三ヶ月もして赤子が退院するとその世話は犯罪者で任務の少ないサスケに大方一任されることになった。
は相変わらず体調が悪く、歩くことも出来ず、子供の世話を出来るような状態ではない。
イタチも任務で忙しいので当然と言えば当然のことだったが、サスケには戸惑いの連続だった。
「びぇえええええええ!!」
大きな声で赤子が泣き出す。先ほどまで気持ちよさそうに東の対屋の庇で眠っていたというのに、サスケが彼をおろした途端に突然だ。
陽気に誘われてうとうとしていたサスケの頭は一瞬で覚醒した。
「な、なんなんだ!?」
赤子に尋ねたところで、言葉など返ってくるわけもない。
先ほどおむつも替えたし、ミルクも飲ませた。体調が悪いこともないだろう。先ほどまですやすやと眠っていたじゃないかと内心舌打ちをしたが、赤子は理解せずに泣いている。
「なに?」
も起きたのか、御簾の内側では彼女の座る衣擦れの音が聞こえた。
の体調は出産から3ヶ月たった今でも悪く、身体機能が回復していないせいか、出産後すぐに肺炎を起こした彼女は今でもずっと咳をしており、週に二回以上は必ず熱を出す。
今日も朝から体調が悪いと眠っていたはずだ。
「大丈夫だ。庇におろした途端、泣き出しただけだ。」
サスケはに答えて、慌てて赤子の稜智を抱き上げる。
すると彼はけろりと泣き止んで、潤んだ漆黒の瞳をサスケに向けてきた。綺麗で世界で一番綺麗な漆黒の瞳は、サスケと同じ色合いなのに酷く純粋で無垢だ。
「大丈夫?」
御簾を上げて、が庇の方へと顔を出す。立ち上がることは出来ないので、顔だけ出した彼女は、息子を見ると柔らかに笑う。
「羽宮はサスケによく懐いてるね。サスケが抱くとすぐに泣き止む。」
は嬉しそうに笑って、ずるずると這うように庇へと出てきた。
柔らかな光が差し込む庇は昼寝にはうってつけだ。今日は風邪もないので、上着さえ着ていれば寒くもないだろう。
「そうか?」
「そうだよ。叔父上大好きね。」
はサスケに抱かれている子どもの頭を優しく撫でる。少し動いたが稜智は目を覚まさなかった。
サスケは子どもを見る時に今まで見たこともないような、酷く優しい表情をするとイタチが好きだった。
苦労させた兄と、その妻となった。
長らくが好きだったサスケにとって、その恋心を肉親の情に変えることは非常に難しいが、それも兄との苦労に比べたら、酷く些末な問題だろう。
イタチはそれでもサスケのことをいつものように、仕方がないなと笑って許した。
その代わり、今度はおまえが子ども達を守る番だから、自分に罪悪感を持つ前に、子どもに同じだけの心を傾けて欲しいと。
だから、育児を請け負って文句も言わずやっているわけだが、きれい事ではない。
それでも、苦痛と言うほどの物では決してなく、穏やかな瞬間がそこにはあった。
「宮を見てたら、わたしも眠たくなっちゃいそうね。」
「だな。」
春の陽気に誘われて、はその紺色の瞳を細めるから、サスケも同意した。
最近、子どもとの体調不良のせいで生活は酷く慌ただしく、なのに酷く穏やかな瞬間がある。
は体調が悪く、赤子はよく眠るから、サスケもそれにつられて庇で眠ることがある。そして帰ってきたイタチに、諫められるのだ。
戦いの日々からは想像も出来ないほど優しく、柔らかな日々が今は確かにある。
「真っ黒ね。髪の毛。」
は息子のまだほわほわした髪の毛を撫でる。
「そうだな。なんだか兄貴にそっくりだ。」
多分どちらかと言えば、稜智の容姿は黒髪だし、黒い瞳だし、彫りの深い顔もイタチに似ている。
