「え〜、わぁ〜!!」





 大きく高い泣き声が庭に響き渡る。高い声音にびっくりするが、それでも父親である斎は全く驚かなかった。

 よくある話である。





「・・・また庇と簀子の段差にけつまずいたかな。」





 娘のは現在4歳。もうそろそろ簀子からちゃんと階段を使って下りることを覚えても良いはずなのに、不注意なのか鈍くさいのか、しょっちゅう簀子から落ちている。確かに簀子と手すりの間にが通れる程度の隙間があるのはよくないが、いい加減に覚えてもよいと思う。この間はころころ転がって池に落ちていた。

 不用意この上ない。

 だが今日は室内にいるので、せいぜい段差にけつまずいた程度。心配しなくても大丈夫だろう。もうそろそろも痛いなら懲りるべきである。斎はわざわざを慰めるつもりも無く、怠惰に寝転がりながら御簾を上げる。

 案の定、簀子と庇の段差のところで、が転んでいた。だが、泣いているのは転んだでは無く、隣で見ていたナルトだった。

 サスケは黒い瞳を丸くしてを見て固まっている。





「あれ?」





 予想と違う展開で斎は仕方なく身を起こす。





、どうしたの?」





 転んでいるの方に歩みより、こけているの脇に手を差し込んで起こす。はこけたことがよく分かっていないのか、紺色の瞳を丸くして自分に起こった事態が把握し切れていない。

 あと数秒すれば泣くんだろうな、と斎は思いながら、次は泣いているナルトの頭を撫でる。






「突然泣いてどうしたんだい?」






 ナルトは優しい子で、だからこそ泣くことはあるが、痛くて泣くなどと言ったことはほとんど無い。我慢強い子だ。訝しんでいると、ナルトは震える手で何かを指さした。

 呆然としていたサスケもやっと立ち直ってきたのか、同じ場所を指さす。




「ん?」





 そこにあるのは、小さな白い塊だ。大きさは小指の爪にも満たないが、斎はそれが何かを理解した途端、を見た。何か口を居心地が悪そうに動かしていて、





「・・・、あーん。」





 は泣くことも無くまだ、目をまん丸にしていたが、素直に口を開く。歯が抜けていた。





「・・・乳歯だから、また生えてくるだろうけど。」





 斎は別段焦りもしなかったが、奥歯から二番目の血が出ている隙間を複雑な思いで見つめた。





、こっちに走ってこようとしてこけたんだ。」






 サスケが状況を説明する。

 来年にはアカデミーに入ろうという年だというのに、は随分のんびりしている。幼い頃から確かにのんびりしていたが、父親である斎もそれを責めなかった。不妊治療の末に授かった待望の子ども、しかも娘で、斎も母親である蒼雪もを甘やかしすぎたらしい。

 別には我が儘を言うことも無いが、それでも炎一族という大きな一族の宗主令嬢として生まれたせいか、のびのび育った。のびのび育ちすぎたのだろう。

 人とあわせることを知らない上に、せかされることがなかったせいか、酷くのんびりしている。動きも遅く、とろい。

 自分の娘ながら、は斎がびっくりするほどにとろくて鈍くて、鈍くさかった。





「さっきは俺がたすけたんだけど・・・。喧嘩してて、ごめん、ちゃんと見てれば良かった・・・」





 サスケはしょんぼりとして斎に謝る。

 どうやらサスケもナルトもが転びそうになるのを、ちょくちょく助けてくれていたようだ。

 前からサスケ、ナルト、は良く一緒に遊んでいる。

 日頃は二人ともをよく見ていてくれているが、喧嘩を始めるとを見るのを良く忘れる。そのため、喧嘩をしている時に限っては怪我をしたり、巻き込まれたりしていた。





「本当にサスケとナルトがいてくれて良かったよ。」





 斎は大きくため息をついて、娘の頭を撫でる。





「良かったってばよ。なんか吐いたのかと思った。」






 泣いていたナルトはがたいしたことが無いと分かってほっとしたようで、ごしごしと目元を擦る。はあまりからだが強くなく、そういった事情をナルトは両親から聞かされているため、の体調が悪くなることには敏感だった。

