「・・・ちっちぇーってばよ。」
ナルトはなんだこれー、と言う間の抜けた呟きを繰り返す。
保育器の中にいる2週間ほど前に生まれた赤子は、ナルトの親友であると、イタチの間に生まれた第一子だ。
男の子で、未熟児であるため少し小さいが、手足はちゃんと動くし、欠伸もする。
赤ん坊の隣にはこれまた小さな雛のような白い炎の鳥がいた。鷲のようにくちばしの尖った鳥は彼が炎一族の跡取り息子として相応しいことを示している。
赤子は最近ではミルクも飲む。小さいくせにお腹がすいたり気持ち悪いと泣くし、手を握ったり開いたりする。
ちっこい人間だ。
「・・・」
サスケはじっと保育器の中にいる赤ん坊を見つめる。
複雑な気分だった。
サスケにとってこの赤子は兄の子供−要する甥っ子に当たるわけだ。だが、この小さくて動物のように泣くだけしかしない生き物が、自分と同じだと言うことが信じられない。
可愛いのかどうかもよく分からない。
「・・・」
ナルトよりもわきまえているため、サスケは「なんだこれ。」と口に出すことはないが、それでも思っていることは一緒だった。
「何してるんだ?」
イタチが保育器から目を離さずに見ているナルトとサスケを訝しむ。二人が後ろを振り返るとの乗る車いすを押すイタチの姿があった。
「なにみてるの?」
はあまりに二人が真剣に赤子を見ているため、赤子を見ていると思わなかったらしい。
確かにそうだろう。
赤子が生まれたのは既に2週間も前の話で、サスケとナルトが珍しがって見るには時間がたちすぎている。
「・・・」
彼女の疑問を理解しているサスケは黙り込んだが、それでもサスケの感情は変わらない。恐れとも、感動ともつかない、赤子に対する感情に、サスケ自身戸惑いを覚える。
赤子が生まれたら精一杯可愛がってやろうと思った気持ちに変わりはないが、実際に甥っ子が出来てみると何とも言えない気分だ。
「羽宮、来たよ。」
はまだ腕を上げることすら出来ない。
身体機能は子供のチャクラに食われ、ほとんど回復していないため、筋力が弱り、腕すらも上がらない。それでも嬉しそうに息子に声をかける。
「羽宮?」
サスケは赤子の呼び名に首を傾げる。
「あぁ、宮号は雪羽宮に決まった。」
イタチはあっさりと言う。
炎一族の宗主の子供には、宮号がつくのが一般的だ。宗主の一人娘であるの宮号は雪花宮。そして彼女の息子であるこの赤子にも宮号がついて然るべきだ。
「雪羽宮稜智か。なんか。でかい名前だな。」
漢字の画数が多いせいか、どうにも名前が大きく感じるのはサスケだけではないだろう。
だが、鋭い知識と言う意味の稜智という名前は兄らしい。知識は力だとか、そう言ったことを本当に兄は言い出しそうで、サスケは少し笑いそうになった。
「それにしても、おまえら、ずっと赤ん坊を見ていて飽きないか?」
イタチは困ったような顔でサスケとナルトに言う。
と言うことは二人が赤子を時間がある時ずっと見ていたことを知っていたのだろう。まだ自分の子供なら分かるが、よその子である。
しかももう生まれてかれこれ2週間。
もうそろそろ飽きてもよい頃だろう。
「だって、不思議だってばよ。」
ナルトはあまりにも素直な感想をイタチに伝える。
「こんなにちっちぇえのに。」
いつか多分、自分たちみたいにものを考え、見て、聞いたり、話したりするようになるのだろう。今は泣くだけのこの頼りない存在が。
それが赤子なんてろくすっぽ見たことがなかったナルトやサスケにとっては酷く不思議なことだった。
「そうだな。でも可愛いだろう?」
イタチは保育器にいる赤子を愛おしそうに眺める。
その目には今までにないほどの優しさと穏やかさが含まれていて、サスケは黙り込んだ。
最近は目もしっかり開いてきているので、漆黒の瞳が見える。赤ん坊なので顔立ちなどは全くよく分からないが、髪と瞳の色はどうにもイタチに似ているらしく、イタチはそのことを少し残念に思っているらしい。
逆にはイタチに似たことを喜んでいる。
「透先眼は、持ってないみたいだね。」
は赤ちゃんを見ながら、目の色を確認して言う。
赤子の漆黒の瞳はくるくると丸く、の紺色の瞳とも、透先眼のうす水色の瞳とも全く違う。
「透先眼は、すぐにわかるもんなのか?」
「うん。開眼するものじゃなくて、持っているものだよ。子供は遠くを見よう。焦点をあわせようってする時に、無意識に使うんだって。」
「・・・・そうなのか。」
サスケは小さな赤子を見つめる。
透先眼の仕組みはの一族なので知らないが、写輪眼と違って開眼するものではないため、目が開いてきた子供の目の色が変わることが無いと言うことは、多分持っていないのだろう。
元々透先眼は劣性遺伝で、だからこそ蒼一族は近親婚を繰り返してきた。
多分突然変異でも起こさない限りは、一族の中でも持つ者は生まれないのかも知れない。はある意味で突然変異であり、だからこそ、体が弱く、炎一族の血に耐えられなかったのだが。
「俺はに似ていて欲しかったんだがな。」
うちはの血で苦労してきたイタチにとって、子供にそれを背負わせるのは嫌なのだったのだろう。
「大丈夫だよ。この子は炎一族の子供だから、きっと母上みたいに強いはず。」
はへらっと笑って言う。
白炎を持っていることは既に分かっているため、多分この赤子が次の炎一族の宗主となっていくのだろう。
それは間違いない。
「でもの母ちゃんくらい強いけど案外繊細だからなぁ。」
ナルトも良くの母である蒼雪のことは知っている。
任務の時は驚くほどにどぎつく、敵に対しても容赦はなく、気も強い彼女だが、それでも娘のこととなるとすぐに狼狽える。
そう言う蒼雪のもろさを見る時、あぁ、母親ってなんだかんだ言っても子供には勝てないんだなと思う。
子供であるの前では泣くまいと振る舞いながらも、影では泣いている。
母親の強さと、女性としてのもろさと、それを蒼雪は素直に表現している気がする。
「うん、そうだね。母上様も、きっと苦しんだんだよ。」
は少し紺色の瞳を細めて、赤子を哀しそうな瞳で見つめる。
「大丈夫、かな。」
も生まれた時は未熟児で、躯も弱かった。
自分の子供がそうでないかと不安に思っているのだと言うことは、既にナルトやサスケも知っている。生まれたばかりの検査で分かることは少ないため、まだ赤子に障害があるとか、体が弱いとか言ったことは分からない。
「関係ないさ、どちらでも、俺たちの子供だ。」
イタチは愛おしそうに小さな命を祝福する。
誰よりも重たく、愛おしい命が例えどんなものであったとしても、そこにいて、生きているだけで嬉しい。
イタチは心からそう思って、他の子供より遙かに小さい赤子の手を触った。