「イタチは、子どもはわたしに似て欲しいって言ってたけど、わたしは羽宮が少し、イタチやサスケに似てて、ほっとしてるんだ。」
は目を伏せて、息子を見つめる。
イタチは、うちは一族の血継限界が絶えることをどこかで望んでいたのかも知れない。子どもはに、の一族の誰かに似ることを望んでいた。
特に呪われた一族と言われるうちは一族と反対に、は占いや予言を生業として神事などを司ってきた蒼一族の血が濃い。どちらかというと、イタチは師であり舅になった斎に似て欲しいと願っていたようだ。
だから、子どもが自分に似ていると分かった時複雑そうな顔をしていたのを、サスケは覚えている。
だが、は違ったようだ。
「わたしの家は遺伝子疾患が多すぎるから、わたしもだめなのかなって、心の中では思ってた。だから、イタチに似てくれてほっとしているの。」
の母である蒼雪の炎一族も、の父である斎の蒼一族も一族でそれぞれ近親婚を重ねてきた。実際にの父方の祖父母は兄妹で、母方の祖父母も親戚同士であり、長らくそれを続けてきたために、特殊な能力者を生み出すと共に、問題のある子どもも生まれた。
実際に斎は無精子症だと言われており、をもうけることができたのは奇跡だと言われたし、自身もチャクラの持ちすぎで体が弱かった。
自分の子にそれをおわせたくないと思うのは、母として当然だろう。
「だから、元気が一番だよ。」
は自分の子どもの頬をぷにっと人差し指で押す。
赤子は確かに、にあまり似ていない。まだぷくぷくの可愛い時期なので顔立ちがどうなのかはわからないが、それでもその黒髪も、黒い瞳もイタチに似ている。
「男の子だし、イタチやサスケに似て、ハンサムさんになりますように。でも眉間に皺はついちゃだめだよ。」
「おまえな。」
サスケは自分のことを言われているとわかって、息を吐いた。
「童顔でも斎さんに似てももてるだろ?」
「もてるかもしれないけど、父上とわたしは童顔なの。だから、男の子だし似るならうちはの家か、母上に似て欲しいの。」
蒼一族は皆童顔だったらしく、父親の血をしっかりついでしまったは童顔だ。だが、母はすらっとした大人びた美人で、背も高い。
うちはの家はみな背も高いし、美形が多いので、が言う意味はよく分かる。
サスケが庇の外に目を向けると、春の陽気に誘われた蝶が庭を舞っていた。
炎一族邸の庭は広大で、昔の宗主は庭に船まで浮かべていたと言うが、今残るのは修行が出来るかと言うほどの広大な土地と、手入れされた庭だ。
自分の腕の中にいる稜智を見ると、すやすやともう眠っていた。もサスケの隣で欠伸を一つする。
「本当に、」
嘘みたいだ、とサスケは心の中だけで呟いた。
大蛇丸の所にいた頃、こんな結末を誰が予想しただろうか。こうやってとイタチの子どもと、隣り合って、炎一族邸の広い屋敷で、ぽかぽかとひなたぼっこなど、誰が。
「姫宮様、今日は扇宮がもうすぐお帰りになると。」
炎一族邸に使える侍女がのんびりしている二人の元にやってきて、静かに言う。
長期任務に行っていたから、早く帰ってきたと他の忍が言いに来たのだろう。イタチは真面目だから、ちゃんと報告へ綱手の元へと行っているに違いない。
「そうか。起きてられるかな。」
サスケはあまりに柔らかな春の日差しを見上げて、一つ欠伸をする。
「本当だね。寝ちゃいそう。」
も小さく笑って、眠たいのかとろんとした目をサスケに向けた。
子どもも眠ってしまっているし、サスケが抱いたままならこのまま眠っても、おそらく起きないだろう。
「昼寝、時だな。」
「ね。」
サスケとはお互いに言って、静かに目を閉じた。