んだ。も同じだった。苦しむをイタチはどうして良いか分からなかったが、子供を堕胎するという決断をどうしても出来なかった。
そしてその決断をしなくて今は良かったと思う。
「ありがとう、稜智。」
生まれてきてくれて、本当に嬉しいよと、イタチは震える声で優しく告げた。