 斎の兄弟子、ミナトの息子であるナルトと斎の娘のはそれぞれ一人っ子だ。

 やはり二人ともどこかマイペースで、男の子であるためナルトの方はしっかりしているが、どちらも少し常識から外れているところがある。

 ナルトは母であるクシナは厳しいが、ミナトは穏やかに息子の成長を見守るタイプで、の方は父である斎、母である蒼雪共にに甘い。

 そのため、二人ともマイペースをどこまでも貫く。

 対して二人と同い年のうちは一族の次男サスケは、兄がいるせいか、しっかりしていた。うちは一族の代表者である父親が厳しいせいもあり、幼いながら常識もわきまえ、礼儀も正しい。





「サスケほどしっかりしてとは言わないけど、もうちょっと頑張らないとアカデミーに行ったら虐められちゃうよ。」




 斎はの頭をちょんちょんと人差し指で押す。





「だいじょうぶだってばよ!いじめっ子なんて簡単にぼこぼこだってばよ!」





 ナルトはに笑って安心させるように言ったが、はよく分かっていないのか、のんびりした様子で首を傾げるだけだ。





「ふん。おまえじゃ返り討ちだ。」






 サスケがすました顔で、サスケを嘲る。





「なんだと!?」

「やんのか!?」






 ナルトがサスケに掴みかかり、それに応戦したサスケがとっくみあいの喧嘩を始めた。そんな二人を横目で見ながら、斎は娘の長い紺色の髪を優しく梳いてやった。

 最近クシナから、ナルトとサスケが喧嘩ばかりしてうるさいと聞いてはいる。確かに斎の家に預かっている時も相変わらず喧嘩ばかりでうるさいが、クシナのように斎は止めようとは思っていない。





「好きにやれば良いんじゃ無いのかな。」






 物を持って殴り合わない限り、子どもの腕力などたかが知れているだろうし、所詮ただの素手での殴り合いだ。何か危うい事態が起こることも無い。子どものうちに経験は大切だと思っている斎は、基本的に放置することにしていた。




「くっそっ!!」





 サスケの方が3ヶ月ほど生まれたのが早いため、ナルトよりも少しからだが大きい。そのためナルトが負けることも多かったが、それでも二人はとっくみあいの喧嘩をやめないし、ナルトも何度か勝っている。

 お互い様と言うことだ。






「・・・何やってるんですか。ナルトとサスケは。」






 担当上忍である斎の所に報告にやってきたイタチは、とっくみあいの喧嘩をするナルトとサスケに呆れた目を向ける。






「あー、おかえり、いたちー。」







 は嬉しそうに駆け寄り、イタチに手を伸ばす。






「あぁ。ただいま。」







 イタチはを抱き上げ、少し向こうで喧嘩している弟とナルトを眺めた。






「止めないんですか。」

「良いじゃない。好きにやらせておきなよ。面倒くさい。」








 子供の素手の喧嘩などたかがしれている。武器を使ったりもので殴ったりしない限り、これも経験だろう。斎が止める気は全くなかった。






「クシナさんなら怒りますよ。」

「知らないよ。それにクシナは怖すぎだよ。」







 斎はイタチの言葉を適当にいなして、息を吐く。

 クシナはひとまずストレートに起こるし、喧嘩両成敗とサスケもついでに殴っていたが、その方針に斎が従う必要もない。ある程度の年齢になってばからしくなったらやめるだろう。





「確かに。ただナルトはいたずらっ子でやんちゃですからね。」





 いたずら大好きなナルトは、こないだ眠っている3代目火影の顔に落書きをしてクシナに殴られていた。サスケとも喧嘩をして何度も家の襖に穴をあけたりしているという。

 クシナは烈火のごとく怒っていた。







「困った物だよね。」






 喧嘩をしているナルトとサスケの前で、斎はふっと息を吐いた。